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飯島君のこと

飯島君のことをよく思い出す。
小学校のころ同級生だった飯島君。
風貌は川谷拓三にそっくりだった。

僕が普段から気にくわなかった石川君ととうとう取っ組み合いのけんかになった夏休みの直前の下校時。
いっしょに下校していた飯島君は慌てるでもなく仲裁に入るでもなく、ただただにこにこしてぼくのことを見つめてくれていた。
炎天下。ハンミョウが飛び交うアスファルト。今でもはっきりと思い出す。

別の日。
下校後いったん家に帰って、ぼくのうちで遊ぶことになった。
下校途中で別れた飯島君はほどなく我が家にくる約束だったのだが、オートバイでやってきたのだ。
当時はスクーターなどというものはなく、50ccのオートバイだった。
小学生なのに。

また別の日。
はじめて飯島君の家に遊びに行った。
森に隣接したコンテナくらいの大きさの掘っ立て小屋だった。 

ひょっとすると本当のコンテナだったかもしれない。
中はもちろんワンルーム。10畳くらいの雑然とした部屋に仕切りもなくキッチンがあって、一番大きい壁が真っ赤に塗られていた。
すごくおしゃれでしかしイケないことのようにに感じた。
そこで飯島君は手慣れたそぶりでタバコをうまそうに燻らしていた。
小学生なのに。

こんな記憶が実家の西のほうを散歩していると思い出される。
飯島君の家があったほうだ。今はそこに掘っ立て小屋はない。
しかし、その森は少し小さく感じられるものの、残っている。

いつも郷愁とともに通り過ぎるだけの路地なのだが、今日は勇気を出して夕方の植木の水やりをしていた初井言栄似の老婆に訊ねてみた。
「この辺に30年くらい前に飯島さんという家族が住んでいたと思うのですが、ご存知ではありませんか?」
ちょっと考えた初井言栄さんはこの辺に引っ越してきて40年になるが覚えがないという。

いつも飯島君のことを思い出すたびにあまりの現実離れした飯島君の行動から「これはドラマか映画からの記憶のねつ造なんではないか?」という不安が首をもたげるのだ。

初井言栄が「しらない」と言ったことで、飯島君の存在まで揺らぎはじめた。

初井言栄が過去を思い出す作業にしばらく付き合っていると、向こうから仕事が終わったばかりと思われる伊東四郎似の作業着のおじさんがやってきた。
初井言栄が伊東四郎に飯島君のことを訊いてくれた。
「いたよ。飯島さんね。あそこのイズミ自動車っていう整備工場で整備士をしていたね。知らないあいだに引っ越しちゃったみたいだけど、もう20年以上経つよね」と伊東四郎さん。

やはり飯島君は存在した。イズミ自動車という整備工場も記憶がある。広い整備工場でよく敷地内で遊んでは怒られたものだということを一気に思い出した。

イズミ自動車までゆっくり自転車で移動していくと記憶の気配が濃厚になってきて、背筋がぞわぞわしてくる。飯島君の存在が実体化した感じ。夕方というシチュエーションもいい。

空を見上げると薄気味悪い高圧鉄塔が二本立っていた。むかしのまま


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