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「線は、僕を描く」の感想

すごく売れてるということで、「線は、僕を描く」読みました。

始めの部分で、居心地悪くてもぞもぞしてしまうライトノベル感。

業界の第一人者に才能を見出される平凡な大学生。両親が事故死ってまんま「3月のライオン」だ。

そしてヒロインは、気が強くて超絶美人で業界第一人者の孫娘。

もうこの設定だけで、何か、萎える。こういうのが好きな層はいるんだろうけど、なんかごめんなさい。

小説は50ページ読まないと、面白さが伝わらないというジンクスもあるので、もう少し我慢して読んでみる。

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読み進めると、古前くんという個性的なキャラクターとの絡みが出てきて少し面白くなってきた。いがぐり頭でサングラスって変だよな。何か理由があるのだろう。

読み始めて間もなくタイトルの意味が分かった。
なぜ、「僕は、線を描く」ではないのか。
アイデンティティが空白になってしまった僕が、水墨画の線を描くことで、自分を再構築していく、という意味なのだろう。だから「線は、僕を描く」。

お師匠さんが水墨画を描くシーンがすごくリアルで、著者の取材力半端ないと思って経歴調べてみたら、ご本人が水墨画家でいらっしゃった。

達人の1回目の指導、楽しむことの大切さ。

2回目の指導、力を抜くことの大切さ。真面目は我が国では、良いこととされているが「自然じゃない」。

この指導は水墨画に限らず、多くのことに通ずるものがある。最近読んだ、ひろゆきの「1%の努力」にも似たような話が出てきた。

真面目に取り組むという努力の人は、楽しくて自然に没頭してしまうという人には敵わない。本作の主人公は、自然体である。

水墨画は、下書きもなく、一気呵成に作品が仕上がる。知らなかった。水墨画描いてるところ見てみたい。YouTubeとかに上がってるかな。

古前君のサングラス、物語の伏線になりそう。サングラス越しにモノクロの濃淡で見える世界は水墨画に通ずるもの。主人公に重要な示唆を与えそうだ(←全然関係なかった)。

古前くん、何でサングラスなんだろう。タモさんがサングラスなのは義眼だかららしいけど、古前君にも事情があるはずだ。

千瑛と主人公の距離の縮まり方は何か自然で良かった。まあ、そこに至るまでの展開は、いささか現実離れしているのだが。

この作品、映画化、漫画化、アニメ化の話が既に進行してるだろうな。千瑛役は山下美月か清原果耶がハマり役かと。と思ったら案の定、漫画は既に出版されてた。

芸術界において、水墨画の置かれた極めて厳しい位置付けを知って驚く。

たしかに水墨画って昔描かれた掛け軸を見るようなイメージで、現在進行形で描かれているところは、あまり想像したことなかった。

こうやって知らない世界のことを知れるのはすごく好き。この小説をきっかけに、少しでも水墨画に取り組む人が増えたらいいな。私も機会があったらやってみたい。

千瑛と斎藤さんがダメ出しされる場面で、お師匠さんが語る水墨画論、深い。自分の内側と外の現象を繋ぐ手段が水墨画。なるほど。あらゆる芸術がそうなのかもな。美の先にあるもの。

水墨画を描く楽しさには、意図的と偶発的の混じり合いがある。これってサッカーにも通ずるところがある。

素人が3週間家にこもって水墨画に没頭しているうちに、大先輩を唸らせるほど上達するという展開はどうなんだろう。

両親を事故で亡くした空白が、水墨画における彼の強みという設定だけど、わずか3週間の一人学習でそんなに上手くなっていいのかな。

私のような平凡たる一読者は、お話の中の出来事として、まだ流せるとして、実際に事故で10代の時に両親を亡くされた方や、本気で水墨画に取り組まれている方が、この展開をどう感じるか、気になりました。

この暗く屈折した主人公の面倒を見ていた叔父さんは、かなり忍耐強く責任感にあふれ、人への優しさを持つ方だと思います。

この叔父さんの気遣いを思うと、主人公のウジウジした感じにイラついてきます。

主人公の友達の古前君や川岸さんも、それぞれ変わったところがあって、高校でも大学でも親しい友達はいなかったように思う。だから、変人同士で繋がったのではないかなあ。

古前くんのファッションも異様だし、それと付き合おうと思う川岸さんもどうかしてる。

お師匠さんのゲリラ的な揮ごう会に、あんなに人が集まるのは現実的ではないと感じた。水墨画あんなに注目されてないでしょう。

物語の世界に限って見てみても、あんなに注目されるのであれば、物語の世界の中でも、もっと水墨画の社会的注目度が高くてしかるべきだけど、そうではない設定であった。

千瑛と主人公の関係性も、絵を通じて最終的にそこまで強い結びつきになるのであれば、千瑛は、斎藤さんや西濱さんとの付き合いの方が長いのだから、そちらともっと強く惹きあっていないとおかしくないですかね。

結論。水墨画の世界について知ることができたのは良かったが、物語としてはありきたりな所に、とってつけたような個性的な人間を入れ込んだことによる歪みみたいなものを感じてしまった。

会話文が多く、展開もスムーズなので、ライトノベルのようにするすると読めるので、多くの若い読者を獲得しているのではないか。

信頼している本屋大賞で、この作品が1位じゃなくて良かった。王様のブランチ賞では、この本が大賞らしいので、ブランチ賞は私とは好みが違うことを確認した。

本という商品は、世間での売れ行きと自分の趣味嗜好との誤差が大きい。