日本神話好きから見た「君たちはどう生きるか」

君たちはどう生きるか

ずっと友人から観たほうがいいと言われ、先日やっと観に行けました。

日本神話が好きな人が観ると、確かにあのシーンもこのシーンも…!神話を沢山取り入れて描いているように感じました。

以下、ネタバレあります。
一度しか見ていないので台詞やシーンに間違いがあると思いますがご了承下さい…
また、私の独自解釈、妄想が大いに含まれてますので注意です。


あっちの世界とは

作中では「神隠し」にあった者は、あっちの世界に引き込まれてしまいます。

さらにあっちの世界にも少なくとも2つ、異なった世界観がありました。

まず一つ目が、主人公の眞人が初めに入り込んだ墓のある地。
つまり、死者の世界です。

そこは殺生のできない黒い人影や、ワラワラという上の世界に登って生まれ変わる存在がいたり、インコ達の住む世界でした。
傷ついたペリカンの口からは「ここは地獄だ」と告げられていました。
日本神話的に言うと「根の国」「黄泉国」となります。

そして二つ目が、大叔父のいた世界。
インコ達が「天国」と涙していた場所こそが
天上界、つまり「高天原」となります。

大叔父は世界の均衡を保つようなことをしていたことからまるで神様かのように感じた人は多かったと思います。背景が宇宙であったことからも地上より上であることが伺えます。

そして、作中のこっちの世界(現世)は「葦原中国」にあたります。いわゆる地上界です。


ワラワラについて

恐らく黒い人影は死者(戦争などで亡くなられた方達なのかも)であり、ワラワラは輪廻転生する直前の魂の状態なのかなと感じました。

ワラワラで特に印象深かったのは、生まれ変わろうと上へ登っていくシーンで、集団で渦を巻いていたことです。

古代の信仰観や宇宙観にとって、「渦巻き」とは万物を創造するシンボルでした。
日本神話においても、イザナギとイザナミは国産みを「渦巻く」ことから始めます。

これは世界の神話にも共通していて、ヒンドゥ教の天地創造の神話である「乳海攪拌(にゅうかいかくはん)」にある「混沌の水の渦」や、
中国神話における人類の始祖、伏犠(ふっき)と女媧(じょか)の下半身が蛇尾になっていて、互いに尾を絡みあわせる姿(渦巻き)であることなどが挙げられます。

渦巻きは、創造や再生の役割があったと同時に、死や破壊の意味も合わせ持つ、陰陽の象徴であったとされています。
作中では渦巻きで創造・再生を表現し、ペリカンがそれを食べたり死者の国という世界観で死や破壊を表現しており、見事に陰陽を取り入れたシーンだったのではないかなと感じました。

キリコの正体

また、殺生ができない死者やワラワラに魚を分け与える海洋民族「キリコ」の存在も注目ポイントでした。

恐らくキリコは、神職的なポジションに当たると思われます。
キリコは、眞人がペリカンという「邪」の者に襲われていた時に、火を使って追い払います。
この行為は恐らく「切り火」の儀式を参考にしたのだと思います。

切火(きりび)は、対象にむかって火打石を打って火花を起こすことによって行う清めの儀式。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/切火

ヒミがペリカンを追い払う時に打ち上げていた花火も切り火でしょう。

「切る」とは、切り火のように「火で邪を切る」のが一般的ですが、
柏手や神社の本坪鈴(ガラガラの鈴です)は音を鳴らすことで「音で邪を切る」、賽銭は「銭で邪を切る」(チャリンという音は音切りという意味も含まれます)
というように、
切る」=「祓清める」という意味があります。

つまり、「キリコ」は「切り子」であり、作中では祓清める存在だったと解釈できます。

キリコは祓い清めることができる存在なので、死者やワラワラに神饌・御饌(お供物)を用意していた。殺生という穢れの行為を行うことができた。
ということにも繋がります。

終盤で眞人と夏子が元の世界に戻ってきた時に、アオサギがキリコさんの人形を見て「こいつは強力なお守りだ」的なことを言っていたのも、キリコさん自身に強い祓清めるパワーがあったからだったのかもしれません。

あと、おばあちゃんの時のキリコさんがやたらとタバコを欲しがっていたのも、火に馴染みがあったからなのかもな〜と感じました。


ざっと冒頭の印象的なことをまとめてみたけど書くのって疲れる…
アオサギや大叔父、インコ達についてもおおよその予想はしているので気が向いたらまた書きます〜

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