塔2018年4月号感想④

★作品2欄 江戸雪さん選歌欄から

西国のをみなは柑橘煮るだらうわがストーブに林檎が煮ゆる/加藤和子

秋田の方の歌。地方の特産となる果実を煮る……きっと遠くに住むひともそうしているであろうと想像を働かせること。見も知らぬ遠国の人と、おそらくは普遍的と思われる行為を持って繋がる瞬間の不思議と心地よさを、冬のやわらかな景色とともに広げてくれる歌です。

しづかなる海は真夏のゆうぐれの永遠に触れ得ぬよこがおを見る/田村龍平

これはちょっと変な読みなのかもしれないのですが……この一首は、なんていうか、「この単語を使うと詩っぽくなるよね」という言葉ばかりを敢えて組み合わせて作った歌なのではないかと感じています。「しづか」「海」「真夏」「ゆうぐれ」「永遠」「触れ得ぬ」「よこがお」「見る」と、その手の、いかにもポップス的な歌に使われていそうな単語ばかり。純粋に歌として評価するより、これは、その手のキメラのような短歌を敢えて詠んだのではないかという気がします。ちょっと他の方の意見を聞いてみたい歌ですね。

仕事への意欲が戻ってくるのならあなたが誰に恋してもいい/かがみゆみ

これは強烈だなぁ……。リアルかどうかは脇に置いておいて、ここまで言い切ってしまう力強さがすばらしいですね。なんといえばいいのか悩むのですが、とりあえず、すげえ……。

劇作が真の姿を歪めたりリチャード三世気の毒なりて/有木紀子

リチャード三世は実在したイギリスの人物で、正統な王位継承者である甥のエドワード5世を幽閉し、王位を簒奪した人物とされています。シェイクスピアの戯曲において、非常に狡猾な人物として描かれますが、歴史ミステリーの傑作『時の娘』では、それらの悪行は冤罪であるとされています。…というところを知っていると楽しめる一首ではないかと思います。これは逢坂さんの時評に通じるのですが、多かれ少なかれ読むのにそうした知識が必要となる短歌と云うのは、やはりそれはそれで読み解いた時に楽しいものです。

〈禿頭傷心休暇。〉と書きてのち申請書をトイレ中の部長の机に置き帰る/河村壽仁

格闘技の訓練中に髪を抜かれてしまったというシリアスな連作なんですが、この一首の〈禿頭傷心休暇。〉の、笑ってはいけないのだけど思わず顔が弛んでしまう感じが堪らないですね。いわゆるシリアスな笑い。「トイレ中の部長の机」というシーンを選ぶあたり、おそらく詠み手もそういうところを意識して詠んでいるはずの歌だと思います。

教育と偉そうに言ってもただ単に従順な手足が欲しいだけだろ/塩原礼

これもいいですね。パッションに溢れています。怒りを怒りとしてそのままさけぶ。それは韻律を蹴散らしながら、激情としての歌になるように感じます。

自分を一番愛してる良いメンヘラのいれるココアのシナモン湿る/中村ユキ

初句を八音として読むのが韻律としては一番安定するように思うのですが、それでも不安定な感じで音が揺れるのがいいですね。これは褒め言葉なんですけど、良い意味で、とても気持ち悪い歌ですよね。「良いメンヘラ」という言葉のチョイスもいいですね。たぶんこの手の修飾詞の元祖は『フルメタルジャケット』の「良いベトコンは死んだベトコンだけだ」から来ていると思うんですけど、そこが一瞬あたまによぎるのもいいですね。塔の誌面では珍しいタイプの歌ですが、この感性は個人的に好きです。

ボケていませんかと問えば「固いです」と林檎売る人一様に言う/米澤義道

方言ネタ。ボケる、は林檎の品質が悪かったり古くなったりしてスカスカになることを言うので、この「固いです」はごくごくふつうの答えなんですけど、よく言われる「ボケる」の言葉の概念のまま読むと頓珍漢な答えをしていて、まさしく「ボケている」ように見えます。その二重性が巧い作品ですね。

★作品2欄 永田淳さん選歌欄から

やはらかきうすももいろの連なりをグラジオラスと呼ぶ人がゐる/川田果弧

この視点の持ち方は巧いなあ、と感心してしまいました。自分には、それは「やはらかきうすももいろの連なり」にしか見えない。それは、それの名前を知らないからです。そして名前を知っているだれかが、それを「グラジオラス」と呼ぶ。そこに世界があたらしく定義されるような、言葉が世界を支配するような一瞬の感覚があるように思います。

息を継ぐように読点の多いメールきっと説得の上手なひとね/吉田典

あー、なんだかこれとてもよくわかります。そういう感じ、ありますよね。この独自のルールのなかで勝手に納得している作品なんですけど、そこに説得力が伴っているのが素敵だと思います。切り取り方がきれいですね。

じっとして汗垂れ流すサウナには世界の悪が閉じ込められてる/小島順一

この作品も、そういう意味では同じ構造ですよね。独自のルールのなかで勝手に納得する。それは「発見」というよりも、新たなルールの「認識の追加」なのかな、と思います。こういう歌構造については、ちょっと実作で試してみたいですね。

女性でも出張するのと驚かれここにも小さなガラスの天井/津田純江

現代においても、まだフェミニズムが浸透しているとは言えず、実際にこの言葉を言われたシーンが目に浮かぶようです。そのときの感情を「ここにも小さなガラスの天井」と暗喩的に示すのが、とても切れ味するどく決まっているように思います。

ステーキ食み琵琶湖周航歌うたいし夜眠りしままに逝きし母百一歳/西村千恵子

今回の感想では挽歌をいくつか拾ってきましたが、この歌はちょっと趣が違っていて、まさしく大往生されたというような、一面としては幸福な死のありかたを描いているような感じで、こういうのもあるのか、と頷かされました。

おびえつつゼクシィを読むひとといてきっと覚えておくべき景色/長月優

いろいろと想像を沸きたてさせる歌ですね。たしかに結婚というのは、考えてみると不安なところがあります。結婚情報誌を読みながらおびえる相手の気持ちというのは、まあ、シーンとしてはいろいろとあるでしょうけれど、なんとなく共感ができるものである気がします。怖いのは、それを「覚えておくべき景色」として捉えている主体の眼ですね。その怖さが、一首の魅力として現出しているように感じます。

★とりあえずここまで。残り2欄はちょっと時間がかかりそうです。

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