はじめましてなんて言葉も飛び越えて
きみの文章が定期的に読めることが決まった嬉しい日。私が偉い人ならばきっと祝日にしてしまうけれど、偉くも賢くもないわたしだから、今日を少しだけ毎年特別にしてあげることに決めた。カレンダーアプリに記念日をひとつ増やして、今日をいつまでも忘れないように。
きみの暖かい言葉に何度救われただろう?指を折って数えてみると指が足りなくなるくらい何度も救われる日が何度もあった。きみの言葉には裏側など存在せず、貫くような真っ直ぐな愛は心の奥深くまで届いて、暖かく満たしていく。大袈裟かもしれないけれど、色のない世界に色を与えたのはきみだと言われても納得してしまうくらいに、きみの言葉は世界を豊かにするものだと思う。
年末は、そんなきみの言葉を得られる場所が無くなってしまったことに耐えられずにいた。きみを素敵だと思う要素の中に、「言葉が素敵なことろ」と書き連ねるくらいには、きみの言葉が私にとってはとても重要だった。あの不安な時期や、それこそ大切な場所がひとつなくなってしまうことが決まった日だって、きみが私のことを言葉のベールで包んで、守ってくれたから余計に傷つかず生きていられた。だから、あなたの言葉を得られる場所を失ってしまうことは大きな心の柱をひとつを失ってしまうことに等しかった。そんな泣きじゃくったあの日の私に、今日のブログを読ませてあげたい。
こんなに愛情のこもったブログを世界で一番好きなアイドルが贈ってくれた事実に、どんな感謝の言葉を送ればいいのだろう?どんな賞賛をすれば足りるだろう?どれだけ愛を伝えれば満足できるだろう?
今まで学んできた教科書にはそれを解決する方法は載っていなくて、自分の辞書に加えてきた言葉にも、満ち足りた言葉はなくて、もどかしくて仕方ない。どうかひとつ、新しい言葉を作れないか?とばかり考えているけれど、そんなことは出来ないから。ならば自分の心の1番近くにあった言葉を連れ出して、きみの名前と一緒に届ければ、少しは満足いくはずだと文章を書き始めた。見切り発車の愛だけれども、そんな愛すらも大切に受け止めてくれる確信のあるアイドルだから不安なく書き続けられる。
アイドルへの愛はいつだって一方通行。形も歪で重たくて。だから「受け取りすぎない」もしくは「受け取らない」選択をするアイドルがいるのは仕方ないこと。だけれども、その愛を受け取れることは間違いなくアイドルの才能の一つであると思う。その才能に長けていることだけでも十分に嬉しいことなのに、自分の好きなアイドルが、それを受け取って、磨いて。まるで綺麗なもののように扱ってはステージやブログで愛を返してくれるアイドルだったら、もうそれ以上の喜びは無い。
だからいま、自分の好きなアイドルがそういうアイドルだということを改めて実感できたことに感動している。たまたま好きになったアイドルがここまでだとは思っていなかった。いや、どこかで確信していたからこそずっと心の中にいたのかもしれないけれど、その確信よりも遥かに想像以上のアイドルだった。
きみのことを神様のお気に入りだと思っているけれど、そんなお気に入りのきみを好きになれた自分も、もしかしたら神様のお気に入りなんじゃないかと思うことが出来ている。こんな愛を受け取っていいんだよと認められたのは、とても嬉しいことで、誇りに思う。
あのブログを読んだ人が口を揃えて、きみの名前と「素敵」「アイドルの鑑」「幸せになってほしい」と言ってくれているのを見ると、嬉しさで涙が出てきてしまう。普段、それぞれの好きなアイドルに向けている愛情が、一瞬だけでもきみの方向を向いているのが、非常に嬉しい。
きみに向けられた言葉には花が咲く。それらをひとつの花束にして渡すことが出来れば、私の気は済むのだろうか。きっとそれでも足りない。そんな大きな愛のアイドルに、心からの賛辞を。
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