見出し画像

わかったことは「友達は大事」。電気グルーヴCD回収問題にN.O.を突きつけたキャンペーン発信者たち

2019年3月、音楽ユニット・電気グルーヴのメンバーであるピエール瀧(問題発覚当時:ウルトラの瀧)氏の薬物問題が発覚し、所属レコード会社のソニー・ミュージックレーベルズは電気グルーヴの出荷済みCDの回収、出荷・配信の停止措置を採りました。今回お話を伺ったのは、そうした措置の撤回を求めて署名を立ち上げたお2人です。


■即座に動けたのは「ファンだから」

――まずお2人に簡単な自己紹介をお願いします。

永田夏来:私は社会学者です。専門領域は「家族」で、特に結婚や恋愛にまつわる常識の変化を通して「当たり前」ってなんなんだろうってことを研究しています。…というのがオフィシャルな自己紹介で、もう少しパーソナルな話をすると、私は元々ナゴムレコードの大ファンで、音楽に熱中してきた人間。フジロックの公式ファンサイト「fujirockers.org」の運営にも長年関わってきました。
※ナゴムレコード:日本のインディーズレーベル。電気グルーヴの前身である「人生 (ZIN-SAY!)」、劇作家として知られるケラリーノ・サンドロヴィッチがヴォーカルを務めた「有頂天」、「筋肉少女帯」などが所属し、カルト的人気を誇った。

かがりはるき:僕は本業がありつつ、ネット上では音楽研究家として主にブログやTwitter で音楽について発信しています。永田さんとは元々音楽仲間で、今回の作品回収を受けて一緒に署名活動をすることになりました。

――今回の署名は、ことが起こってからかなり早い段階で始まった記憶がありますが。

かがり:瀧さんの逮捕が3月13日の未明で、同日19時ごろにレコード会社から自粛の発表があり、署名開始は15日ですね。

――2日後! 即座に動けた要因はなんだったんでしょうか。

永田:そうですね、電気だからすぐに動けたというのは大きいです。好きなミュージシャンだからこそ責任を持って発信できる、矢面に立って動けるというのはやはりあるので。
ファンだからこそ彼らの活動スタンスもファンの人たちの考えかたもある程度わかっていると思えたので。

――作品回収への反意の示しかたにはいろいろあると思うんですが、署名というやりかたを選んだ理由はなんだったんでしょうか。

永田:最初は意見広告も考えたんです。実際SMAP解散のときにファンのかたが団結して意見広告を出していたのを見ていましたし。結局署名でいこうと決めたのはやはりいちばんどれだけの人数が関心を持っているのかというのがわかりやすいから。それに、クラウドファンディングだとリターンを準備する必要があって、今回の我々の趣旨とはあまり相性がよくないかなと。

■日本の「音楽自粛史」

――今回の作品回収という措置の妥当性については数多く疑問の声が上がり、その後もミュージシャンの薬物問題による作品回収が起こるたびに大きな議論を呼んでいます。

かがり:今回の署名をきっかけに、日本における「音楽自粛史」について研究をはじめました。大きなターニングポイントは1999年の槇原敬之さんのときです。事件発覚以後の販売の停止だけでなく、すでに店頭にある在庫の回収までしている最初の事例ですね。

それ以前のミュージシャンの違法薬物による自粛事例というと、1997年にL'Arc〜en〜Cielの当時のドラマー、sakuraさん。ただ、このときは活動自粛とごく短期間の作品の販売停止。店頭在庫の回収はおこなわれませんでした。

――なぜ、槙原さんのときに回収が始まったんでしょうか?

かがり:最近業界関係者のかたにお話を伺う機会があったんですが、当時の時流によるところが大きいだろう、とのことでした。コンプライアンスを重視する風潮が90年代終わりから2000年代に入る頃から強まっていった流れの中で起こったことなのかなと。
もちろん槇原さんの知名度の大きさゆえの報道の加熱もあったとは思います。

――署名活動にあたって、署名のテーマとなる社会問題についての情報収集はとても重要なものですが、お2人の場合はどのようにして進めましたか?

かがり:まずはネットで過去に起こった作品回収についてひたすら調べましたね。といっても単純な検索ではなかなかヒットしませんでした。レコード会社もそういった過去については隠したがるみたいで。

リンク切れしてるところはWayback Machineで探ってたりして、どうにか当時のサイトを辿って、薬物報道に関するレコード会社のコメントなんかを掘り起こしました。
槇原さんのときのレコード会社の釈明コメントも見つかりましたよ。
※Wayback Machine:閉鎖したサイトやWebコンテンツをアーカイブし、閲覧可能にするサービス。

――ものすごく地道な作業…! その甲斐あって、貴重な当時のリアルタイムの情報を得られたんですね。

かがり:槇原さんのときは前例がなかったこともあって、かなり試行錯誤の痕跡が見えるというか、生々しい現場のスタッフのコメントという感じでしたね。「私たちもこういう理屈があってやってるんだ」といった感じの。

永田:それに対して電気のときは非常にテンプレート的というか、粛々とすべてが進んでいく様が不気味でしたね。

かがり:おそらく槇原さんのときに対応がマニュアル化して、他のレコード会社もそれを真似するようになり、慣例化してしまったのが今の状況なんじゃないかと。

画像3

■「FAQ」で心の健康を守りながら署名活動

――署名に対する反応はいかがでしたか?

永田:ファンは基本的に「よくやってくれた」って感じでしたね。

かがり:著名人のかたもTwitter上で拡散に協力してくだりました。ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬さんをはじめ、何人もの著名人のかたが支援してくださったのは本当に大きかった。そうしたかたがたにこちらからコンタクトを取り、許可してくださったかたにはソニー・ミュージックレーベルズへ署名を提出する際に「賛同人」となっていただきました。

永田:で、いよいよTwitterでの拡散も頭打ちになってきたかなというときにTBSラジオで取り上げていただいてもう一度ブーストがかかって、そこからはもう雪だるま式にどんどん広がっていき、1ヶ月間で6万4千606人の署名が集まりました。

かがり:卓球さんも最初は署名活動に対してノーコメントでしたが、最終的には我々の記者会見に対し「声を上げてくださったみなさんに心から感謝しかありません」とツイートしてくださって。感無量でした。

――センシティブな話題ということもあり、署名の募集ページのテキストではいろいろと気をつけなければいけない部分があったかと思うんですが。

永田:そうですね、例えば薬物問題に関しては我々はなんら弁護していません。法律に反しているっていうことに関してはしっかり裁きを受けることを大前提として、でも作品を回収するのは違うでしょうっていうスタンスは明示しています。
それに加えて、今回は卓球さんが何ら法律を犯していないにも関わらず深刻なペナルティを受けることになっているという点がおかしいでしょうという点は強く言及しています。

――ロジックをしっかり提示したわけですね。

かがり:ほかにも「こういうツッコミが出てくるだろうな」っていうのをあらかじめ想定して、カウンターとしてFAQを用意しておいたのは我々のやりかたの大きな特徴かなと思います。これからキャンペーンを立ち上げるかたにもお勧めしたいですね。

心の健康上も非常にいいんですよ。何か言ってくる人がいても、「この人はFAQ読んでない、通りすがりになんとなく文句言ってるだけの人だな」ってのがわかると、取り合う必要ないなと思えるので。また逆に、我々の想定外のご指摘・ご意見が目に留まりやすくなるので、そうした声は大いに参考にさせていただきました。

永田:Twitterや5ちゃんねるで攻撃的な言葉を捕捉したら、それに対するアンサーを日々書き加え続けていました。「クラブカルチャーの人なんてどうせみんなクスリやってるでしょ」とか「次は卓球さんがパクられるに違いない」とか的外れなことを言ってくる人はたくさんいて、「そういう話じゃないでしょう」っていうのを言い続けてきた。

FAQを頻繁に更新するの、いいと思いますよ。署名してくれた人には更新されると通知が行くようになっていて「今もキャンペーン動いてるんだな」っていうのが示せるというのもあります。通知を受けて更新された情報をツイートしてくれるかたもいて、ありがたかったですね。

私自身、参加者がただ受け取るだけではなく、積極的に自分のやりかたで意思を示していくっていうマインドをフジロックから学んでいて、その考えかたが活かされたところがあると思います。

――気になっているのが、お2人の活動のモチベーションなんです。というのも、お2人はCD全部持ってますよね?

永田:そうなんです。この署名、私たちがまったく得しないんですよね。CDはもちろん持ってるから回収されても配信が止まっても我々は聴けるんですよ。
ただ、この状況がおかしいっていうことに対して意思表示はしたい、という感じですね。

かがり:僕も同じです。あとそれでいうと、今回署名してくれた人のうち電気グルーヴのファン、卓球さんの言葉を借りるなら「客」の割合ってひょっとしたら半分いかないかもしれないとも思うんです。
というのも、他のミュージシャンの薬物問題でいやな思いをした人たちや、作品の回収や配信停止ってものがこのまま野放しになっていくことに危機感を覚えて署名してくれた人がけっこうな割合を占めるんじゃないかと。
とはいえ、電気グルーヴが割と幅広い年齢層にリーチしていることで話が通りやすかった面もありますが。

――言われてみると僕もナゴム世代ではないですが、幼稚園生の頃に『ポンキッキーズ』を通して電気と出会ってますね。

かがり:『ポポ』ですね。

――ですね。あの曲が子供番組で流れてたのってやばいことなわけですが…。『ポケットカウボーイ』や『モノノケダンス』『Shangri-La』がアニメで起用されていたりして、若い世代にも認知されてきている。

かがり:『メロン牧場』も長いですからね。あと、フェスに電気が出演すると、すごく幅広い層の人たちが楽しそうに踊ってますよね。ワンマンライブのときとは明らかに客層が違う!
※メロン牧場:『ロッキング・オン・ジャパン』誌上で1997年から続いている電気グルーヴの連載記事。

永田:電気でなければここまでキャンペーンが広がらなかっただろうし、卓球さんや瀧さんが世の中の流れとは関係なく自分がおもしろいと思えることに忠実でいるっていうスタンスを示してきたことをファンはわかってるから、ピンチに際して連帯しやすかったのかなというのは感じてますね。

画像2

■とにかく「友達は大事」

――今回のキャンペーンが大きく広まったいちばんの要因は何だと思いますか?

永田:友達は大事、ってことに尽きると思います。かがり君と友達だったから一緒に動いてもらえたというのがまず1つ。署名ページの英語訳を作ってくれたのも英語ができる友達だし、記者会見だって友達の協力がなかったらとてもじゃないけど実現しなかったですね。

当日我々が読み上げた資料はラジオ番組の台本を書いている友達が、パネルはデザイナーの友達が作ってくれたし、オフィシャルの写真を取ってくれたのもカメラマンの友達。その他、会場設営や署名や資料の印刷、電話対応、登壇者のアテンドなどの進行管理などを、7〜8人の友達がそれぞれの得意分野を活かして献身的に協力してくれました。

みんなだいたいフェスで出会った音楽仲間で、普段から音楽や社会についてああだこうだ言ってきた延長線で付き合ってくれたんです。

かがり:友達が大事っていうのは電気グルーヴの2人の関係性についても言えることで、卓球さんは事件後もずっと瀧さんの側に立ち続けていました。
あと、友達と言うわけじゃないですが、署名をしてくださったかたとは、同じ音楽を好きな者同士の身内感のようなものを感じられて、励みになりました。

――たくさんの署名が集まり、記者会見も大きく報じられましたが、ソニー・ミュージックレーベルズは未だ出荷・配信の停止を取り下げていません。

永田:今回の署名はいろいろな形で広がりを見せました。6月にはDOMMUNEの「WHO IS MUSIC FOR? MUSIC IS FOR EVERYONE!」シリーズの第5弾として「音楽が聞けなくなる日:自粛のせいで聞けないじゃん!〜国内の薬物事件と自粛音楽史」という企画をやらせていただきましたし、7月には賛同人である巻上公一さんや宮台真司先生と一緒にフジロックのアトミックカフェトークにお邪魔しました。世の中にけっこうなインパクトを与えられたと思うので期待してたんですけど、結局何も変わらずでした。

かがり:その後もミュージシャンの薬物問題を受けて作品が回収されるたびに公開質問状を送ることは続けています。田口淳之介さん、KenKenさんですね。それも完全にスルーされてますが。普通郵便じゃなく内容証明ならどうだろうと思って試したこともあるんですが、それでも返事すら来ませんね。

――返事すら…。

かがり:でも今後も続けていきます。やり続けていく中で何かわかるかもしれないので。

画像3

■最後にフェイバリットアルバムを

――そろそろ終盤ですが、せっかくなのでお2人にフェイバリットのアルバムを伺いたいです。

永田:それがいちばん難しい質問ですよ!

かがり:そうですね(笑)。自分の話からさせていただくと、僕は世代的に後追いのファンなんですね。僕も最初は『ポンキッキーズ』で、自発的に聴くようになったのは活動休止していた時期でした。なので、リアルタイムでいちばん衝撃を受けたアルバムということで、『人間と動物』ですかね。

永田:私はまあまあ古参の部類で、いつ聴きはじめたのか定かじゃないくらい生活の一部なんですよ。なので難しいんですけど…そうですね、やっぱりいちばん好きなアルバムはいちばん新しいアルバムですね。回収されてしまったので今となっては持ってる人が少ないであろう『30』。

このアルバム、すべてがいいんですけど、過去作の『A』に収録されてる『猫夏』っていうまりんさんと一緒に卓球さんが作ったいい曲が形を変えて入っているんです(『海猫夏 Caty Summer Harbour』)。こういうふうに昔の曲を常に今風の音に更新していくところが、私の電気グルーヴを好きな理由の1つなんですよ。
※まりん:電気グルーヴの元メンバー、砂原良徳。

かがり:ライヴでも常にそうやって音を更新してますもんね。

永田:そう。古い曲を捨てずにその時時の旬の解釈でリファインし直して、常に新しい音楽として提示してくれる。そういうスタンスが表れている曲が入っているのもあって、やっぱり最新アルバムを推したいです。

――ありがとうございます。ライヴ行きたくなってきましたね。

永田:そうなんですよね!

かがり:ライヴやってほしいですね。

――各々やれることをやりながらその日を待つしかないですね。

かがり:それでいうと今やっていることとしては、本を作ってまして。最後にそのご紹介をさせていただければ。

――おお! そうなんですね。どういった本でしょう?

かがり:今回の件を含む近年の表現規制問題をテーマにした書籍です。詳しくはまた追ってChange.orgのキャンペーンページやTwitterにてお知らせします。

――書籍をきっかけにした今後の広がりが楽しみです。本日はありがとうございました!

(インタビュー:ヒラギノ游ゴ 画像提供:永田夏来、かがりはるき)