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なぜ無罪?法律×ロビイング×若者の声で性犯罪を裁かない刑法を変える

2019年3月、19歳の女性が実の父親を相手に起こした裁判で無罪判決が下りました。
この女性は中学二年生の時から父親から強制性交を受け続け、父親がその事実を認めているにもかかわらず無罪となったことで、多くの人から疑問の声が上がりました。この事件に限らず、日本の性犯罪については十分な処罰がなされていないと考える人が少なくありません。
そんな中、性犯罪に関わる法改正を求めるキャンペーンを立ち上げたのが、「ヒューマンライツ・ナウ」「Spring」「Voice Up Japan」の3団体。こちらの記事では、3団体の代表、伊藤和子さん、山本潤さん、山本和奈さんとともに署名活動を振り返ります。

伊藤和子(NPO法人ヒューマンライツ・ナウ代表・弁護士、写真左)
山本潤(一般社団法人Spring代表、写真右)
山本和奈(一般社団法人Voice Up Japan代表、写真中央)

◾️得意分野を活かし合ってキャンペーンを進めた

ーー皆さんは、本プロジェクト発足以前から性暴力やジェンダーにまつわる活動をされてきています。それぞれ簡単にご紹介いただけるでしょうか。

伊藤和子 NPO法人ヒューマンライツ・ナウの伊藤和子と申します。弁護士をしながら世界中の人権侵害に苦しんでいる人たち、特に女性や子供など弱い立場にいる人たちを支援する活動をしています。

山本潤 一般社団法人Springの山本潤と申します。性被害当事者を中心とした団体で、性犯罪刑法の改正のためのロビイングが主な活動です。

山本和奈 一般社団法人Voice Up Japanの山本和奈です。ジェンダーや性暴力に関して啓発活動をおこなっています。

ーー今回のキャンペーンは、伊藤さんが他のお2人に声をかけて始められたんですよね。

伊藤 今回のキャンペーンを始めるきっかけとなったのは、2019年3月に性被害を訴える4件の裁判の無罪判決が相次いだことです。世間では既に怒りが高まっている状態でしたが、ただ怒りを発露するだけでなく、具体的な活動の形にすることで社会を変えるきっかけにしたいと考えました。そこで、この分野で影響力のある団体と一緒にアウトリーチしたいと思い、まずロビイングに長けたSpringさんにお声がけしました。また、若い人たちの間で議論が活発化してほしかったので、若年層で構成されたVoice Up Japanさんにもお声がけして、3者が出揃ったという感じです。

山本潤 Springとしても先ほど伊藤さんがおっしゃった一連の無罪判決を受け、性被害の実態に即した刑法の見直しに向けた要望書を法務大臣に提出しました。その後、伊藤さんから「一緒に署名をやりませんか」と声をかけられ、協働することになりました。

山本和奈 その頃Voice Up Japanでは「ミスター慶應コンテスト」に出場歴のある慶應大生たちが女子学生に対する性的暴行などで5回逮捕されたにも関わらず不起訴処分になった件を取り扱っていて、似たテーマだったこともあり、ご一緒することにしました。

伊藤和子 基本的にはこの3人で作ったFacebookメッセンジャーのグループで連絡を取り合いながら進めました。

山本潤 そして、それぞれの得意分野を活かせるよう役割分担をしました。ヒューマンライツ・ナウには法律の知見を生かしてキャンペーンページの文案を作ってもらって、Voice Up Japanと連携して世に広める。私たちSpringはロビイングのノウハウを基に法務省への署名提出の段取りを進めました。

ーーキャンペーンの手応えはいかがでしたか?

山本潤 始めてすぐに4万筆ほど署名が集まったので、関心が高まっていることを実感しました。一連の性犯罪が無罪になったことに対して「今の法律では問題にならないことこそが問題」ということをわかりやすく伝えられたこと、そして署名を集めた上でこういうふうに法を変えたいという具体的なアクションを示したことがよかったと思います。また、やはりこのキャンペーンの直接のきっかけとなった岡崎準強制性交等事件にあまりにも不条理な判決が下ったことに対する世間の怒りがそれだけ大きかったというのもあると思います。

ーー岡崎準強制性交等事件の裁判では、加害者である実父が同意のない性行為をおこなったことを認めたにも関わらず、地裁で無罪判決が出ました(後の2020.3.11に名古屋高等裁判所にて有罪判決)。

山本潤 有罪にならない理由がわからないような事件に無罪判決が出たことで「なんとかしないと」という世論が高まっていたのは肌で感じていました。

山本和奈 新聞記者の望月衣塑子記者やシオリーヌ(大貫詩織)さん、小島慶子さん、#kutooの石川優実さんなど、発信力のある皆さんにコメントをいただけたことも、キャンペーンが広がっていった大きな要因だと思います。

山本潤 性被害に遭ったことのない人からも賛同の声が寄せられました。また、医学部入試における女性差別の問題など、相通ずる部分のあるテーマに関心のある人が興味を示してくださることも多かったです。

ーーこういった活動は、男性たちがどれだけ関心を示したかが気になるところですが、いかがでしょう。

山本和奈  中には「冤罪が増える」と言ってくる人もいました。

伊藤和子 フラワーデモに比べるとそういったヘイトやアンチの類は少なかったですが、「フラワーデモをバッシングしていたような男性たちに届いたか」というと、そうではないと思います。そこはやはり難しいですね。

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◾️ロビイングの重要性

ーー今回のキャンペーンでもロビイングの知見は非常に重要な役割を果たしました。ロビイングとは、「特定の主張を有する個人または団体が政府の政策に影響を及ぼすことを目的として行う私的な政治活動」といった定義がされますが、山本潤さんはどういった捉え方でロビイングというものをおこなっているのでしょうか。

山本潤 ロビイング=営業だと思っています。営業職の人に「商品を売りたい」という目標があるように、私たちには「この政策を実現してほしい」という目標があり、それを実現できる国会議員や官僚の皆さんにアプローチをしていきます。誰か関心を持ってくれる人が出てきたら、その人からさらに影響力の強い人を紹介してもらうなどして展開していきます。Springは刑法改正に重点に置いて活動しているので、立ち上げ当初から月に2回必ず各所でロビイングをおこなって、関係構築を図っています。

ーー今回、大きな役割を担った議員の方はいましたか?

山本潤 自民党にある、性暴力のない社会の実現を目指す議員連盟(1 is 2 many! 議連)の当時の事務局長・松本洋平議員にはお世話になりました。松本議員のご紹介で、法務省の刑事局長に署名を提出できたんです。

ーー署名活動において、集まった署名を「誰に出すか」は非常に重要ですね。

山本潤 そうですね。場合によっては受け取ってすらもらえず、郵送で送りつけることしかできない場合もあるのですが、今回のように相手方と懇談の時間を取れて、報道も入って、という状況を作れたことは、とても意義あることです。メディアが報じることで、署名をしてくれた一般の方にも「署名がゴールに辿り着いたよ」ということが伝わって、恩返しができたんじゃないかと思います。

伊藤和子 記者会見に際しては、Change.orgのスタッフさんが過去の記者会見の知見を生かしていろいろとアドバイスを下さり、署名をプリントアウトしてくれたりと諸々の手配を進めてくださったのでとても心強かったです。

ーー今回の活動で「うちのこの人すごいよ」という、特に活躍されたメンバーがいたら教えてください。

伊藤和子 ヒューマンライツ・ナウでいうと、署名を促す文章を作るのに協力してくれた若手弁護士たちですね。その中には男性弁護士もいるんです。世間に届きやすく誤解を生まないテキストになったと思います。

山本潤 Springでは、ロビイングチームに所属している岩田美佐さんの存在が大きかったです。記者会見にも出席してもらったんですが、当日花を持ってきてもらったことで、フラワーデモとの連携を意識させることもできました。

山本和奈 Voice Up Japanでは、国際基督教大学の山下チサトです。私よりさらに若い人の目から見て感じたことを新鮮な言葉で表現してくれたことは大きな力になったと思います。

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◾️性的対象化が根付いた文化

ーー日本の性暴力を取り巻く環境の悪さは、どういったことに起因していると感じるでしょうか。

伊藤和子 幼少期から女性を性的対象として見ることが常態化してしまっている日本の文化が原因だと思います。私自身、幼少期から課題意識を持ち続けていたのですが、大人になって弁護士として被害に遭った人を助けようとしたときに、今の法律では助けられない状況が多々あり、もどかしさを抱えていました。そこで、社会の構造自体を変えることで、被害者を救いたいと考えました。

山本和奈 性差別的な事柄を表現の自由で正当化しようとする振る舞いもいろんな問題について見聞きします。私は表現の自由の濫用に大きな問題があると思います。

伊藤和子 今回は法改正を目的としていますが、今後は日本の性を取り巻く文化自体についても議論がなされるようにアプローチしていけたらと思います。

ーージェンダーにまつわる諸問題について考えるとき、最終的に性教育の重要性を再確認させられる機会は多々あります。

山本潤 今、私の友人がプライベートゾーンについて伝える絵本を作っているのですが、とても参考になりますよ。

※参考:「おしえて!くもくん」プロジェクト
https://kumokun.themedia.jp/

ーー素敵ですね! また、記事を読んでいる人の中には、こういった話題に触れはじめたばかりだという人もいるかと思います。そういったかたが学びを深めるためにおすすめの参考文献などはありますか?

伊藤和子 インターネットで「レイプカルチャー」という言葉を調べるだけでも、かなり学びは多いと思います。あと、「紅茶」にたとえて性的同意をわかりやすく伝えた動画をぜひ観ていただきたいです。

また、ある程度学びを深めた方には『説教したがる男たち』(レベッカ・ソルニット著)を読んでほしいです。アメリカのフェミニストたちの闘いを記録した本で、「日本人以外もみんながんばってるんだな」と元気をもらえます。

山本和奈 先ほど伊藤さんがおっしゃった「紅茶」にたとえて性的同意をわかりやすく伝える動画と一緒に「protect yourself」という動画も観てほしいです。

山本潤 私はぜひフラワーデモに参加してみてほしいです。声を上げている人たちの生の声を聞くことは大事だと思います。

――では最後に、今後考えているアクションがあれば教えてください。

伊藤和子 おかげさまで現在(インタビュー時点)9万2千もの署名が集まっています。Springを含む12団体からなる「刑法改正市民プロジェクト」の要望書とも合わせて提出することで、法務大臣の決断を促していきたいと考えています。
声を上げていくことで実際に社会が変わると皆さんが思えるようにがんばっていきたいです。

山本潤 一人ひとりの声は小さくても、人数が集まることで相手にとって無視できない勢力だと捉えてくれるようになります。「いいな」と思う活動に対しては、少し踏み込んで何かアクションをすることで一緒に社会を変えてほしいと思います。

山本和奈 性暴力が横行している社会に対して問題提起している人が増えてきている今が変わるタイミングだと思います。もっと多くの人が声を上げられる環境を整えるために、とにかく活動を続けていきます。

このインタビューは2020年3月16日に収録しました。3月30日には、刑法改正の検討会に山本潤さんが加わることが決定したと報道されました。詳しくはキャンペーンの進捗投稿をご覧ください。改正に向けて、賛同者はまだまだ募集中とのことです。

(執筆:向井美帆 編集:ヒラギノ游ゴ 写真提供:Change.org)