[プチ読感]身近にある伏線

むかしむかしあるところに、死体がありました。を読んで

2冊ほど実用書を読んだ後だったためか、無償に推理小説が読みたい欲求に駆られ、手に取りました。
そして、読み始めてから一気に読み終わるくらいには、すっかり話に引き込まれました。
本書は書店員さんが選考する本屋大賞にノミネートされた作品としてよく宣伝されていましたので、私のように“引き込まれて”読み進めた読者は多くいるでしょう。
一体、本書のどのようなところに惹かれたのか、仮に私が書店員さんだったら本書をどんな風におススメしただろうか、少し考えてみます。


読者の中にある伏線
タイトルや表紙・紹介帯からもわかるように、昔話とミステリーを融合させているところが本書の一番のポイントです。
さらに、用いられている昔話はそのストーリーほとんどを読者が幼少期に絵本や大人から教えてもらう形で知っているものばかりです。
私も例外ではありません。一言一句正確に話せるわけではありませんが、自分の子供に絵本を見ずともストーリーを伝えることができるくらいには、体に刷り込まれています。

ただ、ストーリーの細部を思い出そうとすると、記憶の中の物語が曖昧さを帯び、物語に対して疑問が湧いてきます。
一寸法師はどこから来たのだっただろうか
花咲か爺さんはあの後どうなったのであろうか
「鶴が去っていく」のに「鶴の姿を見られた」だけでは理由として弱くないだろうか
浦島太郎がおじいさんになってしまう設定は必要だったのだろうか
桃太郎の鬼退治で結局鬼は絶滅したのだっただろうか
これらは、絵本を読み返すことや原作となった古典を読むことで答えがわかるのかもしれません。とは言え、余程興味がなければ、そこまでの時間は費やさないでしょう。
また、この類の昔話は正しいストーリーを調べれば調べる程、実は様々な内容が地方や本によって自由に繰り広げられているため、疑問のまま終わることも多いです。

ここで、普通のミステリーであれば読み進める中で出てくる疑問=伏線を、本書に関しては読む前から読者自身がそれぞれ持っている可能性があることに気が付きます。
ただし、この時の“疑問”はあくまで“伏線になりうるもの”に過ぎませんが。

メインの事件自体は本書で新しく創作されたものです。
なので、先ほど例に挙げたような私の勝手な疑問(伏線になりうるもの)は、作者が意図しているものではないので、ピントがずれている部分も多数あります。

それでも、自分が持っている疑問(伏線になりうるもの)と作者が新しく敷いた伏線が一致している場面や、その伏線が回収されていく様は気持ちがいいものがありました。
その“気持ちよさ”が、本書に引き込まれた最大の要因なのだと思います。

ここで重要な点は、本書内で昔話特有の設定はきちんと守られていることです。
メインのミステリーを突き詰めて、ストーリーに出てくる現実的にあり得ないものや設定を排除してしまっていたら、読者それぞれが持つ伏線も効力を発揮しなくなってしまいます。


“歴史ドラマ”が好きな人におすすめしたい
本書を読んで、歴史ドラマを見ているときに似た楽しみ方をしていることに気が付きました。
ちなみに、似ているように感じるかもしれませんが、時代劇や歴史小説・歴史書から得られるものとは違います。

歴史ドラマは、史実という“あらすじ”を知識として持った状態で見ることが多いです。
設定を歴史上の地点にして創作される時代劇とは違い、史実はほぼストーリーのネタバレとも言えるでしょう。
ところが、その自分が知っている史実にはかなり曖昧な部分が存在します。
特別興味がある人でなければ、持っている知識は学校の授業で習うレベルですし、既にその時代に生きていた人はいないような過去の地点ともなれば、本当のことは誰にもわかりません。

歴史ドラマはその曖昧な部分を予想する作業を、歴史書のような難しい描写を理解する作業を抜きにして、楽しむことができる。
しかも、自分が想定していた筋書きが良い方向で裏切られたときには、一層作品にのめりこんでしまいます。
本書にも、それに通ずるところがありました。
肩の力を抜いて、「次はどこで裏切られるのだろう」とワクワクしながら読める作品であるところが、私の好みにマッチしたのだと思います。

ただ、ミステリーとしては王道すぎる仕掛けも多く、真のミステリーマニアには物足りないところがあるのかもしれません。
そこが、“本屋大賞 10位”という結果に表れているのかもしれない、などと偉そうなことを考えてしまいました。

皆さんもちょっとした隙間時間に、手に取ってみてください。

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