第3話/グレート・ギャツビー・ショーンK
これは後からわかったことだが、川上伸一郎…これがショーンKの本当の、あるいはすくなくとも法律上の、名前だった。それを彼は27歳のとき、彼が国際的な経営コンサルタントとして世に出る第一歩を踏み出したその歴史的な瞬間に、ショーン・マクアードル川上に変更してしまったのだ。
ある日の朝、破れた緑のジャージを着、デニムのパンツをはいてうろついていたのは川上伸一郎だったが、その日の午後、日焼けサロンに行ったあとにはもうショーンKになっていた。
その名はしかし、そのときよりずっと前から彼の胸に描かれていたのだろうと私は思う。実際の両親は熊本の公務員だった…が、彼らを自分の両親と考えることは、どうしても彼の夢が許さなかった。
実をいうと、ニューヨーク出身のショーンKなる人物は、彼が自分について思い描いた理想的観念から生まれ出たのだ。もっともこれは珍しいことではない。例えば演出家のテリー伊藤はハーフではないが、テリーである。
テレビなどのメディアで、純粋な日本人がハーフっぽい名前をつけるのはよく行われている。それを見習った川上伸一郎が、メディアで活躍する将来の自分を思い描き、ショーンKと名乗ったとして、それは果たして罪深い行為なのだろうか。
我々もまた、多かれ少なかれショーンKである。ちっぽけなメディアでもあるSNSでさえリア充を詐称し、顔写真を整形する。かつてそうしなかった無罪の者だけが、彼を非難できる。
彼は「メディアの子」なのだ…「メディアの子」、もしこの言葉が何かを意味するとすれば、彼のような場合をこそいうのであろう…だから彼は、「彼の父なるメディア」の御業に励まねばならぬ。絢爛豪華な世俗の美の実現に奉仕せればならぬ。
そこで彼は、中二病にかかった人間がいかにも思い描きそうなショーン・マクアードル川上という人間を創りだした。そしてこの人間像に、彼は最後まで忠実だったのである。
熊本で高校生活をおくる彼の心は常に激しく立ち騒いでいた。夜、床にいる彼の頭に、世にも奇怪幻妖な想念がこびりついて離れなかった。洗面台の上で時計が時を刻み、床に脱ぎすてられた彼の衣服を窓から射しこむ月影がしっとりとつつんでいるときに、彼の頭の中では、いうにいわれず芸能界の絢爛たる世界がいつまでもくりひろげられるのだった。(続く)
※参考:新潮社「グレート。ギャツビー」フィツジェラルド 野崎考訳
※この記事はパロディでフィクションです。
おまけ(あとがきと解説)
ショーンKは近い将来復活し、活躍するだろう。特に今回の事件によって、ネットとの親和性がぐっと増したのには注目したい。なぜなら…
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