Black Lives Matterとトランスジェンダーについて

* 51年前の6月28日は、ニューヨークのストーンウォール・インというバーに警察が踏み込み捜査に入り、それまで不当に扱われてきた性的マイノリティ、特に非白人、貧しい階層の人々を中心に抗議活動に発展したきっかけの「ストーンウォールの蜂起」が、50年前には現在のプライド・パレードの源泉となった行進が始まった日です。
その日に向けて、2020年6月24日に公開された以下の記事から始まる、5つの記事で構成するBlack Trans Lives Matter(黒人トランスジェンダーの命・生活の問題)を映像作品を通して考える特集をウェブメディア「wezzy」で企画しました。 
Black Trans Lives Matter特集をはじめるにあたって
この記事は、本投稿をベースに、その執筆当時では不足していた知識や、アップデートされた情報などと合わせて大幅に加筆修正したものです。
【2020年7月26日追記 終わり】

* この記事を執筆した当時はわかっていなかったことなどがこの記事には含まれていて、再考したいと思っています。削除も考えましたが、別稿を準備したうえで、そのリンクを今後ここに貼るつもりです。
不備などあるかと思いますので、ご意見あればぜひお伝えいただければ幸いです。
【2020年6月20日追記 終わり】

このnoteは基本日記を記すつもりでしたが、このエントリーは日本でももっと知られるべき、考え、議論し、知識が共有されてほしいテーマなので、例外的に投稿します。

アメリカで、人種差別の問題に対する抗議運動が盛り上がっています。きっかけは、5月25日、ミネソタ州ミネアポリス警察所属(当時)の白人男性からの頸部圧迫によって、アフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドさんの殺害事件でした。

アメリカで「Black Lives Matter」(黒人の命や生活を軽視するな)の抗議運動が再燃しているなか、ブラックやpeople of colorであるトランスジェンダーの人々への暴力が見えにくくなっているため、今回取り上げようと思います。
* people of colorという英語のままの表記を採用しているのは、「有色人種」という訳語が長らく日本では一般的に使われていますが、その元となった「colored people」という言葉が不適切・差別だという意見がある一方、people of colorへの適切な訳が共有されていないからです)
(が、このあたりは不勉強なところもあるので、よりふさわしい知見をお持ちの方は教えていただけると助かります)

フロイドさん殺害とあわせて、その約2ヶ月前の3月13日のケンタッキー州ルイヴィルの警察に撃たれて死亡したブリオンナ・テイラーさん、さらに前の2月23日にイリノイ州のブランズウィックで元警察官とその息子に銃殺された疑いのあるアーマード・アーベリーさんらの名前が、運動の際に挙げられています。他方、5月27日にフロリダ州タラハシーで警察に撃たれたトニー・マクデイドさんの名前は、Black Lives Matterに関わるものとして並べられないSNS投稿も散見します。
日本では特に、BLMが「警察による黒人への暴力の問題」のように矮小化されているように見えますが、その運動の中には、人種以外の複数の属性に関する社会問題を訴えているものもあり、そうした実態がもっと知られてほしいです。決して得意というわけではない英語を使って、情報を追っているわたしのようなものだけでなく、以下に書くような視点での優れた報道や言葉が積み上げられていけば、さらにもっと知る場、学ぶ場が広がっていくのではないかという期待もあってこの投稿を書いています。

マクデイドさんは銃殺直前に、複数の男性から暴行を受けて復讐するという旨を自身のフェイスブックに動画としてアップしていて、血のついたナイフの発見やその被害者のマクデイドさんへの暴行についても報じられています。しかし、マクデイドさんについての情報を拾っていくと、この事件の警察対応が正当化されるとは言い切れない部分も多いと思いました。
その背景には、マクデイドさんがトランスジェンダー男性だということ、アフリカ系アメリカ人だという点があります。マクデイドさんは日常的にトランスゆえに暴力や偏見にあっていたのかもしれないと想像します。

アフリカ系アメリカ人の、特に男性の犯罪者化は、憲法修正第13条によって廃止されたはずの奴隷制度が実質的に保たれている現状とも関わりがある、と考えられています。アメリカの憲法修正第13条とは、奴隷制の廃止に関わり、あらゆる人々に公民権をという、つまり人々の自由や人権を担保する条項ですが、ただし犯罪を犯したものは除外されています。この条項に加え、偏見や差別的な処遇を生む制度や社会構造によって、ドラッグ売買や利用などの黒人の犯罪者化や貧困がスパイラルとなって、作られ続けられているという見方があります。これらの指摘は、エイヴァ・デュヴァーネイ監督のNetflixドキュメンタリー映画『13th -憲法修正第13条-』に詳しいので、ぜひ観てみてください(現在YouTubeでも無料配信中)。
白人中心的な社会で、偏見や差別がはびこる社会でのマイノリティへの処遇が影響し、男性が男性優位主義的、マチズモな精神を内面化し態度を獲得していくという示唆は、2017年にも日本で公開されたアカデミー作品賞受賞作『ムーンライト』(バリー・ジェンキンス監督)でも描かれています。主人公のシャイロンは、小さい頃からひ弱であることをいじられ続け、同じ町に住む、世話になっていた男性と同じように、ドラッグ売人になっていく。また、シャイロンの母親は貧困層で、困難から逃げるようにドラッグ中毒だった。弱い立場の人たちが、人生の可能性を期待できなかったりし、そういう社会的にネガティヴな立場に陥っていく側面があると考えられます。

わたしの知人の、日本に住むトランスジェンダー男性で、ずっと「女性」として扱われてきたなかで女性ジェンダー規範を押し付けられて苦しみ、だからこそ男性化した自身の権力性に注意するものの、その意識によって、発言を控えたりあるいは自分の感情を押し殺したり(「男は泣くな」といった規範がありますよね)しがちで、一方、心を許すと途端に話し始めると止まらなくなったり、誰かの言葉を遮るといった強権的な態度に出ることもあります。
(話に割って入る、話を奪うということは、悪しき男性的な態度として、批判されたりしていますよね……)

マクデイドさんのことは、生前のフェイスブック動画での様子や数少ない報道だけでしか把握していませんが、ブラックであること、男性として生きていること、女性として扱われてきたこと、トランスジェンダーであることなどが、犯罪者化しない道を断っていったのではないかと、想像してしまいます。
こうしたマクデイドさん個人のありようを分析するようなこと自体、特権的で暴力的であるようにも思いますし、一般論としての「黒人男性は犯罪者化しやすい差別的な構造がある」という問題とかんたんに結びつけてはいけないのではとも葛藤します。他方、ある特定の人種、ジェンダー、貧富などとも関わりのある地位など、属性と関わりの深い差別構造を考え、解体していくために、マクデイドさんが銃殺されるに至ったようなケースも慎重に検証される必要があるのではないかとも考えます。

さらに、マクデイドさんの死後の警察発表では、男性として生きてきたにもかかわらず「女性」とするミスジェンダリングがあり、アメリカ最大規模のLGBTQなど性的マイノリティの擁護・ロビイング団体 のヒューマン・ライツ・キャンペーン(HRC)も抗議しています(HRCによる追悼はこちら)。ミスジェンダリングは、人権侵害です。一般的ではなく例外的とされ、そもそも数が少ないから孤立感を抱きやすく、それらが絡み合い、排除される懸念から、自身のジェンダーについて表に出しにくいトランスの人々に対して、「おまえは男(女)だ」と、今その個人が生きている状態を否定する行為は、仮にそれが冗談であっても生きていく基本的な安全を損なうし、世界への信頼を奪う。そうしてシスノーマティヴな構造や個々人との関係性のなか不安定な内面が培われ、ときに自暴自棄になって自分や他人を傷つけるにまで至る展開も起こりうるのではないでしょうか。

そのHRCによると、2019年は26人のトランスジェンダーやジェンダー・ノンコンファーミングな(男/女二元のジェンダーに一致しない)人々が殺害されています。その多くが黒人(アフリカ系以外のブラックの人々もいるため、こう書きます)です。
(マクデイドさんの死も、2020年のリストに追加されるそうです)

アメリカで2018年から制作されているドラマ『POSE』の大ヒットによって(日本でも配信中)、スターになったトランスジェンダーでノンバイナリーの俳優インディア・ムーアは、昨年の9月9日の時点で殺害された17人の黒人のトランス女性らを悼んで、ファッション業界の授賞式でその遺影をモチーフにしたイヤリングを着用してアピールしました。しかし、まだまだブラックやpeople of colorかつトランスジェンダー(女性)である人々の危うい立場は、一般には大きな問題として取り上げられにくい。
(なお、ムーアが『POSE』で演じたキャラクターは、80年代終わりのNYでストリートに立つトランス女性のセックスワーカーで、トランプタワーで働く白人シス男性と恋愛関係になるという設定で、現在のドナルド・トランプによる排外主義、白人(男性)至上主義的な差別の煽りを、制作側は意識しているのだと思います)

アメリカではトランス、特にトランス女性らが性別移行のためにセックスワークに従事していることも多く(先述のインディア・ムーアも就労経験を公表しています)、ストリートでの売買春が危険だとも言われています。つまり、エスニシティ(人種)やジェンダーなど複数の属性でマイノリティだからこそ、そしてそれが見た目などで可視化されやすいからこそ、攻撃の対象になりやすいということです。さらに、セックスワークに就く理由は、それ以外の、いわゆる「一般的」とされる就労につきにくい社会構造だからです。

「黒人だから〜」という視点だけでなく、ジェンダーや貧富の差など、複数の属性によってもたらされる社会的な処遇の差なども、日々考えられてほしいです(この、ひとりの人間の中に複数の属性が交差するという視点、インターセクショナリティという考え方については、清水晶子さんが書かれた文章が短く、わかりやすいのでおすすめです)。

Black Lives Matterに直接的には関わりがなく、アメリカでの黒人の闘争の問題や歴史を収奪する懸念もあるのですが、日本での話と少し関連づけてみます。
日本でも、トランス女性が風俗店などで「ニューハーフ」としてセックスワークに従事することも少なくなく、特定の属性、特定の就労が、直接的な暴力の対象になりやすかったり、言葉の攻撃や政治からの軽視などに晒されたりしています(日本ではほとんどの売買春が経営者がいるかたちで、オンラインやストリートで個人が営業するような危険は、ほとんどありませんが)。
わたしは主に、くだんのインディア・ムーア(ハイチ、プエルトリコ、ドミニカにルーツを持つ)や、同じく『POSE』に出演したMJ・ロドリゲス(アフリカンアメリカンの母親とプエルトリコ系の父を持つ)や、同作で脚本家(のちに監督としても)デビューしたジャーナリストで活動家でもあるジャネット・モック(ハワイ系で、父がアフリカンアメリカン)らの、SNSでの投稿を通してBLMを追っていて、特にムーアやモックはセックスワーク経験をオープンにしていることもあって、日本の事情とつなげて捉えて見てしまっているところもあり、このような投稿に至りました。

また、『POSE』の面々の前には、2013年からのドラマシリーズ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』でスターとなり、トランスの俳優として初めて「TIME」の表紙を飾ったりエミー賞にノミネートされたラヴァーン・コックスがいたり、そのコックスは『POSE』に出演するアンジェリカ・ロスらと長くトランスの俳優の地位向上にも動いてきました
そのあいだで、白人ですがトレイス・リセット(『トランスペアレント』)やジェイミー・クレイトン(『センス8』)が主要なキャラクターを演じたりし、これらがメディアを通してトランスのプレゼンスを高めてきたと言えると思います。
その流れにムーアやロドリゲスがいて、彼女たちは今Black Lives Matterの運動で路上に立ち、シュプレヒコールを上げ、プラカードを掲げ、権利問題を訴え、SNSでその情報や動きを拡散しています。

もうすぐ訪れる6月28日は「ストーンウォール・インでの蜂起」から51年になります。これは、ニューヨークの同名のバーで起きた警察の不当な踏み込み捜査への、トランスジェンダー女性たちの抵抗をきっかけとする、今で言う狭義のゲイ(同性愛志向の)男性たちらも含めた(トランス概念が当時はなく、「ゲイ」とまとめられていた)、迫害への抵抗や権利運動としての大規模なデモに発展し、そこからプライドパレードが出てきたと言われています。
そのとき立ち上がったトランス女性のうち、マーシャ・P・ジョンソンはブラックで、共に運動し、のちに路上生活や路上売買春を行なっていたトランスジェンダーらを支援する団体「Street Transvestite Action Revolutionaries(STAR)」を共に立ち上げた、シルヴィア・リヴェラもラテン系でエスニック・マイノリティです。彼女たちの運動がなければ、今の「LGBTQ」の連帯の運動も起こらなかったかもしれない。

多様なジェンダー・多様な背景の人々を含め、人権や平等についてもっと考えられる機会が増えてほしいと願います。差別や偏見と暴力、個人の死はつながっています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?