阿久津さん。

阿久津さんのことを書きたいのだが、実は阿久津さんのことはよく知らない。

ただ、一度だけ飲み屋で「どうでも良い話」をして「面白い人だな。この人好きだな」と思ったおじさんである。

「アクツってイイます」

僕が自己紹介をすると、高校生のような口調で返してきた。見た目は白髪頭に上品な寝癖がついた60歳以上のおじさんだ。筒井康隆にちょっと似ている。

これは、若い頃にやんちゃをしていた大人に共通する話し方だ。

僕は若い頃にやんちゃをした大人に好かれることが多いし、僕もそういう大人が好きだ。

そういう人は空気を和ませることが天性で上手だし、他人に(特に若者に)なめられちゃいけないなんていうことは全く考えていない人が多い。もうそういうことはとっくの昔に済んでるのだろう。

10代の頃からお酒を嗜んでいるだろう阿久津さんにとっては、もう何回めの酒宴なのかわからないが、とにかく彼には酒の席での作法や振る舞い方が決まっているようで、特に出しゃばる訳でもないのだが、その席での主役になっていた。

主役というよりは阿久津さんが空気を支配していたと言った方が近いかもしれない。最年長者である阿久津さんの経験値には誰も敵わないということだったのかもしれない。

阿久津さんは初めから(結局最後まで)焼酎のロックだった。

飲むペースはそうとう早い。

それでも、阿久津さんの振る舞いは飲みすぎて乱れるということもなく、喋る口調も終始敬語だった。

阿久津さんの独壇場になる訳ではなく、話したい人が好き勝手に喋り始めると、話の途中でも、阿久津さんは自分の話をすっと止めた。

その席のナンバー2と僕が決めた人が阿久津さんの話し相手というかフォローのまわり、阿久津さんの話をどんどん引き出した。

20年以上阿久津さんと知り合いの同席者も「阿久津さんのそんな過去の話は今まで聞いたことがない」というほど聞き役も達者だった。

ナンバー2である聞き役の女性と阿久津さんは初対面で年齢も20歳ほど違うのだが、彼女と阿久津さんの経歴には当事者も(特に阿久津さんが)驚くような類似点があり、酒宴を多くこなしただけではない、人生経験も多いはずの阿久津さんが顔色が青ざめるほど驚嘆し、驚愕していた。

あまりの類似性の多さに、少し恐怖を感じてすらいたようだった。

「こ、これは今晩俺があなたがたと会ってこうやって一緒に酒を飲んでいることには何か必ず意味があるようだな・・・。」

自分の話を常に「どうでもいい話ですみません」と言いながら、実はそう思っていないという本心がこぼれ出た発言だった。

これだけでは伝わりきらないと思うが、阿久津さんのようなおじさんに僕はなりたい。

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