男は女にとっての三種のツール。使いっ走り・実験サンプル・アトラクションである。

本来生物はメスであり、オスがいなくとも種を継続している生物もいる。

ではなぜ人にオスは存在するのか?

諸説あるけど、次のゲーム『One Hour One Life』がヒントになる。男は女の使いっ走りであるという事実が、シュミレーションによってあからさまに示される。

(原始時代の)育児と文明構築のマルチプレイヤーサバイバルゲーム。新しいプレイヤーは他のプレイヤーの子供として赤子状態で生まれ、世話をしてもらいながら成長。成長後は文明を構築したり他の赤子プレイヤーの世話をしながら次世代への遺産を残します。ただし、寿命は1時間しかなく、現実の1分でゲーム内の時間が1年経過してしまいます。

このゲームでは老若男女、誰もがすぐ死ぬ。種を継続するために、女の赤ちゃんを育てあげるのが勝ち筋で、男として生まれるとあからさまに失望されるときもある。

赤ちゃんを産んだ母はしばらく赤ちゃんの世話をし、男は狩りにでかける。原始時代に遠出すればすぐ死ぬので、できるだけ女を生き残らせるために男が外にでていく。そして大半は死に、たまに餌をとって帰ってくる。

つまり使いっ走りである。

このゲームをしていて私はその事実に衝撃をうけ、女友達に話した。
「なんかな、男は女の使いっ走りじゃないかと思うゲームがあるんよ」

「当たり前やん!使いっ走り以外のなんやとおもってたん?帰ってこんでもいいけどな。そんなこともわからんで今まで生きてきたの?そのゲームは真実やわ」とボロクソに言われた。

私もよくできたATMと褒められることがあるけど、本来存在しなくてもいいオスなのだから、何か機能をもたないと存在する理由がない。

次に「男は実験サンプル」という説は、ロシア語の同時通訳やエッセイの達人で有名な故・米原万里さんによるものだ。

講演集の「愛の法則」で、恋愛の傾向としてなぜ女は男に対し、量よりも質をもとめ、逆に男は量をもとめて質は適当なのか?という疑問をなげかける。

米原さんによると、女性の性質のばらつきは小さく、男性はばらつきが多いという。男は遺伝子の実験サンプルとして、より幅広いバリエーションで生みだされ、その時代の環境でふるいにかけられる。生き残った男の遺伝子を女が取り込むことにより、遺伝子のアップデートを行うためだ。

企業でたとえると、成功率の低い新規事業担当が男性で、女性が主力商品を扱っているような状態かな。

女性は質が高いと思う男性に集中し、モテる男とモテない男が二極化する。一方で男性は質にたいして適当なので、女性でモテる人は二極化しない。生物学的に正しいのかわからないが、筋は通っている。

最後にアトラクションについて。これは堀江さんの発言で、やれたかもしれない体験談を漫画化した「やれたかも委員会」のイベントで聞いたものだ。

マンガの12話中、9割はやれたはずと言う堀江さんに、ホストの寺田有希さんが「やれてない」とツッコムという、リアルな委員会の様子に爆笑した。「なんで?」と聞く堀江さんとゆきさんの会話はこんな感じ。
堀江「じゃあなんで女から手をつないできたの」
ゆき「そのときちょっとドキドキしたいからでしょ」
堀江「アトラクションじゃねーんだよ」

そのときにでた仮説で、次のような理由でやれたかもが発生しているのではないか、という寺田さんの説が説得力があった。

男女が出会ってHするまでを1から10のプロセスに分けると、男は1から10に直進したいが、女は途中の5、6がしたい。このギャップがやれたかもを生んでるのではないか? 図解してみた。

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以上まとめると、男は女にとっての三種のツール。使いっ走り・実験サンプル・アトラクションである。

今の時代に男は女はというのは主語が大きすぎるが、生物的に違うところは違うだろう。「オスは生きているムダなのか」という本もあるけど、男は根本的には女性の付属品、オプションだと思う。男は根本的には本体である女性を守り、サポートするためにデザインされている。それでいいのだ。

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