カフェ・ルナの話(てそうみ🐾くぅの日常)
私の名前はキチ。グレーの毛色にグリーンの瞳を持つ猫。富士山の見える小さな街の片隅で、弟がマスターをしている「カフェ・ルナ」という喫茶店のスタッフをしているの。え?どんな喫茶店かって?外観は木造で、お客様からは「なんか懐かしさを感じさせるよね。実家に帰ってきたみたいな」と、よく言われるわ。弟でマスターのくぅは、どんな猫かって?私と違って毛色は白で、黄色い瞳が印象的ね。喫茶店の名前も、その瞳から付けたのよ。トレードマークのデニム素材のエプロンに、白いシャツと青いネクタイ、こげ茶のチノパンを身に着けているのがくぅよ。
店内は、温かな木の家具とやさしい照明。壁にはアンティークの時計や絵。テーブルには季節の花をガラスの一輪挿しに。カウンターの向こうでは、くぅがコーヒーを淹れ、私が笑顔でお客様を迎えるのが『カフェ・ルナ』の日常。
そして常連のお客様はね。くぅの淹れるコーヒーや料理とともに、彼の隠れメニューである手相占いに魅了されているの。くぅの手相占い…〝てそうみ〟は、口コミで広まり、今では知る人ぞ知る特別なサービス。でも、誰でも、いつでも観てもらえるわけじゃないの。くぅは「お客様にとって必要なタイミングが来たときにだけ」と黄色い瞳をキランと光らせるだけ。
あ、そんな話をしてるうちに、扉の前に人影が。お客様がきたみたい。どんな手のひらを持つお客様かしら?『カフェ・ルナ』の新しい一日の始まりね…
扉を開けて入ってきたのは、初めて見る顔の女性だった。30代前半くらい?彼女の顔付きは冴えず、お疲れ気味。奥のソファー席でゆっくり寛ぐのも悪くないけど、オープン直後で他にお客さんもいない今、くぅと話せるカウンター席がいいかもしれない。くぅに目を向けると、彼の黄色い瞳がキラリと光り、頷いたのを見て、私はお客様に声を掛けた。
「いらっしゃいませ」
「一人なんですが…」
「お一人様ですね。もしよろしければ、カウンター席はいかがですか?マスターがお客様とお話をして、今の状態にぴったりの飲み物をご用意いたします。混んでいる時はなかなかできないので、お客様はラッキーですよ」
いたずらっぽく笑って言うと、お客様は少し戸惑いながらも「では、カウンターでお願いします」と答えた。
お客様がカウンターに腰を落ち着けると、くぅが優しく声をかける。
「カフェ・ルナへようこそ。店主のくぅです。今の状態にぴったりの飲み物を用意すると言っても、戸惑いますよね。普段はどんな飲み物を頼まれますか?」
くぅがメニューを渡しながら尋ねると、彼女は疲れた様子でメニューを見つめた。
「珈琲が好きなんです。でも…」
彼女の呟きに、くぅは続けた。
「失礼ですが、少しお疲れのようですね。睡眠不足でしょうか。温かいハーブティーはいかがですか?リラックスできますよ」
驚いた様子でくぅを見つめる彼女。「どうしてわかったんですか?」
くぅは真剣な目で彼女を見つめ返した。
「入ってきたときの様子が、疲れているように感じました。手のひらを見れば、もう少し、分かるかもしれません」
「手のひら?」
彼女は半信半疑ながらも手を差し出す。くぅが慎重に彼女の手のひらを見つめると、こう言った。
「やっぱり、少しだけ手のひらの色が白っぽく感じます。気温とかでも変化しますけど、元気な人の手のひらは基本、全体にピンク色なんです。僕の肉球のようにね」
自分の肉球を見せて、彼女の手のひらから目を離すと、くぅはハーブティーに使うハーブを選びながら、話しかけた。「こちらの街にきたのは旅行ですか?」
彼女は深いため息をついて答えた。「仕事のために引っ越してきたんです。でも、まだ慣れなくて…」
彼女が引っ越してきてからの様子を話し終えると、くぅは優しく微笑んで言った。「新しい環境に慣れるのは時間がかかるものです。でも、少しずつ、ここでの生活にも馴染んでいけますよ。今日は富士山でも見ながら、リラックスして過ごしてくださいね」
そう言い終わると、くぅはブレンドし終えたハーブでハーブティーを入れる準備を始めた。彼が作業に集中し始めたので、私はお客様に話しかけた。
『この街はどこからでも富士山が見えるけど。ここから見る富士山が、私達、大好きでね。お店を始めるならここ!って決めてたの』
『富士山…そう言えば、引っ越してきた日、アパートから富士山が見えて嬉しくて。朝、寝覚めてカーテンを開けるのが楽しみだったのに、最近は上手く眠れないから、起きるのもギリギリで。富士山をゆっくり見ることなんてなかったです』
「じゃあ、久し振りに富士山を堪能していってください。それと、マスターのブレンドするハーブティーは人気があるんですよ。もし味が気に入ったら、持って帰るといいと思います。初めてのお客様にはプレゼントしてくれるので」
『はい』
彼女はきた時より、柔らか雰囲気になって、笑顔を見せた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?