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「使えば分かる」機能から「見て分かる」機能へ

だいぶ遅くなりましたが、DS LIGHT ACROS開発に至った経緯について少し書いてみたいと思います。

DS LIGHT X-FLY 3 SLの反省点

ご存知かもしれませんが、DS LIGHT ACROSの前モデルはDS LIGHT X-FLY 3 SLです。マイクロファイバーを使った人工皮革モデルで、カンガルーアッパーが苦手だったりスパイクに耐久性を求めるプレイヤー向けのスパイクです。

当時は大迫選手や中谷選手などのプロ選手も着用しており、プロレベルから部活動プレイヤーまで幅広く履いてもらえるスパイクでした。

とは言え、このスパイク、正直言ってこれといったセールスポイントがありませんでした。もう少し正確に言うと、ユーザーが一目で分かるスパイクの特徴が他メーカーのスパイクに比べて分かりにくいスパイクでした。

というのも、実はこのスパイク、目に見えない部分にお金をかけて加工をしていました。もしかしたらご存知の方もいるかもしれませんが、DS LIGHT X-FLT 3 SLはアッパー材の基布(ベース)部分をレーザーで数ミリ削っていました。屈曲時の足への追従性と、アッパーの柔軟性を高めるためです。アッパーの裏側を削っているのでスパイクを分解しないと見えないと思います。もしかしたら光の反射具合では表から菱形の形状が浮かびあがるかもしれないです。

このレーザー加工自体の意図は分かりますし、追従性と柔軟性を高める解決方法としてはそこまで間違ったソリューションでもないように見えます。

しかし、はっきり言ってユーザーに伝わらないと意味がありません。作り手がこんなにユーザーのこと考えて凄いことやったんだよって言ったところで、履いてもらえなかったら本来の目的も果たせないわけです。

勿論、作り手目線で見ればアッパーからソールまで細部に渡って開発やデザインをしていましたし、安全性や安定性という部分では他のメーカーのスパイクよりも優れていたかもしれません。

それでも、やはりお店で手にとってもらえるかという観点から見ると、客観的に見てアピールポイントが弱い良くも悪くも「普通」のスパイクであったと言わざるを言えませんでした。

実際、当時のアシックスはグローバル全体として"Sleek"であったり"minimal"というのがデザインや開発におけるキーワードでもありました。余分な機能やデザインをできるだけ排除してクリーンなシューズを作るというのは、確かにデザインとして洗礼された印象を与えますし普遍的なシューズとして受け入れられる可能性も高いですが、一歩間違えると価値を削ぎ落とした”なんでもない”シューズになります。当時、アシックスはこの「デザイン的なクリーンさ」と「シューズのバリュー」の狭間で揺れ動いていたような気がします。

フィット”性”からフィット”感”へ

上記に述べたようなDS LIGHT X-FLY 3 SLの反省もあり、DS LIGHT ACROSではユーザーのためにメーカーとしてやったことはしっかりと伝えていこう、そして伝わるように見せていこうという流れになりました。

問題は”何を伝えるべきか”という点です。

ニットを人工皮革のカテゴリーに入れるのは少し無理があるのですが、一般的に人工皮革のメリットは、

・アッパーの伸びすぎが少ない(横ぶれが少ない)

・カンガルーに比べて耐久性が高い

・雨天でも安心して使用できる

・手入れが比較的容易

といったところでしょうか。

一方で、人工比較のデメリットとして

・足馴染みに時間がかかる(or 足に馴染みにくい)

・素足感覚になりにくい

・アッパーが硬い

というのは挙げられそうです。マイクロファイバーを使用すればこのデメリットはかなり軽減させることができそうです。

さらに、ユーザーへのヒアリングから、人工皮革を選択する理由としてアッパーの伸びが少ないことをあげるユーザーが多いことも分かりました。このアッパーの伸びが少ないというのは一定期間着用した後のアッパーの伸びです。

つまり、プレーをしている時のフィット性=「動的フィット」というのが人工皮革でポイントになることに気付きました。

そこで、開発、デザインメンバーとミーティングを重ねた上で、この「動的フィット」の可視化に着目して開発を進めることにしました。

さらに、これをパッと見ただけで伝わるように、動的フィットをただ機能させるのではなく、見た目としても伝わることを重視しました。

つまり、フィット”性”ではなくフィット”感”が大切であると。

「伸びるけど伸びすぎない」かつ「ペコペコしない」アッパー

さて、この動的フィットの可視化をテーマに開発を進めることになったのですが、いざ設計を考えるとなった時に動的フィットの難しさに気付きました。足入れした時は自分の足に馴染むようにある程度伸びてくれるけど、プレーしている時、特に横方向に踏み込んだ時には伸びすぎない、こんな都合のいいアッパーが我々の目指す動的フィットだったからです。

それに加えて、そもそもユーザーがお店で手にとった瞬間にフィットしそうと思うアッパーの柔らかさも追求する必要がありました。当時、ニットモデルやメッシュ+フィルムのアッパーを採用するモデルの中には、ペコペコするアッパーのものもあり、ユーザーがお店でチェックすることの一つがこのペコペコ感だったからです。確かにアッパーがペコペコしていたら少し残念ですよね。

したがって、

①動的フィットを実際に機能させること

②動的フィットを可視化すること

③アッパーのペコペコ感をなくすこと

この3つが開発をする上でのポイントになりました。

ベンチマークの選定

さて、上述した①動的フィットを実際に機能させること、②動的フィットを可視化することに関しては、足の動きやアッパーの分析をすることで達成できそうな感じがしていました。

しかし、③アッパーのペコペコ感をなくすことに関してはどの程度のペコペコ感をなくせばいいのか定量的に把握することが困難でした。

余談ですが、アシックスは昔から定量化するのが好きな会社でして、フィット性なども定量化する文化がありました。それが良いか悪いかはおいといて、ユーザーのフィット感覚がこの定量分析にマッチしたら鬼に金棒です。最近では、人の感覚という要素も研究レベルで採用しており、定量的+定性的にシューズを分析しようとするのは良い方向だと思います。

話を戻しますが、このペコペコ感の閾値(どこまでペコペコしたらユーザーは嫌がるのか or どのくらい柔らかかったらユーザーはペコペコだと感じないのか)を把握するため、当時販売されていたスパイクからベンチマークを決めることにしました。ベンチマークを選定することで、関わっているメンバー全員が感覚的な指標を同じレベルで共有できる、競合となるであろう商品を明確にできるといったメリットもあります。

我々が選定したベンチマークは、「マーキュリアル ヴェイパー ベロチ3 HG-V」でした。

DS LIGHT ACROSが販売される時に、価格帯的にも競合モデルになり得ると考えていましたし、HGだったらマーキュリアルでもいい勝負できるのではないかと内心考えていました。

先日SK Channelさんが「DS LIGHT アクロス」のレビューをあげてくれていたのですが、マーキュリアルから乗り換えるユーザーがいるのは企画当時から少し狙っていた部分がありました。勿論商品として似ているかどうかは別の話ですが、ある程度のクオリティーとデザインがあるという条件が整っていれば、価格帯で選んでいるユーザーに選んでもらえるチャンスが結構あるのではないかと考えていました。

こうしてマーキュリアル ベロチ 3のアッパーの柔らかさをベンチマークとして開発を進めることにしました。

ネクスキンという選択

さて、アッパーの柔らかさとなるベンチマークも決まり、実際に「伸びるけど伸びすぎない」材料を探すことにしました。

そして見つけてきたのがネクスキンです。ニットよりは伸びないけど適度な伸びがあり、それでいて伸びすぎを抑制してくれる要素もあり、マイクロファイバーよりも加工においてポテンシャルがありました。

当時私の頭の中では、ナイキのReact Element 87をイメージしていました。

当初の目的の加えて、透け感を出すことによって軽量”感”も出せると考えたためです。

そして足の動きやシューズの動きの検証結果も考慮しながら、レイヤー構造を採用することで最終的に「ACROS FIT」を生み出しました。

今後のアップデートに期待すること

以上がDS LIGHT ACROSの開発経緯にはなるのですが、今回のモデルは個人的にまだ道半ばだと思っています。アッパーのペコペコ感も正直まだまだ改善が必要ですし、実際マーキュリアルから乗り換えるほど完成度が高いかでいうとこれもまだ改善が必要な気がしています。

そもそも私の中ではこのDS LIGHT ACROSは4年計画だと考えていました。今回のモデルである程度の変化を付けてから次のモデルで大きくチャレンジするイメージです。今回のモデルの発売が2019年秋冬でしたので、次のアップデートがもしあるとすれば2021年の秋冬の可能性があります。

その際、材料面でもより機能的な材料を採用して欲しいなと思っています。陸上スパイクで使用しているHL-0メッシュなんかも面白いと思います。

フィルムを使わなくても耐久性が担保できるメッシュとか超面白いなって思っています。理想は陸上の短距離スパイクです。

これを言うと雨の時どうするかって意見をもらうのですが、個人的には”水をシューズに入れさせない”という考えより、”排水機能”を考える方が理にかなっていると思うタイプです。なぜなら、どう頑張ったって踝から水が入ってきてしまうからです。これに関しては、また別のnoteにでも書けたらいいなって思っています。

というわけで、今回はこの辺にしておきます。

それでは。

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