ぬばたまの

 レイカが丁稚と廓抜けしたかと思うと、その日のうちに身投げをしたとの馬が入りました。どうやら元よりそのつもりらしく、ご丁寧に遺書まで残されてまして。
 前兆はあったのですよ。舞台では蝶よ華よと弄ばれても、付け人の頃から、それこそアタクシの年まで夜は客をとらなくてはいけませんから。この頃はいつも泣いていましたね。
 それで、男の方はくたばっちまいましたが、レイカの方は息がありました。まあ、死んでないとは言っても身体はこの有様じゃ、せいぜい、花が散るまでタコ部屋です。
 意外だったのは、目が覚めたレイカは開口一番に非礼を詫びて、なんとか一月で体を治すと言ったのです。後追いを説得する為に待ち構えていたアタクシ達は拍子がぬけて。それからはアタクシ自らがマメに看病をしました。……同郷だったのですよ。こんな商売ですからね。仏心が出たのでしょうね。
 ようやっとレイカの身も心も持ち治ったのがそらから一月後でした。
 ――ああ、これでようやく。
 と、レイカは本当に嬉しそうに笑いました。あの顔は今でもよく覚えています。
 その晩です。なんの前触れなく、レイカは逝きました。
 実は丁稚の男の方も息があったのです。
 とはいっても、達磨状態で生きてることが不思議な有様で。
 どこで知ったのか、レイカは男の元へ駆けつけると、出刃の包丁で男にとどめを刺すと……みずからの首を掻っ切ったのです。
 理由が分かったのは、つい最近の事で……もうあれから20年も経ったのですね。
 蔵の大掃除で見つけた遺書に、初めて目を通すとーー
「死ぬときは一緒に」
 それじゃあ、仕方ありませんね。

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