アメリカによみがえる「黄禍論」 アジア系差別の背景にあるものは2021年5月16日 06時00分.日本人も人ごとではない! アメリカで広がるアジア系差別 女性蔑視と重なり深刻化2021年4月24日 12時00分.日系移民史の暗部に迫る 映画「オキナワ サントス」沖縄の「二重の差別」も明らかに 7日から上映2021年8月1日 12時00分東京新聞PDF魚拓



◇遠い融和 狙われるアジア系(上)
◆道を歩けないほどの恐怖

 「助けて。周りは中国人だらけ」。米国で新型コロナウイルスの感染拡大が始まる直前の昨年2月、南部ジョージア州アトランタから西部ロサンゼルスに向かう機中。中国系で同州立大准教授のロザリンド・チョウさん(43)は、前に座った白人女性が携帯電話を高くかざして、通路を隔てた隣のアジア系男性の顔をバックに自撮りしながら、こうメールを打つのを目の当たりにした。

ロザリンド・チョウ准教授=本人提供

 「また歴史が繰り返されるのか」。チョウさんはがくぜんとした。中国人労働者の移住を禁ずる19世紀末の中国人排斥法、第2次世界大戦中の日系人の強制収容など、ヒステリーと恐怖の渦にのみ込まれた白人らがアジア系を抑圧する「黄禍論」の歴史がよみがえったからだ。

 「これまでと違うのは、国の最高指導者(トランプ前大統領)が率先して新型ウイルスを中国ウイルスと呼び、差別を助長したことだ。道を歩きたくなくなるほどあからさまな脅威を感じるのは私自身、初めてだった」とチョウさん。

◆アジア系は今も「外国人」

 その後アジア系に対する差別や暴力は広がり続け、カリフォルニア州立大サンバーナディーノ校の「憎悪・過激主義研究センター」によると、主要16都市で昨年起きた憎悪犯罪は一昨年の約2.5倍に増えた。

シャイアン・チェンさん=米メリーランド州で、岩田仲弘撮影

 差別の根底にあるのは、アジア系をいまだに「外国人」と決めつけ、遠ざけようとする空気だ。例えば、多くのアジア系は「どこの出身か」と聞かれることにへきえきする。「ニューヨーク出身だ」などと答えると、相手がけげんな顔をするからだ。

 アジア系排斥の歴史が広く国民に知られていないことも、差別が繰り返される要因とされる。人権団体「全米日系市民協会」特別研究員でフィリピン系と中国系の血を引くシャイアン・チェンさん(24)は、大学に入るまで日系人強制収容についてほとんど知らなかった。「フィリピン系にも米国に植民地化された歴史がある。市民が広く米国史を学び、地域社会で共有していくことが重要だ」と訴える。

◆トランプ氏の爪痕の深さ

 バイデン大統領はその点を意識しているようだ。今年2月、日系人約12万人の強制収容につながったルーズベルト大統領による大統領令から79年を迎えた声明で、強制収容を「不道徳的で違憲」「根深い人種差別、外国人嫌い、移民排斥の帰結」と、強く非難した。アジア系への差別や暴力の多発が念頭にあったのは明らかだ。

 ただその後も暴力の連鎖は断てず、3月にはアトランタでアジア系女性6人が銃撃され死亡する事件が起きた。アジア系の人権団体「ストップ・AAPI・ヘイト」によると、昨年3月19日から12月末までに報告されたアジア系への差別や憎悪犯罪は計4193件。今年は3月末の段階ですでに2410件に上る。トランプ氏が残した爪痕はそれほど大きい。

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 米国でアジア系に対する中傷や暴力が絶えない。なぜ今、標的にされるのか。繰り返される差別の背景と課題を探った。(前アメリカ総局・岩田仲弘)

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ウオッチ・バイデン政権


アメリカによみがえる「黄禍論」 アジア系差別の背景にあるものは

2021年5月16日 06時00分



コロナ禍のアメリカで、アジア系に対する差別、暴力が深刻化している。南部ジョージア州アトランタでは3月、マッサージ店3店で白人の男が銃を乱射しアジア系女性6人が死亡する事件が起きた。加害者は必ずしも白人ばかりではなく、黒人らマイノリティー(人種的少数派)であるケースも目立つ。相次ぐ事件は人種差別に女性蔑視が重なり、複雑で根深いこの国の負の歴史を浮き彫りにしている。 (アメリカ総局長・岩田仲弘)

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◆女性の被害者は男性の2.3倍

 アジア系の人権団体「ストップ・AAPI(アジアン・アメリカン・パシフィック・アイランダー)・ヘイト」によると、コロナ被害が拡大し始めた昨年3月下旬から今年2月末までのアジア系への憎悪犯罪は3795件で、女性の被害者は男性の2.3倍に上った。

オンライン取材で事件当時を振り返る那須さん

 これらの事件で加害者は、相手の顔つき、体形だけをみて卑劣な犯行に及んでいるとみられ、日本人も人ごとでない。今年2月25日夜には西部ワシントン州シアトルの中華街で、地元高校の日本語教師・那須紀子さんが背の高い男から突然、石を詰めた靴下で顔を殴打された。

 「私がレストランの前で車を止めている時から、男は道の向かい側からずっと私を見つめていた。パートナーの男性と落ち合って歩き始めると、男が近寄ってきて、彼の横からわざわざ身を乗り出して私を狙って襲ってきた」。

 那須さんは、鼻3カ所とほおを骨折、歯2本を折る大けがを負った。2002年に渡米して以来、身をもって人種差別を体験したのは初めてだという。

国米選手がインスタグラムに投稿した、罵声を浴びた時の動画の一場面

 両親が日本出身で、東京五輪米国代表として空手の女子の形でメダルを目指すサクラ・コクマイ(国米桜)選手(28)は今月1日、米西部ロサンゼルス近郊の公園でトレーニング中、見知らぬ男から「負け犬、帰れ、おまえなんか怖くない」「中国人はむかつく」などと罵声を浴びたことを自らのインスタグラムで明らかにした。男はその後、当地で韓国系の高齢者夫婦を殴ったとして逮捕、訴追された。

 カリフォルニア州立大サンバーナディーノ校の「憎悪・過激主義研究センター」によると、シアトル、ロサンゼルスを含む主要16都市で、アジア系に対する2020年の憎悪犯罪は前年より約2.5倍に急増した。

◆トランプ氏が「中国ウイルス」と呼んだ影響

 白人社会がアジア系を経済的脅威とみなして抑圧する「黄禍論」は、疫病の歴史とも重なる。1882年に中国人労働者の移住を禁ずる中国人排斥法が成立した背景には「中国人はマラリアや天然痘、ハンセン病を持ち込む」という思い込みがあったとされる。

 コロナ禍の差別が過去と異なるのは、国の最高指導者であったトランプ前大統領と前政権幹部らが率先して新型ウイルスを「中国ウイルス」などと呼び、感染拡大の責任を中国に押しつけたことだ。

ロザリンド・チョウ准教授(本人提供)

 トランプ氏が昨年の大統領選で敗れ、人種間の融和を訴えるバイデン大統領が就任してもなお、差別、暴力がやまないのは、それほど影響が大きいからだろう。

 ジョージア州立大のロザリンド・チョウ准教授は「米国でアジア系は(中国系や韓国系など)ひとくくりにされ、トランプ氏の暴力的な発言はアジア系全体に対する攻撃を招いた。トランプ氏にあおられた支持者が連邦議会の議事堂を襲ったのと同じだ」と指摘する。

◆従順でエキゾチック 固定化した女性像

 アトランタの事件直後、バイデン氏はカマラ・ハリス副大統領とともに現地を訪ね、「あまりにも多くのアジア系市民が道を歩きながら、襲われるのでは、非難されるのでは、嫌がらせを受けるのではないかと心配している。沈黙は共犯であり、声をあげて行動しなければならない」と事件防止を訴えた。アジア系のハリス氏も第2次世界大戦中に12万人以上の日系人が人種差別により強制収容された歴史を「市民権、人権の明らかな侵害」とあらためて批判。「人種差別、外国人嫌い、性差別は、今も米国に実在する」と認めた上で「私たちがそれぞれ国民として、いかに品格と敬意を持って人に接することができるかが問われている」と強調した。

 アトランタの事件で男は「性依存症」を抱え、誘惑を断ち切ろうと店を襲ったとして憎悪犯罪(ヘイトクライム)を否定したとされる。そうだとしても犯行は差別と決して無関係ではない。男は、アジア系女性を性欲の対象とみなして襲っているからだ。

 「チャイナ・ドール」や「芸者ガール」など、アジア系女性には歴史的に従順、幻想的でエキゾチックといったステレオタイプに基づくイメージが常につきまとってきた。

 チョウ氏はこうした「西洋の植民地主義に基づく画一的な見方」が「太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争や、外国駐留米軍基地周辺の性産業を通じてますます膨らんだ」と分析する。

 ハリウッド映画などの娯楽を通じてイメージはさらに拡散してきた。「例えば、ベトナム戦争を題材にした映画『フルメタル・ジャケット』の中で、現地の売春婦が『私はムラムラしているの』と米兵に言い寄る場面がある。こうした女性像が大衆文化の中で固定化している」(チョウ氏)。アジア系の女性は今も「人種」と「性」という二重に増幅された差別に苦しんでいるのだ。
◆真の民主的な社会へ少数派の連帯が必要

 シアトルの事件では、加害者が黒人だった。これまで黒人差別解消を訴える「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)」の抗議デモで、アジア系が連帯を示す姿を何度も目の当たりにしてきただけにショックだった。

 それでも重要なのは人種間で対立せずに連帯を示し続けることだろう。1950~60年代の黒人による公民権運動は他の少数派の人権向上に大きな影響を与えた。日系人が戦時中の差別に対して声を上げ、88年、当時のレーガン大統領による公式謝罪に至ったのも公民権運動に依るところが大きい。

ラリー・ゴセットさん(本人提供)

 60年代にシアトルのワシントン大で、黒人学生運動の中心的存在だった市民活動家ラリー・ゴセットさん(76)は、黒人仲間から時に批判されながらもアジア系と連帯して少数派学生の地位向上に努めた。「差別経験を共有する少数派との協力なしに、真に民主的な社会の実現はあり得ない」からだ。

 相次ぐ事件の結果、少数派間で確執を起こせば、それこそ差別をいとわない白人至上主義者らの思うつぼになる。

 <いわた・なかひろ>1967年生まれ。95年入社。前橋、横浜両支局、政治部を経て2008~11年にアメリカ総局。千葉支局、外報部両デスクを経て19年5月から現職。Twitterアカウント@nakahiroiwata

日本人も人ごとではない! アメリカで広がるアジア系差別 女性蔑視と重なり深刻化

2021年4月24日 12時00分


第2次世界大戦中にブラジル・サンパウロ州の港湾都市サントスで起きた日系移民強制退去事件を巡るドキュメンタリー映画「オキナワ サントス」(松林要樹(まつばやしようじゅ)監督)が8月7日から東京都渋谷区の「シアター・イメージフォーラム」で公開される。松林監督は現地で強制退去させられた家族の名簿を発見。当時子どもだった生存者から聞き取りを重ね、沖縄とブラジルの間に戦後70年以上埋もれていた移民史の暗部を描き出した。(岩田仲弘)

◆24時間以内の立ち退き命令
サントス市は1908年、日本からの最初の移民が到着した港町だ。第2次世界大戦でブラジルの独裁政権は、米国とともに連合国として参戦することを決め、枢軸国の日本と国交を断絶。ナショナリズムの台頭とともに日系人に対する差別や偏見は強まる一方で、独裁政権は約20万人の日系移民に対して日本語新聞の廃刊や日本語学校の閉鎖などを命じた。

 強制退去事件が起きたのは1943年7月8日。サントス沖合で、枢軸国ドイツの軍艦がブラジルや米国の商船を撃沈したことから、ブラジル政府は市在住の日系人約6500人にスパイ容疑をかけ、24時間以内の立ち退きを命令。人々は、サンパウロ州内陸部に強制移住させられた。
これほど大規模な事件にもかかわらず、戦後も軍事独裁政権が長く続いたため、詳細な公式記録は残っていない。その歴史を明らかにする手掛かりを松林さんは自らつかんだ。

◆585世帯の名簿見つかる

 松林さんは2016年に文化庁新進芸術家研修制度でサンパウロに1年間滞在。東日本大震災で被災した後の福島県南相馬市の人々を描いた「相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶」(11年)や、同市で被災した元競走馬が数奇な運命をたどる姿を追った「祭の馬」(13年)を制作した経験から当初、「福島県出身の移民の映画を撮ろうと思っていた」という。
ところが、取材が思うようにはかどらない。そこで邦字紙「ニッケイ新聞」の編集長に相談したところ、「強制退去事件に取り組んでみてはどうか」と勧められた。取材を進めるうちに、退去を強いられた585世帯の名簿を偶然見つけた。そこには退去後の住所なども記され、さらに名字の特徴から6割が沖縄出身者であることが分かった。

 「私は日系でも沖縄県出身もないので、名簿を手に入れるまでは、取材で(外国人の)『壁』を感じていたが、ブラジル沖縄県人会の人たちに名簿を見せると、組織を挙げて応援してくれるようになった」。松林さんはこう振り返る。

◆友だちに「スパイ野郎」とののしられ…

 以後、沖縄県人会とタッグを組んで取材を重ねる。強制退去を10歳と7歳の時に体験した男性2人とは、実際にサントスからサンパウロ州内陸部の収容所までの道を一緒にたどった。「仲の良かった友だちから、突然スパイ野郎とののしられた…」。戦後、ブラジル国民として生きるのに必死だった彼らは、つらい過去を封印してきた。それがカメラの前で徐々に解かれていく。

 松林さんは、取材を進めるうちに「日系社会の差別構造が見えてきた」とも語る。ある晩突然、これまで取材していた日系人女性から「沖縄さんたちを熱心に取材しているそうですね。だったら自分の映像は使わず、今後は一切かかわらないでほしい」と通告された。日系人の中でも出身地によって差別があるといい、「女性の家族は戦前、本土から移住してきた。本土と沖縄の対立はただごとではない、と感じた」という。

◆移民や難民に関心持って
 松林さんが「オキナワ サントス」の取材を始めた16年ごろ、世界では中東やアフリカからの移民・難民が急増。それに伴い、米国や欧州各国で人種差別に基づく排外主義が急速に拡大していった。

 今は沖縄に住み、当地でネパールやインドからの移民など「沖縄の多様性」をテーマに制作活動を続ける松林さんは「日本政府や日本人も難民や移民に決して寛容だとは思わない。戦時中、ブラジルで日系人が経験したことは、遠い国の昔の話ではない。ぜひ関心を持ってほしい」と話す。

 映画は7月31日から那覇市で先行上映され、8月7日以降、全国で順次公開される。

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日系移民史の暗部に迫る 映画「オキナワ サントス」沖縄の「二重の差別」も明らかに 7日から上映

2021年8月1日 12時00分