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本のほとり

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本が好き。本を手がかりに広がる随想です。本に触れて考えたこと、思い出したこと。
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記事一覧

【随想】本のほとり#4|高橋源一郎「ゆっくりおやすみ、樹の下で」

近所の川本さんちにはノウゼンカズラが生えている。夏になると赤みがかったオレンジ色の花が咲く。 川本さんちのノウゼンカズラは、カーポートの柱に巻き付きながら上へ伸び、カーポートの屋根のヘリを伝ってさらに横へも伸びている。 都会でもなく豊かな自然があるわけでもない郊外の住宅地の中、川本さんちの庭に生えている植物達が私たちに四季を知らせてくれる。夏はノウゼンカズラが目を引くが、その少し前の季節にはビワがなり、鳥がつつく。 私たちがここに引っ越して来たときには、川本家は既にご夫

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【随想】本のほとり#3|安田浩一 金井真紀「戦争とバスタオル」

♪さる・ゴリラ・チンパンジーはもう歌わない。 きっかけは、この本。 「戦争とバスタオル」 文 安田浩一、文と絵 金井真紀 (亜紀書房 2021年) 子どもの頃、母方の祖父母の家に行くと、仏間にセピア色の若い兵隊さんの写真が飾ってあった。その兵隊さんは祖母が最初に結婚した青年であり、戦死してしまった人である。若き祖母は夫がなくなったあともその家に残り、そこで婿養子を迎えた。その婿養子が私の祖父である。つまり、私は若い兵隊さんが生きて帰ってきていたら生まれなかった命である。

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【随想】本のほとり#2|辻村深月「君本家の誘拐」

家では「仕事が忙しいから」と言い、職場では「子どもが小さいから」と言う。どっちも中途半端でどこか満たされない。だから、専業主婦の友達に「すごいね〜」などと言われると、嫌味を言われているみたいな気分になった。完全に私の被害妄想だ。 保育園からの呼び出しに内心舌打ちして自己嫌悪。無理させるから完治しない赤ちゃんの下痢に、一生このままなんじゃないか、というくらい落ちて泣きそうになる。母の声が聞きたくなった。 辻村深月の短編小説「君本家の誘拐」は、はじめての子育てに奮闘するママが

【随想】本のほとり#1|又吉直樹「第2図書係補佐」

エッセイを書けば人生がもっと面白くなる。仮説というより、そうに決まっている、そうじゃなきゃ嫌だと思っている。だって、又吉の周りにばかり面白い人が集まったり、面白いことが起こったりするなんて、あまりに不公平だ。私だってエッセイを書けば、きっとバンバン面白い人に出会い、面白いことが起こようになる。 いや、それはさすがにちょっと違うだろう。そもそも、又吉はネガティブな出来事から面白みをすくい上げて書いている。ってことは、まさかエッセイを書くと、ネガティブな出来事が起きて、それを笑