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ランドリー記念日

コインランドリーが好き。 とにかくコインランドリーという空間が好き。 特に夜が深くなった時のコインランドリーの居心地はなお最高。 誰もいない空間にカチカチと響く時計の秒針音と、一生懸命洗濯物を乾かす乾燥機のごうごう音と、コインランドリーとクリーニング屋さんでしか味わえない独特なガスの匂いと。 洗濯物を洗濯機に入れる時は何も考えず、たまに色物と白い服と黒い服は分けつつ、ひたすらに放り込んであとは全てお任せします。 お前に洋服たちの汚れを落とすのは託すからな、とかそんな気持ち

    • ありがとうの気持ちの行方

      毎年、母の日が来ると「ありがとう」の気持ちの行方が分からなくなる。 罪悪感を抱く程ではないけど、世間が「お母さんありがとう」「お母さんに感謝を伝えましょう」となってる中、その気持ちが皆無に近い私は少し世間から仲間外れになってるみたいだなあと思ったりする。 あくまでもその気持ちを遠目に見てるだけだから、自分でもそんなに重くは捉えてないんだけども。 私を産んでくれたお母さんとは明確にいつかは全く覚えてないけれど、物心覚える前に別々の人生を歩むことになったから、産んでもらった感

      • 馬鹿な僕らでいようぜ

        3/10にリリースした日食さんの「音楽のすゝめ」を聴く。 日食さんの本当の姿なんぞ知ることは一生ないし、知ろうとするなんてそんなのおこがましいにも程があるけど、あの人は心の底に暖炉に灯る火みたいなあったかさを持ってるんだろうなと思った。 じゃなきゃ、あんな歌詞書けない。 一歩先に行ってて、待っていてはくれない。こちらを振り返ってはくれない。 それでも背中は見えるような距離感でいてくれる歌詞を書く人だと勝手に感じてる。 今回の「音楽のすゝめ」の歌詞にある 一つ、二つ、三つ

        • ひとかけらの勇気

          私が働いている職場にあと少しで卒業してしまうインターン生がいる。 その子は目的意識があって、社会人になってからもきっと活躍していくんだろうと思える子。 その子と会話をしていた中で私が前に投稿した"生理"についてのnoteで書いていた経験を同じようにしていたと知って、驚いたとともに勇気をもらったので熱が冷めないうちに書いておく。 少し前に書いたnoteではこんな風なことを書いてた。 過去にお手洗いにエチケットボックスが無かった職場で働いていて、力仕事も伴うし男性も多いとは

        ランドリー記念日

          都合のいいときだけ神頼みする

          10月から新しい職場で勤め始めて、忙しない日々を過ごしていたらあっという間に2021年になってるし、もうすぐで3月になる。もう春だ。 文章を書くのは時間もかかるし、少しばかり体力も使ってる気がしてなかなか更新出来ずにいたけど、自分の中に溜まっていった感情をどこかに出したいと思ったので、喋る。ように書く。 最近、自分の中に負の感情(特に怒り)が増えてるっぽい。 面白いものを見てもあんまり感情が動かないというか。ポジティブな感情が瀕死状態。 自分に対しての感情というよりは誰か

          都合のいいときだけ神頼みする

          生理とはなんなのか

          生物学的に当てはめられる女性には自然現象として生理になる時期が月に一回はある。女性だけが持つ"妊娠をして赤ちゃんを育てる場所"を整える為にも必要なイベント。 それなのに生理に対して恥ずかしさや後ろめたさを持つのは、これまで生きてきた中で無意識のうちに社会の生理に対するイメージが刷り込まれていたからなのかなと思う事がたまにある。 過去にお手洗いにエチケットボックスが無かった職場で働いていて、力仕事も伴うし男性も多いとは思ってたけど、それが無い時点で女性の配属がほとんど無い店舗

          生理とはなんなのか

          テロルンとルンルンを見て

          この映画を知ったのは、もともとファンで普段からよく聴くアーティストの日食なつこさんがきっかけだった。 ある時、SNSで映画の主題歌を歌うとのことで、日食さんの音楽がどのように映画と合わさるのかが気になって、オンラインで鑑賞した。 しかし、トラブルが発生。 冒頭10分を見ることができず、ラストシーンまで作品の世界に入り込めないまま終了。後味が良いとは言えない1回目だった。 その後、全国の映画館での上映が決定したとの知らせを聞いて、即座に鑑賞券を購入。評判が良く、以前から行っ

          テロルンとルンルンを見て

          秋の気配がした

          朝からカンカン照りでサングラスが無いと眩しくて、眉間にシワが寄ってしまう程の日差しが照りつける。 その日差しを全身で受けながら、自転車を漕ぎながら、空を見上げたら、雲がもくもくと育っていて、青空が雲に食べられそうになっていた。 蝉は元気に鳴いていて、まだまだ夏は終わらなさそうだと少しうっとおしくなった。そんな一日。 忙しない一日を終えて帰路についていたら、どこからともなく鈴虫の鳴き声がした。 何か悲しいことがあったわけではないのに、その鳴き声を聴いて少し感傷的になった。

          秋の気配がした

          このお店は自分でも良いお店だと思ってる

          私が1年以上通い続けている美容室の店長さんが言っていた言葉。 起業して会社を作ったり、お店を作ったりするのも、自分が描いた理想を形にする一つの手段で、その理想も千差万別だろうけど、その過程の中でタイトルのような言葉が出てくる場所や人はとても魅力的に感じる。 子どもの頃、身内の紹介で知り合いがいる美容室で髪を切ってもらうことになって、それ以来大学生頃まで10年くらいは切ってもらってた。 昔からわたしの髪の特徴や好みを理解してくれていて、通いやすい場所にあったのも理由だった。

          このお店は自分でも良いお店だと思ってる

          人生はフォーマットの見直しの連続

          ふと頭に浮かんだ言葉。 『人生は選択の連続』と良く言うけど、上手く出来た言葉だと思う。 わたしが産まれて物心ついてからは全てが自分の選択でここまで生きてきたわけだ。 その選択を他人に委ねるのも自分の選択で責任や結果は結局自分に降り注いでくる。 これまで何度自分の選択を他人に委ねるという選択にしてきただろうと思うと、ちょっと怖い。 そんな選択の連続の人生ではそれ以外にもフォーマット(形式)があると思っている。 仕事や趣味などの日々の過ごし方、誰かとの接し方とか、だろうかな。

          人生はフォーマットの見直しの連続