ご近所の不審者

 片田舎の住宅街に住んでいる。西隣には二十年ほど前に県の博物館ができ、それ以来他地方からの人も訪れるようになったため、少し治安について心配する声が、近所の人たちとの井戸端会議のときに聞かれることがある。

 三日ほど前から、ちょうどうちと、隣の家とのあいだに、決まって夕方、午後五時ごろから七時くらいまで、原付に乗った男性が、原付に乗ったまま、スマートフォンを触っている。季節はちょうど三月。本格的な春に向けて気温は三寒四温を繰り返し、日の入りの時刻も遅くなってきただけに、男の姿がはっきりと見える。それだけに気味が悪い。

 わたしは最寄りの交番所を訪れた。そして、その不審な原付の男について伝えた。

「でえ?」赤ら顔、大きな顔をした男性は、痰が絡んだようなダミ声で、めんどくさそうにわたしを見下ろす。「アンタその男に声をかけられたり、物盗まれたりしたんかいな」

「いえ……でも、知らない男の人が毎日決まった時間帯にうちの前に止まっているっておおかしいじゃないですか。何かあってからでは遅いんじゃないんですか? それが警察の役目でしょ?」

「屁理屈ばっかりこねよって。『ただそこにおる』いうだけじゃあ動けん。こっちも忙しいんや」

 男性は、天井と壁の境目へ視線を上げる。こちらを見ようともしない。

 わたしは、腹も立つし悔しいし、

「もし何か起こったら、きょう何時ごろにここを訪れたのに、なんにもしてくれなかった、って、書き置きを残しておきますからね」というわたしは、男の胸に「井澤」という名札を見つけた。「相手をしたお巡りさんが『井澤さん』やった、ってことも明記しておきますからね」

 と、もう井澤の言い逃れ、責任逃れを聞くのもいやだったので、交番所をあとにした。

 その日も同じ時刻に、例の男性は原付をうちの前へ止めた。

 わたしは台所のテーブルの上へ、家族へ宛てて遺書でもないけれど、井澤とのやりとりを含めた手紙をしたためて、置いてきた。

「あの」

 わたしが小声で男に話かけると、男はヘルメットを外した。顔色が青白い、黒目がちな目で、目つきのやさしい若い男性だ。

「ああ。いつもすみません」彼はわたしが尋ねるより先に言う。「この住宅街に住んる者なんです。『モンスター』がここでよく捕まるんですよ」

「モンスター?」

「ゲームです」

 と彼は照れ臭そうに笑い、スマートフォンの画面をわたしに見せる。そう言えば、なんかそういうゲームがはやっているとニュースやワイドショーで話題になっていたなあということを思い出す。

「前は博物館の周辺が『モンスタースポット』やったんですけど、最近こっちに移ったみたいで……怪しいですよね。すみません」

「いえいえ。そんなことなら、どうぞどうぞ」

 案ずるより産むが易し、であった。

 その後も彼はよくその場へやって来た。

 わたしと目が合うと、やはり伏し目がちに頭を下げた。


 それにしても、である。今回はまあ謂わばシャレで済んだから良かったもののあの井澤! あの男の人が近所の誰かのストーカーや、強盗で、盗みに入る家を物色するとか、狙いをつけた家の出入りを観察しているとかだったらどうするつもりなのだろう?

 わたしはスマホで県警のホームページへアクセスし、井澤の対応を報告しておいた。

四百字詰め原稿用紙 四枚


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