ピアノがある協会にて

この10日間は、ピアノが弾きたい。ピアノに触れたい、念仏のように唱え過ごしていました。それで、今日。ランニング中に目の前にピアノが現れたんです。ぞくっ、とした。思いがけない所に、深い彩りを見つけたんです。

近所に、教会があったのは初めて知りました。とても小さな所だけど、なぜか通り過ぎてはいけない気がして。近づき、窓から、中をのぞきこむと、椅子があり、祭壇があり。そしてピアノがあって。誰もいない、光の差し込む部屋の右奥にアップライトが。入る許可を、中でピアノを引く許可をもらうか、と考えながら、こわいな、と。立ち去ろうと思った、その時に。ドアに「ここはみんなの家なのでどうぞご自由にお入りください」との文字を見つけました。

神さまは何も禁止してなんかいない。Permit yourself to do what you wanna do、欲に赦しを与えよ。独り言、歓喜。赤の部屋に足を入れる、胴体も入れる、恐る恐るピアノに近づく。見渡す。人を探す、が、身体はただただピアノ近くへ。まずは一音。続いて、二音。二つの和音を鳴らして。誰かが聞いてるかもしれない、怒られるかもしれない。でも、私はこのピアノを弾きたい。触りたい。音楽の内側になりたい。祈りのような願いから、もう一音弾いて、今度は椅子に座り、ペダルを踏み。少しづつ、水に体を馴らしていくように、右足をペダルに、椅子に上半身の重さを預けて、右手だけでなく左手も黒鍵に置いて。今度は踏み込むように両手で音を引き出すように。教会のなかは、本当に静かで、扉の外とうちとでは、満たしている空気が全く違う。日光に温められて膨らみ、柔らかさのある空気に、ぼくの指をキッカケにして生まれた音が染み込んでいく。音は腹がわから背中側にまわりこんで、いつのまにか「怒られるかもしれない」とか「誰かが聞いてるかもしれない」などの恐れは忘れて、じぶんが音楽の中にいました。神秘的や体験は遠くの森でなく、近所の、すぐ歩いて行ける所にある。

いただいたサポートは、これまでためらっていた写真のプリントなど、制作の補助に使わせていただきます。本当に感謝しています。