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恋草

父〔毎日の風呂掃除〕
姉〔三日に一回のトイレ掃除〕
僕〔一ヶ月に一回の庭の草毟り〕

小学一年の母の日、食卓で父は「お母さんのために家事を分担しよう」と言った。

5畳ほどの広さの庭を一ヶ月に一回必ず草毟りをした。

中学生になり、反抗期に突入しても、一ヶ月に一回どこかの土・日曜日に庭の草毟りはした。反抗期もどきだったのかもしれない。

高校3年の春、他校の同い年の彼女が出来た。吹奏楽部で清爽な子だった。

土日は専らデート。"幸せの絶頂"とは、この事かと思った。
しかし、八月末の花火大会の前日、電話で突然、別れを告げられた。
人伝に彼女が楽器ケースを持つ大学生と手を繋いで花火大会にいたと聞いた。

「大事なこと、忘れていないか?」
庭を眺めている父からの言葉。
「庭の草毟り、忘れてた」
「生い茂ってる。雑草が伸びきってる」
「ごめん」
「彼女に振られたのか?」
「振られたというか別れた」
「雑草、毟れ。こいぐさだ。こいぐさ、毟れ」
「こいぐさ? は?」
父は笑った。

大人になった僕は庭師になった。
小学一年の母の日に僕の人生は決まったのかもしれない。
〔恋草〕という日本語が実際にあることを知ったのは随分経ってからだった。