障害者が拉致され精神病院に強制入院させられる問題を描いた韓流映画消された女と日本における国連から廃止勧告が出されている医療保護入院違憲訴訟。

障害者が拉致され精神病院に強制入院させられる問題を描いた韓流映画消された女と日本における国連から廃止勧告が出されている医療保護入院違憲訴訟。






2018年2月、当時13歳だった男性が、本人の同意なく医療保護入院措置で強制入院させられたことは違憲・違法だなどとして、児童相談所を設置する東京都や母親などを相手取り、損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が6月14日、東京地裁であった。 原告の火山優さん(18歳、仮名)が意見陳述。「医療保護入院は精神科医が必要と認める限り、下手すれば何十年もの間退院できない」と述べ、身体拘束の期限がないことを「無期懲役状態」と指摘した。 「いつ退院できるか分からない。目の前の公衆電話も使えない。誰とも面会できない。警察や弁護士も助けに来ない」と入院当時を振り返り、「こんなもの、私は医療でも保護でも何でもないと思います」と制度を厳しく批判した。 ●第1回期日までの経緯 訴状などによると、​​両親が離婚して母親と2人で暮らしていた火山さんは2018年2月1日朝、普段と同じように中学校に登校するため家を出た直後、児相職員から紙を提示され、「一時保護します」と告げられた。 後方から近づいてきた10人ほどの集団に囲まれた後、民間介護タクシーに押し込まれて精神科病院に連行されたという。天井に監視カメラや収音マイクが設置された閉鎖病棟の隔離室に入った。翌朝には病室に移ったものの、「公衆電話の使用は不可、児相職員以外との面会も不可」という状況だった。 入院期間もわからない状況に危機感を覚えた火山さんは2月10日、病院の窓から脱走。父親が病院や児相と連絡をとり、父親のいる祖母宅での生活を条件に、2月13日付で一時保護が解除された。同21日には自宅へ帰ることも許可された。 火山さんは2023年1月、都のほかに、入院措置をおこなった都内の病院、火山さんを診断した指定医2人、および入院措置に同意した母親を相手に提訴。被告らに対して計1億円の損害賠償を請求している。 火山さんの代理人を務める倉持麟太郎弁護士によると、火山さんの母親を含む被告側全員が請求棄却を求める答弁をしており、徹底的に争う構えを崩していないという。 ●倉持弁護士「日本は収容大国」 火山さんはこの日、法廷で裁判官3人と相対して意見陳述をおこなった。 当時中学1年生だった火山さんは、「友人たちに誘われ、サッカー部へ入部し、ほぼ毎日、練習に明け暮れていた」充実した日々が医療保護入院措置で突如脅かされた現実についての思いを吐露。また、被疑者・被告人であっても身柄拘束には原則令状が必要とする刑事手続きと比較して、容易に身柄拘束を認めている制度についてこう批判した。 「一時保護と医療保護入院の“合わせ技”という極めて狡猾かつ悪質な手法によって、私の権利は侵害されました。医療保護入院は、1人の精神保健指定医がその必要性を認め、家族1人の同意があれば、裁判所等の第三者機関を通すことなく、病院管理者の権限で簡単に身柄拘束ができます」 裁判官に対しては「あの日、脱走に失敗していたら、こうして皆さんとお会いすることはなかったと思います」と呼びかけ、同じ境遇の人を代表して「医療保護入院という制度の根拠となる精神保健福祉法33条の違憲性を強く主張します」と訴えた。 倉持弁護士は、期日後に開かれた会見で、世界における精神科病床の5分の1が日本にあり、医療保護入院も身体拘束も増え続けている日本の現状を「収容大国」と批判。「医療保護入院制度は違憲」だと訴える。 「日本の裁判所は、事件解決が法律レベルでできれば、基本的に憲法判断しないという、違憲審査に対して消極主義をとっています。(違憲審査について)ぜひ積極的に判断してほしい旨を訴えました」(倉持弁護士)

弁護士ドットコムニュース編集部

13歳で精神科に“強制連行“…「同意ない入院は無期懲役状態だ」、初弁論で違憲訴え

6/14(水) 16:51配信




2018年2月、当時13歳だった男性が、本人の同意なく医療保護入院措置で強制入院させられたことは違憲・違法だなどとして、児相を設置する東京都や母親などを相手取り、損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。提訴は1月17日付。

男性は登校のため家を出たところ、法令に基づく一時保護だとして、民間介護タクシーの車に押し込められ、入院させられたと主張している。被告は都のほかに、入院措置をおこなった都内の病院、男性を診断した指定医2人、および入院措置に同意した母親。被告らに対して計1億円の損害賠償を請求する。

原告側は、医師が強制入院後の診察で「本人に問題はない」「病院でできることが何もない」と診断していたことが、児相作成の指導経過記録票にも記載されているとし、入院する根拠のない「違法な強制入院」だったと主張している。

原告の火山優(18歳=仮名)さんは現役の高校生で、訴状などによれば、医療保護入院の前年に母親からの暴行で「要保護対象」として児童相談所により一時保護された経緯があった。

提訴後に開かれた会見で火山さんは、強制入院させられたことを強く批判するとともに、一時保護および医療保護入院の制度にも問題があると指摘。「誰もが当事者になるという意識を持って取り組まなければいけない問題」と話した。

●10人ほどに担がれて強制入院

訴状などによると、​​父親と離婚した母親と2人で暮らしていた火山さんは2018年2月1日朝、普段と同じように中学校に登校するため家を出た直後、児相職員から紙を提示され、「一時保護します」と一言だけ告げられた。児相は同日、「医療受診が必要なため」との理由で一時保護決定をおこなっていた。

火山さんは後方から近づいてきた児相職員、民間業者のスタッフ及び警察官で構成された10人ほどの集団に囲まれ、背負っていたリュックを奪われ、まるでお祭りの神輿のように担ぎ上げられ、用意されていた民間介護タクシーに押し込まれたという。その際、火山さんの意思が確認されることはなかった。

精神科病院に連れて行かれたのち、天井に監視カメラや収音マイクが設置された閉鎖病棟の隔離室に入れられた。翌2月2日朝には隔離室から病室に移ったものの、以前として閉鎖病棟にいるままで、「公衆電話の使用は不可、児相職員以外との面会も不可」という状況だった。

数カ月間入院させられるのではないかとの強い危機感を持った火山さんは2月10日、同病院の窓から脱け出して祖母宅に向かった。祖母宅にいた父親が病院に連絡するとともに、児相からの連絡を受けて電話でやり取りした結果、同13日までの間は父親が火山さんを預かることを許可するとの意思表示がなされたという。

その後、父親のいる祖母宅での生活を条件に、2月13日付で一時保護も解除され、同21日には自宅へ帰ることも許可された。

●「強制入院天国」と痛烈批判…「医療保護制度廃止して」

原告側は、火山さんのように「違法な強制入院されられたケース」は氷山の一角であるとして、「医療的な理由ではなく、家で手に負えない家族を厄介払いとして精神科病院に入院させる『社会的入院』は深刻な社会問題」だと訴える。

火山さんの代理人を務める倉持麟太郎弁護士は、人口100万人あたりの非自発的入院者数は、欧米では「約70人」であることに対し、日本では「約1000人」だと指摘。この現状を「強制入院天国」と表現し、医療保護入院制度を痛烈に批判する。

「この制度については1980年代から国際的にも『この制度を廃止せよ』と指摘を受けており、2022年にも国連障害者権利委員会から廃止の勧告がされています。

また、日本の医療保護入院制度をモデルにした韓国の保護入院制度は、同国の憲法裁判所で2016年に違憲判決が出され廃止しています。

ところが、2022年10月の臨時国会では、医療保護入院について家族が同意を拒絶した場合は市町村長が強制入院というさらに入院させやすくする法改正をしており、立法過程ではどうにもならないだろうと。戦後ずっと言われている問題ですので、司法に打って出ました。

もちろん、火山さんに対する措置は違法だと考えていますけれども、そこから一歩進んで、医療保護入院制度は違憲であるという判決をとって、ボールを立法や行政に投げ返すということを目指した訴訟です」(倉持弁護士)

請求額を1億円に設定したことについて、火山さんは、低額にすることによる請求の認諾を抑止することと、社会で広く問題意識を持ってもらうためのものだと説明。

「かかった経費以上の額が(判決によって)支払われた場合は、しかるべき団体への寄付もしくは児童福祉を中心とした社会福祉のために活用することを約束します」(火山さん)

火山さんは、「今この瞬間にも児相によって精神科病院に入院させられている子どもたちがいます」とし、一時保護制度における「児童の意見表明権」の確立と医療保護制度の廃止を訴えた。

今回の提訴を受け、都は「訴状がまだ届いていないのでコメントいたしかねます」と回答した。

(1月18日16時05分、都の回答を追記しました)

https://www.bengo4.com/c_18/n_15529/

「10人に担がれ、精神科に強制入院させられた」高校生が都や母親らを提訴 13歳で同意なく精神科に強制入院

2023年01月17日 17時03分



国連の障害者権利委員会が、日本の障害者政策を初めて審査し、精神科医療や障害者教育などについて改善を勧告した。

 審査は日本が二〇一四年に批准した、障害によるあらゆる差別を禁じた障害者権利条約に基づいて行われた。勧告に法的強制力はないが、政府は重く受け止め、改善に向けた方策を講じるべきだ。

 権利委は日本の障害者政策が条約の趣旨に合致しているか否かを審査し、総括所見を公表した。

 所見冒頭で懸念を指摘したのは日本の政策が、健常者が障害者に「やってあげる」というパターナリズム(父権主義)に偏っているという点だ。

 障害者は平等に扱われる権利を持ち、社会はそれを保障する義務があるとの条約の趣旨に反する父権主義は共生の理念と矛盾し、収容や分離につながりかねない。

 所見が紙幅を割いたのは精神科医療と障害者教育の問題点だ。

 日本の精神科病床数は経済協力開発機構(OECD)加盟国全体の四割弱を占め、平均入院日数も突出している。政府は〇四年、入院医療から地域生活への転換に向けた改革を打ち出したが、成果は乏しい。主な原因は医療保護入院など強制入院の制度にある。

 所見は強制入院を障害を理由とする差別と断定し、制度を認める全ての法律の廃止を要請した。大胆な提案のようでもあるが、先進国ではすでに在宅医療が主流であることを想起すべきだろう。

 患者が病院内での虐待や非人道的な扱いを外部に報告しやすい仕組みの創設や、加害者の刑事処分を見逃さないことも勧告した。

 障害者教育についても、特別支援教育を分離教育と懸念し、中止に向けて障害のある子とない子が共に学べる「インクルーシブ(包摂)教育」に関する国の行動計画を採択するよう求めた。

 政府は通常教育と特別支援教育の選択は本人と保護者の意思によるとするが、教育委員会が特別支援教育を強く勧めた例は多い。永岡桂子文部科学相も「特別支援教育を中止する考えはない」と述べた。勧告を一蹴していいのか。

 権利委のヨナス・ラスカス副委員長は「分離教育は(大人になっても)分断された社会を生む」と指摘する。傾聴に値する言葉だ。障害者を締め出す社会は弱く、もろい。政府はいま一度、条約の趣旨に立ち返るべきである。


関連キーワード社説

https://www.tokyo-np.co.jp/article/207723
<社説>障害者の権利 改善勧告を受け止めよ

2022年10月12日 07時56分



2022年11月21日、精神保健福祉法を含む5つの法律を一部改正するための束ね法案「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律案」が衆議院で可決されました。

複数の法案を束ねる手法には、反対意見が出そうな法律改正案を、多くが賛成する法律改正案の中に入れ込むことで反対しにくくする、という“効果”があります。今回の法案に反対すると、身体障害など様々な障害者の中で、精神障害者だけが孤立する恐れがありました。国は、このような姑息な手段を使うので、それに対抗できるような力と戦術を精神障害者側は身につける必要があると痛感しました。

現状で致命的なのは、モノを言える精神障害当事者が決定的に少ないことです。過去にも、国の検討会などに参加する当事者はいましたが、その数は極めて少なく、いつの間にか体制側に取り込まれたかのような意見しか言わなくなる例が散見されました。国の中枢でチヤホヤされるうちに特権気分に浸り、のぼせ上っていくのかもしれません。精神障害者を真っ当な人として扱わない国や社会に対して、正当な怒りをきちんと(異様に暴走することなく)ぶつけられる当事者が求められています。

さて、今回の改正案で最も問題視されたのは、強制入院のほとんどを占める医療保護入院の扱いです。改正案をめぐる当初の検討会では、医療保護入院の「将来的な廃止」が打ち出されました。ところが、日本精神科病院協会(日精協)の横やりなどがあり、この方向性は変質していきます。そして、「将来的な廃止」という文言はきれいさっぱりなくなりました。

自傷や他害の恐れはなくても、入院による精神医療が必要と医師が判断した人に対して、これを拒むと強制的に行われる医療保護入院は、現在、精神科入院の半数を占めています。KPがある神奈川では、なんと精神科入院の7割(68%)が医療保護入院です(KP発行のデータ本「どこに行けばいいの?!」で確認できます)。入院患者のほとんどが、本人の意思に反して病院に強制的に閉じ込められているのです。

病院側からすると、医療保護入院は経営維持に欠かせないボリュームを占めるので、日精協が廃止に反対するのは無理もありません。それでも「世界でも稀に見るおかしな制度」(杏林大教授の長谷川利夫さんが参院予算委員会で語った言葉)ですから、厚労省は廃止を目指して筋を通すべきですが、結局は忖度にまみれてこのザマなのです。

医療保護入院は、「入院したくない」という本人の意思は無視して、精神科医(精神保健指定医)たった1人の判断と家族の同意で行えます。なぜ本人の言葉を無視するのかといえば、主な理由のひとつは「病識がない」から。しかし、「私は精神疾患ではない」と主張することと、「思考力や判断力の欠如」はイコールではありません。精神科医の斎藤環さんが言うように「統合失調症の急性期でも、対話が成立しない人は、最近はまずいない」のです。ところが精神科医たちは「聞いても時間の無駄」という態度をとり、家族の話だけで入院させる暴挙を繰り返しています。

その結果、「病識がない」という理由で病気だと判断して強制入院させたのに、後になって「病気ではないから病識がなかった。要するに正常」と分かり、逆に家族の方が病的な虚言癖や犯罪者(強制入院させて財産を奪う狙い等)だった、という笑えない人権侵害事件がしょっちゅう起こるのです。私のこれまでの著書や記事でも、そうした強制入院制度の悪用例をいくつも紹介してきました。

医療保護入院になるケースの多くは、本人と家族との間にもめ事が発生していますから、両者は入院を巡って利益相反の関係にあります。家族が「入れたい」という裏には悪巧みがあるかもしれないのに、簡単に同意者になれてしまいます。また医療保護入院を受け入れる病院では、その病院の医師が入院の要否を決めるので入れた方が得になり、入りたくない患者との間に利益相反が生じます。利益相反のホームラン王とも言える歪んだ仕組みの中で、当事者の主張は無視され、人権侵害の横綱ともいえる強制隔離収容が成立します。国連の障害者権利委員会が、日本に対して強制入院の廃止を求めるのは当然なのです。

それでもこの国は、医療保護入院を存続させようとしています。国は「医療保護入院の入院期間に6か月の上限を定める」という条件を新たに加え、改革のフリをしましたが、これは上限値ではないので、病院が半年に一度見直して「まだ必要」と判断すればいくらでも延長できます。子どもだましにもほどがあるわけですが、それだけ「もの言わぬ」精神障害者はバカにされ、なめられているのです。

家族が入院について同意、非同意の意思を示さない場合、市町村長の同意で医療保護入院を実行できる、という新たな条件も導入されます。これは「家族会の意向」を反映したことが国会で明らかにされました。家族は入院させたいけれど、同意者になると患者から恨まれて関係がますます悪くなる。そのため意思を明らかにせず、代わりに市町村長が同意してくれ、という狙いが含まれています。公の責任逃れのため、過大な責任を家族に押し付けてきた状況が、少しでも改まる展開は悪くありません。

でも結局、「患者のいないところで患者のことを勝手に決める」という反オープンダイアローグな状況は続きます。そして、例え「心配」という善意に基づくものだとしても、「強制的にでも入院させたい」という家族の意思は患者にしっかり伝わります。

加えて問題なのは、市町村長同意の対応が余りにもずさんなことで、弁護士の池原毅和さんが国会で指摘した通りです(下記の証言書き起こしを参照)。医療保護入院という、世界も驚く恥さらしな仕組みが残る限り、強制入院の人権問題は全く解消されないのです。

最後に、11月16日に開かれた衆議院厚生労働委員会で、参考人として発言した池原さんと、当事者の桐原尚之さんの発言を書き起こしました。国の姿勢に対する両者の憤りが伝わってきます。

繰り返しますが、精神医療を巡る異様な閉塞感を打ち破るには、当事者が次々と声を上げるしかありません。家族や支援者に任せていてはだめです。顔も名前も出して、堂々と被害を訴えてください。悪いのはあなた達ではなく、不勉強、不寛容なヘイト社会なのですから。

衆議院厚生労働委員会(2022年11月16日)

参考人

池原毅和・弁護士(日本弁護士連合会高齢者・障害者権利支援センター精神障害のある人の強制入院廃止及び尊厳確立実現本部本部長代行)

国連の障害者権利委員会は本年9月、日本に向けた総括所見で、強制入院は障害を理由とする差別的な自由の剥奪になるとして、強制入院を廃止することを要請しております。「この総括所見に法的拘束力はないから、それに従う必要がない」というような考え方は、国連の意義をないがしろにし、その機能を貶めるものでありまして、法の支配を基本的な価値とし、国際社会で名誉ある地域を確保することを目指す日本がとるべき考え方とはいえないと思います。

またB規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)については、非自発的入院の要件が極めて広範であると指摘をされています。強制入院を最小限の期間にすべきことも求めています。拷問等禁止条約については、医療保護入院の決定を民間の私立病院が行えること、そして長期入院が続いていることに懸念が示されています。

日本の精神科病床数はOECD諸国の37%を占めているといわれまして、大量の入院者がおり、その約半分が医療保護入院を中心とした強制入院者です。医療保護入院者の約63%が1年以上の長期入院者で、5年以上の入院者が30%以上もいらっしゃいます。他国に例をみない長期で大量の入院者と、強制入院を多用しているということについて、B規約の委員会は「強制入院の要件が緩すぎる」ということ、それから「必要最小限度を超えた入院を許している」ということに原因があるというふうにみて、改善を求めているわけです。

拷問等禁止条約の委員会は、大量の強制入院者と入院の長期化の要因として、裁判所でも行政機関でもない民間の私立病院が医療保護入院を行えることに問題があるとみて、勧告をしています。そして障害者権利委員会は、精神障害のある人だけを対象にする強制入院がそもそも差別的であるということを指摘しているわけです。

自傷他害の危険性があっても、一般の人は強制的に収容されませんし、内科や外科の患者さんを「判断能力がない」として、本人の意向に反してでも入院させてしまうという制度はないわけですから、障害者権利委員会の総括所見も、その意図をわたくしどもは真剣に受け止める必要があるというふうに考えます。

これらの条約は批准によって国内法になっておりまして、法律より上位の法規範になっているということも忘れてはいけないと考えます。以上のように、日本が批准している各条約は強制入院を少なくとも最小化すること、本来であればなくしていくことを求めています。こうした大きな方向性から、今回の精神保健福祉法改正を検討していくことが必要だと考えます。

そこで、日本弁護士連合会の会長声明(2022年11月9日付で発出した精神保健福祉法改正案の見直しを求める声明)を見ていただきたいと思いますが、第1に、医療保護入院の期間を限定しながらも、何度でも更新できるという点を問題にしています。問題は、方針の判断が公正かつ厳格に行われるかどうかにかかっています。現行法では、精神医療審査会が12か月に一度、各病院からの定期病状報告を審査して、入院継続が不要であると判断すれば都道府県知事等が退院命令を出すことになっております。

しかし、精神医療審査会が入院継続不要と判断した事例は、毎年なんと0%ということになっています。精神医療審査会は、独立性に問題があるとされていますが、それでも病院とは別の機関です。その機関でさえも、入院継続不要の判断をほぼしていないのにですね、改正法による入院期間の方針は、患者さんを入院させている病院が自ら行うわけですから、ほぼ自動更新になってしまうということが予想されます。少なくとも、更新回数を1、2回に限定するくらいの工夫をしなければ、強制入院の縮小化、長期入院の解消、という効果は期待できないというふうに考えます。

第2に、家族が医療保護入院の同意、もしくは不同意の意思表示を行わない場合に、市町村長の同意で医療保護入院を行えることにしてしまう点にも問題があります。市町村長が同意して医療保護入院させた患者さんについて、本人への支援や主治医との連携、その他の担当者との連携を半年に1回以上はした、とする市町村は1、2%にとどまっています。適切な入院判断ができていない、形式的で形骸化している、という市町村担当者の回答が多くみられます。精神医療審査会の委員からは、市町村の担当者が入院に全然関わっていない、同意が形式化して無責任、制度そのものが形骸化している、などが多かったとされています。市町村長同意の実態について、十分な立法資料を集めずに、家族の同意が得られない場合に市町村長同意で代用するという改正は、形式的で形骸化した同意によって医療保護入院を拡大してしまい、入院をさせたまま放置して長期入院を更に増やしていくという作用を果たすことになります。以上のような法改正の方向性は、強制入院の縮小化の方向性に逆行するものです。

第3は、虐待防止についてです。問題点の第1は、障害者虐待防止法では市町村が虐待通報の窓口になっているのに対して、法改正案では都道府県だけが窓口になって、市町村の役割が抜けている点です。市町村は身近で小回りの利く機関として障害者福祉の第一線を支えており、障害者虐待についても第一次的な役割を果たしています。法改正案が医療保護入院については市町村長に同意権限を拡張するということにしていながら、入院患者に対する虐待については市町村の権限を認めないというのは制度的矛盾というべきだと考えます。

問題点の第2は、都道府県等が指定する指定医に病院への立ち入りと診察の独自の権限を付与している点です。虐待の立件は、虐待の法的構成要件に該当する事実の確認が必要になります。その認定作業は本来、司法的なものが典型的になりますが、行政機関の職員も法的素養を備えて同様の対応をすることが期待できます。しかし医師は、司法的な事実認定について、専門性を有する職種ではありません。ですから、ここで指定医に独自の権限を与えるのは見当違いであり、むしろ同僚審査の弊害を招く恐れがあると思います。医学的所見が必要であれば、担当職員が医師を補助者とすれば足りるのであって、医師の所見は司法的、行政的事実認定のひとつの要素になるにとどまると理解するべきです。

障害者権利委員会への次回の日本からの報告は、2028年とされております。本年9月の総括所見の勧告について、2028年までにどれだけ誠実な努力をしたのかが問われることになります。現在の法改正案では残念ながら、強制入院を無くしていくべきであるとする障害者権利委員会の要請には全く届きません。強制入院の要件を厳格化し、強制入院は必要最小限度のものに縮小し、長期入院を無くしていくべきだとするB規約や拷問等禁止条約の委員会の要請にも応じることができていません。むしろ、国連からの要請に逆行していると批判を受けることになってしまうでしょう。今回の法改正が小さな一歩であるとしても、それが向かっていく方向が誤ることがないように、市町村長同意の実態調査なども実施して、多くの国民の納得を得られる法改正を行っていただきたいと思います。

参考人

桐原尚之・全国「精神病」者集団運営委員

この度の束ね法案は障害者を分断するものです。難病の仲間にとっては待ちに待った改正であり、われわれ精神障害者にとっては、参議院先議でありながら廃案という前代未聞の末路をたどった精神保健福祉法改正法案の5年ぶりの出し直しということになります。参議院先議の法案が廃案になるのは、憲政史上初のことであり、前代未聞の出来事でした。

私たちは難病法改正を否定したいなどとこれっぽっちも思っていないのですが、仮に法案に反対しようものなら難病の仲間からはそのように見られてしまうことになります。まさに当事者間の評価が真逆の法案を束ねて、障害者同士の分断を誘発するものでした。

全国「精神病」者集団は唯一、賛否を決める基準として、障害者権利条約の総括所見に基づく法制度の見直しの検討を附則で担保することを示し、それをしなければ反対すると主張してきました。しかし附則には、障害者権利条約の実施について、精神障害者等の意見を聞きつつ検討するとあり、ここで言われている障害者権利条約の実施が、総括所見を含みうるのかどうかは条文上からはわからないようになっています。

先日の加藤(厚生労働)大臣の答弁で初めて、総括所見を踏まえることが明らかになりました。ただ、附則第3条の「精神障害者などの意見を聞きつつ」の部分は、病院団体側からの意見も含まれるのだと思います。結局、総括所見の内容や精神障害者、障害当事者の意見よりも、最終的に病院団体側の意見が優勢になってしまうのではないかと憂慮します。

この度の参考人でさえも当事者の数は少ないです。障害者権利条約の監視機関とされる内閣府障害者政策委員会の中にも、精神科病院を代表する団体の構成員が入っているのに、精神障害、知的障害の当事者は構成員として入っていません。厚生労働省の「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」は、当事者の構成員が数の上では増えましたが、常に病院団体側の意見が優位との印象が拭えませんでした。

特に、日本精神科病院協会は与野党の国会議員に影響力を持っています。省庁からの提案は政党の政調部会や総務会において反対意見が出ると白紙になると聞きます。それで省庁は忖度します。国会議員の中には日精協(日本精神科病院協会)から献金を受けている者もいるため、立法府内も病院団体の優位に陥りやすい構造があります。

私は検討会において当事者としての立場に依拠しつつも、病院側も含めた他団体とのコンフリクトを回避できるように論理を組み立てて意見を出したのに、日精協からの全くかみ合ってもいない、根拠に基づかない意見によって、議論の蓄積を全否定されました。

具体的には医療保護入院について、「将来的な廃止」(と当初は打ち出していたもの)が、「誰もが安心して信頼できる入院医療が実現されるよう課題の整理に取り組む」と大幅なトーンダウンをしたことが挙げられます。

私は同検討会において医療保護入院の廃止を主張した際に、非同意だから廃止すべき、などとはひとことも言いませんでした。あくまで、精神保健指定医と家族等という2者に負担が集中した現行の医療保護入院制度の建付けの困難さを廃止という形で乗り越え、同意によらない医療開始の手続きを一般医療と同質にしていくことを当面の方策として望んでいるのだと意見しました。

すなわち、非同意の入院が必要であることと、医療保護入院が必要であることを切り分けた上で、非同意の入院自体は必要だが、医療保護入院は廃止すべきであると主張したわけです。しかし日精協は、非同意の入院が必要だから医療保護入院が必要であるとし、医療保護入院が廃止されたら精神医療が崩壊すると言いました。このことは新聞紙面でも取り上げられました。

当事者は、医療保護入院が廃止されても医療が受けられなくなる不安は感じていません。むしろ医療保護入院によって医療不信になり、かえって医療保障が遠ざかると感じています。改めて医療保護入院の廃止に向けて検討することを確認して欲しいと思っています。

身体的拘束の告示改正の検討では、事前に日精協と調整した新要件案が事務局案として出されました。その内容は多くの構成員が反対し、修正を求める意見が出ましたが、検討の中で形を変えて残り続けました。不透明な所で、不透明な形の合意が図られ、その内容が公開された検討会の中で覆らないことに対し、当事者の無力さを感じました。

(次は)精神科病院における虐待についてです。精神科病院における虐待事件は、神出病院事件をはじめ枚挙にいとまがありません。精神保健福祉法の枠組みでは自浄作用が働きにくく、明るみになっていない虐待も数多く存在するものと思われます。私は2018年から2019年にかけて厚生労働省が行った障害者虐待防止法附則第2条に基づく検討について納得していません。

検討の結果、2点の理由で法改正をしないこととなりました。ひとつは、障害の有無に関係なく利用する機関においては、障害者への虐待のみが通報対象となる不整合が生じるということ。もうひとつが、各機関における虐待に類似した事案を防止する学校教育法や精神保健福祉法等の既存法令と重複する部分の調整の必要性が生じること、でした。

しかし、現行の使用者による虐待は、障害の有無に関係ない職場を対象とした制度なので、現行の法律と検討結果の間に深刻な矛盾が生じています。また、医療機関には通報義務こそありませんが、通報自体はできることとされているため、通報義務に伴って新たに重複する部分の調整が必要になるはずもなく、現行の法律との間に深刻な矛盾が生じています。

精神保健福祉法に、精神科病院における虐待の通報義務が設けられたことで、障害者虐待防止法の改正は行われなくなることがないよう、障害者虐待防止法附則第2条の再検討を求めます。

私は、当事者も病院団体も立法府も行政も、知性に基づく論議によって解決しようとする姿勢を見せる必要があると思います。いかに強い立場の人であったとしても、当事者の意見をないがしろにした知性によらない要望は、堂々とはねのける勇気がなければこの社会を変えることはできません。障害者権利条約に基づく日本政府への勧告には、精神保健福祉法に基づく非自発的入院や身体的拘束を含む行動制限(の廃止)、医療観察法の廃止、精神保健福祉法の廃止を含む精神医療の一般医療への編入、成年後見制度の廃止、などが書かれています。

国連が廃止を勧告している政策は、障害者と他の者を分け隔てる考え方の上に成り立っているものであり、これらを廃止して障害者を包摂する社会モデル的な政策へと抜本的に見直す必要があります。精神保健福祉法の場合、精神障害者が病状のために治療の必要性を判断できないという病気の特性があるという医学モデル的な前提に立ち、その上で医療保護入院、措置入院、任意入院という精神障害者だけを別な枠組みに位置付けた入院制度と病床の位置づけ、そして報酬体系があります。

精神障害者は、池田小学校事件や津久井やまゆり園事件のような事件が起きると、度々、犯罪素因者のような扱いを受けて、医療観察法や退院後支援ガイドラインといった制度が作られてきました。偏見が助長されないようにするためにも、退院後支援の警察参加は全国に不安を抱える仲間がいるので、警察が参加しないようにして欲しいです。医療観察法は長期入院の問題が指摘されている中、当初予定されていた以上の病床が整備されていることから、病床整備を凍結されるとともに、法律の廃止に向けた検討を開始して欲しいです。

医療計画には非自発的入院を縮減できるよう、指標例を実数で補足して欲しいです。この社会における精神障害者を取り巻く問題の根本は、精神障害者と関わろうとせず、病院に入れておけばいいのだという市民の意識にこそあります。精神科病院はこうした市民の意識を引き受けて、精神障害者を入院させていきます。すると地域から精神障害者がいなくなっていき、地域の人々が精神障害者と関わり合いを持てなくなっていきます。

精神障害者との接し方がわからない中で、長期入院者を受け入れていこうとはならず、現状の問題を既決しています。私たちは先に市民の理解を得てから、それから地域移行を進めるという順番ではなく、病床を減らすことで入院者を減らし、地域で精神障害者と実際に付き合っていくことを通して、包摂に向けた創意工夫が実現されていくことになると考えています。精神科病院が市民の要求に応えているのは事実だと思います。しかし、そのような所に自信を持って欲しくはないです。そうではない社会を目指すための議論を共にして欲しいです。

https://kp-jinken.org/2022/12/01/%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%82%8B%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%8C%BB%E7%99%82%E5%88%B6%E5%BA%A6%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E2%91%A3%EF%BC%8F%E3%82%84%E3%82%81%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E5%8C%BB/
2022年12月1日 / 最終更新日 : 2023年2月15日

変わる精神医療制度を考える④/やめられない医療保護入院/神奈川は全入院の7割が強制/家族会の意向は聞くが当事者は無視/弁護士・池原さんらの国会発言も

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/civil_liberties/data/2021.pdf



- 1 -
精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議
全ての人の尊厳は守られなければならない。
しかし,精神障害のある人の中には,入院を強いられた人,数十年もの長期にわ
たり地域で暮らすことなく精神科病院で一生を終える人,思春期の真っただ中で出
口の見えない隔離強制に絶望し自死を選択する人,入院中の強制,侮辱,暴言,暴
力,身体拘束等を受けて心に深い傷を負った人,地域の差別偏見によって孤立と貧
困に喘ぎ,ときに否応なく社会から隔絶されることを恐れながら生きる人も少なく
ない。
長期間の入院隔離は,その人の人生に決定的かつ重大な影響を与える。人格,名
誉,尊厳を傷つけ,地域で等しく教育を受け,人を愛し愛され,働き,家庭を築く
など,あらゆる場面において,人生選択の機会を奪い,人生の発展可能性を損なう。
これらの人権侵害は,精神障害のある人に対する特別な法制度がもたらしている。
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)は,
精神障害のある人だけを対象として,精神障害があることを理由に,強制入院制度
を設けた。期限のない施設隔離によって,その人の人生と尊厳を制約してきた。こ
の法制度が精神障害のある人に対する差別偏見を規範化し,精神障害のある人は地
域から隔離排除すべきとの誤った社会認識を構造化した。
在宅支援や退院後の地域生活に必要な資源を提供せず,精神障害のある人とその
家族の孤立と貧困をもたらし,地域生活に障壁を作った。
これらの繰り返しによって,精神障害のある人が地域において,居場所と仲間を
得て,人としての尊厳を保ちながら,平穏に人生を送ることを妨げた。
当連合会は,1971年10月23日の第14回人権擁護大会において,「医療に
ともなう人権侵犯の絶滅を期する」と宣言し,その後も精神障害のある人に対する
度重なる人権侵害に懸念を表明してきた。
しかし,精神障害のある人に対する人権侵害は重ねられており,当連合会は,精
神障害のある人の尊厳を守るための法制度改革も,被害回復も,法的援助も,十分
には果たせなかった。
日本は2014年に障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」という。)
を批准した。同条約は障害者の人権や基本的自由の享有を確保し,固有の尊厳を尊
重するため,第14条第1項で「いかなる場合においても自由の剥奪が障害の存在
によって正当化されない」と規定している。
当連合会は,今一度,精神障害のある人に対する障害を理由とした人権侵害の根
絶を達成するために,現行法制度の抜本的な改革を行い,精神障害のある人だけを
- 2 -
対象とした強制入院制度を廃止して,これまでの人権侵害による被害回復を図り,
精神障害のある全ての人の尊厳を保障すべく,以下のとおり,国に対して法制度の
創設及び改正を,国及び地方自治体に対して多様な施策を実施するよう求めるもの
である。
1 精神障害のある人に対する医療法・医療制度の抜本的改革
(1) 精神障害のある人だけを対象とし,緊急法理を超えて,本人の意思に基づか
ない入院を許す精神保健福祉法による強制入院制度を廃止し,廃止に向けたロ
ードマップ(基本計画)を作成し,実行する法制度を創設すること
(2) 精神科医療においても等しく適用される,患者の権利を中心にした医療法を
速やかに制定し,インフォームド・コンセント法理を始め一般医療と同等の質
及び水準の医療を提供することを確認し,その運用,周知のために必要な法整
備を行うこと
2 精神障害のある人の入院に伴う尊厳確保のための手続的保障
強制入院制度廃止までの間,精神障害のある人に対する強制的な入院や行動制
限等尊厳に関わる取扱いには,次の手続的保障を前提とすること
(1) 精神医療審査会制度が厳格に運用されるよう,その独立性,委員構成及び審
査手続等を抜本的に見直し,国が必要な予算措置を講ずること
(2) とりわけ,強制入院の開始時には,入院後遅滞なく入院者との面談を実施す
るなど,入院及び継続の要件の審査について,実効性のある実質的な審査手続
となるよう抜本的な改革を行うこと
(3) 入院者の退院請求・処遇改善請求の権利を保障するため,無償で弁護士を選
任し,援助を受けることができる制度を速やかに創設すること
3 精神障害のある人の地域生活の実現
(1) 精神障害のある人について,その人にふさわしい地域生活を保障するため,
精神病床を削減し,精神科医療にかかる予算や医療従事者を地域医療福祉へと
計画的かつ円滑に移行させること
(2) 精神障害のある人が地域で自分らしく安心して暮らすことができるよう,住
居確保,障害年金や生活保護等による所得保障の充実,雇用環境の整備,精神
的不調等が生じた場合に地域生活を継続するための相談・支援等,必要かつ実
効的な障害福祉サービス体制を確立すること
(3) 精神障害のある入院患者が不安なく地域で暮らすことを指向できるよう,地
- 3 -
域移行に向けた明確な目標を定め,病院施設にピアサポーター及び福祉専門職
による退院支援活動の受入れを義務化するなど,目標達成を確実にする施策を
立案し,そのための予算措置を講じること
(4) 精神障害のある人の地域生活が,家族への負担と責任にならないよう,実効
的な相談・支援体制を構築すること
4 精神障害のある人の尊厳の回復及び精神障害のある人に対する差別偏見のない
社会の実現
精神障害のある人に対する患者隔離の法制度がもたらした構造的な人権侵害,
それにより社会構造となった根深い差別偏見の実態について,調査・検証し,損
なわれた尊厳と被害を回復させるための法制度を創設するとともに,差別を解消
しインクルーシブな社会を実現するため,市町村の中心部に交流・相談等の地域
拠点を整備するなど誤った社会認識を是正する実効的な施策を行うこと
5 障害者権利条約の求める,人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機
関)の地位に関する原則(パリ原則)にのっとった国内人権機関の創設及び個人
通報制度の導入
精神障害のある人の尊厳確保のために,障害者の権利保障を担保する国内人権
機関(障害者権利条約第33条第2項)を設置すること及び同条約の選択議定書
を批准して国連への個人通報制度を導入すること
当連合会は,上記各施策の実現のための諸活動を強化するとともに,速やかに,
精神科病院に入院する人が,いつでも迅速に利用できる弁護士選任制度を全ての弁
護士会に創設し,権利擁護のために他の専門職種と連携して必要な態勢を図ること
に全力を尽くす決意である。
以上のとおり決議する。
2021年(令和3年)10月15日
日 本 弁 護 士 連 合 会
- 4 -
提 案 理 由
第1 精神科医療における強制入院制度等による人権侵害の実態
1 社会からの隔離
日本の精神科医療制度は,1960年以降世界の潮流に反して病床数を増大
させ,総数でも人口比でも世界最大の患者収容数となっている。入院期間は世
界平均の7倍に上り,その半数が法的強制の下での入院を強いられている。
数十年もの長期にわたり,地域で暮らすことなく精神科病院で一生を終える
人,思春期に入院を強いられ出口の見えない状況に絶望し,退院後も地域で孤
立して生きる人が数多く存在する。
例えば,20代から40年間も入院生活を余儀なくされた人は,2011年
の東日本大震災により入院中の精神科病棟が医業停止したことを契機に,地域
の中で生き生きと暮らし始めた。その姿が世間に与えた衝撃は,記憶に新しい。
2 恐怖心,屈辱感,自己喪失感による深刻なトラウマ
強制入院制度は,ある日突然,閉鎖病棟や保護室の中に閉じこめられ,社会
から隔絶される。その結果,多くの人たちは恐怖心,屈辱感,自己喪失感に苛
まれる。医療及び保護の名の下に,そうして人間の尊厳が奪われ,心に深い傷
を負い長く生きづらさを抱えて生きる人々を生み出す。
例えば,それまで精神科の入通院歴がなかった30代前半の女性は,生後間
もない子と共に訪れた精神科病院で,医師から診察であると告げられた後,2,
3の問診を受けて医療保護入院とされ,そのまま幼子と引き離された。その後
3か月間保護室隔離されたこの女性は,我が子を残して不安と恐怖に苛まれ,
誇りと自信を喪失し,人を信じることができず,子とまた引き離される不安を
抱き続けるトラウマ(心的外傷)を後遺した。
3 精神科病院における権力構造のもたらす問題
強制入院制度は,入院者に対する隔離や身体拘束,通信・面会・外出の制限
といった行動制限と相まって,強制的に入院させる権限を医療従事者に付与す
ることから,入院者と医療従事者との間に閉鎖的で構造的な権力関係を生み出
し,入院者を治療や保護の客体とみなして脱主体化し,その思いや声を軽視す
る実態を生み出している。このような精神科病院における権力構造と密室性は,
医療従事者による劣悪な処遇や虐待等を生み出す温床となっている。
最近でも,2020年3月,兵庫県神戸市所在の精神科病院において,看護
師らが入院者に対し,①裸にしてトイレで座らせ,顔にホースで放水した,②
柵付きベッドを逆さに覆いかぶせて閉じ込めた,③男性入院者同士に無理やり
- 5 -
キスや性的行為をさせるなどの虐待を行っていたことが発覚した。こうした虐
待はこれまでも度々発覚しており,氷山の一角にすぎず,これらの問題は,強
制入院制度を前提とする精神科病院における権力構造に由来している。
4 強制入院による人権侵害
精神障害のある人を対象とする強制入院制度は,本人の意思に反する社会か
らの隔離により,精神障害のある人の基本的な自由と他の人と同じように地域
で平穏に暮らす権利を奪い,恐怖心,屈辱感,自己喪失感による深刻なトラウ
マを与え,憲法第13条が保障する個人の尊厳を深く傷つけている。
5 日本の精神科病院における強制入院制度及び実態の特異性
日本では,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉
法」という。)において,精神障害のある人を対象とする強制入院制度(措置
入院,医療保護入院等)を定めている。そのうち,①措置入院は,精神保健指
定医2名による診察の結果,精神障害者であり,かつ,自傷他害のおそれがあ
ることを認めたときに都道府県知事による入院措置で(精神保健福祉法第29
条),また,②医療保護入院は,精神保健指定医1名による診察の結果,精神
障害者であり,かつ医療及び保護の必要があり,任意入院が行われる状態にな
いと判定され,家族等のうちいずれかの者の同意があるときに精神科病院の管
理者が入院させる制度(精神保健福祉法第33条)である。
EU諸国では強制入院の比率が平均10%台であるにもかかわらず,日本で
は,2020年6月30日時点で,入院者約27万人のうち,約13万人(約
48%)が医療保護入院であり,入院者のほぼ半数であるとされている(精神保
健福祉資料(令和2年度))。また,新規の医療保護入院の届出件数は2016
年度以降,年間約18万件超と高止まりの状態が続いている(厚生労働省「衛生
行政報告例(平成28年度~令和元年度)」)。
医療保護入院は,その意に反する入院でありながら,司法審査を欠き,期限
の定めがなく,さらに入院費用の負担を強いるという点で,世界でも特異な強
制入院制度である。
また,任意入院を拒否すれば強制入院にされるという事情から,任意入院と
いう法形式にもかかわらず,自らの意思で退院することを困難にし,退院した
いと求めることすらできないような,長期入院を強いるケースも多い。
実際,精神病床の平均在院日数は,2017年の統計によると,OECD加
盟国の多くが40日を超えていないにもかかわらず,日本では260日を超え
ており,突出して長い(OECD Health Data/厚生労働省「患
者調査」(平成29年))。厚生労働省の調査によれば,2017年の入院者
- 6 -
約27.8万人のうち,5年以上の長期入院が約9.1万人(約33%),1
0年以上の長期入院が約5.4万人(約19%)となっている。また,約27.
8万人のうち,「受け入れ条件が整えば退院可能」されるのは約5万人に上る。
(厚生労働省「患者調査」(平成29年))
日本は,国連拷問禁止委員会から,繰り返し勧告を受けている。例えば,2
013年の総括所見では,非自発的治療と収容に対し効果的な司法的コントロ
ールを確立すること,収容されている患者数を減らすことなどが求められた。
2018年,国連恣意的拘禁作業部会は,日本の精神保健福祉法上の措置入
院の事例が恣意的拘禁に当たると勧告している。
第2 精神障害のある人に対する医療法・医療制度の抜本的改革
1 精神障害のある人を対象とする強制入院制度の廃止の必要性
(1) 強制入院制度が無くならない限り,精神障害のある人の尊厳が確保された
社会を実現することはできないこと
強制入院制度は,対象となった人の人生に決定的かつ重大な影響を与える。
人格,名誉を傷つけ,地域で等しく教育を受け,また,人を愛し愛され,働
き,家族を持つなど,生活のありとあらゆる場面で,人生選択の機会と発展
可能性・自己実現の可能性を大きく損なわせ,隔離による人生被害を生じさ
せる。ハンセン病問題が示した教訓の一つである。
このような人権侵害は,個々の精神科病院や医療従事者の問題ではなく,
強制入院制度に由来する構造的な支配的関係性と差別偏見が生み出すもので
あり,患者隔離の法制度を無くさない限り,繰り返してしまう。
日本でも2004年9月に厚生労働省が「入院医療中心から地域生活中心
へ」という精神保健医療福祉の改革ビジョンを掲げ,①早期退院の実現を含
む精神医療の改革,②精神障害,精神疾患に対する国民の理解の深化,③地
域生活支援の強化の枠組みが提示され,そのための実践が各地で展開された。
最近でも,2017年2月の「これからの精神保健医療福祉のあり方に関す
る検討会報告書」において,精神障害者にも対応した地域包括ケアシステム
(医療・障害福祉・介護・住まい・社会参加等が包括的に地域で確保される
システム)という考え方を新たな基軸とすることが指摘されている。
しかしながら,強制入院制度により,入院者の思いや希望が軽視され,医
療者の判断が優先される結果,地域の個々の事業所やケースワーカーが努力
しているにもかかわらず,退院促進が十分に進まず,長期入院が無くならな
い。
- 7 -
中には,本人が地域で暮らすことを切望し,周囲の人々も協力の意を表明
しているが,医療専門職が反対し,退院が妨げられるケースもある。強制入
院制度がある限り,個人の尊厳が確保されず,精神障害のある人が安心して
地域で暮らせる社会を実現することはできない。
また,疾病や障害を理由とする強制入院制度は,対象となる疾患及び障害
を理由に他の者には認められない自由剥奪を制度化している点で差別的であ
る。このため,対象者及びその家族に対する差別偏見を強固にし,誤った社
会認識を植え付け,これに基づく社会構造としての新たな差別偏見を作出・
助長し,その人の地域生活に更なる障壁を構築する。ハンセン病問題が示す
二つ目の教訓である。
精神障害のある人に対する強制入院制度は,ハンセン病患者に対する強制
入院制度と同様であって,差別偏見を作出・助長する患者隔離制度に他なら
ない。
加えて,精神保健福祉法の強制入院制度は,民間精神科病院の管理者及び
指定医に広く強制権限を付与し,公的な持続的監視制度も,適法性確保シス
テムも有しない。強制した医療の費用を本人や家族に負担させ,さらに,家
族等の同意を入院要件とすることで家族間に不要な葛藤を生じさせるなど,
大きな不条理を抱えている。民間病院は経営の観点から,強制入院を抑制す
る動機に乏しく,患者とは利益相反関係にある。法による強制権限行使の適
法性をこのような医療者の善意に委ねているといっても過言ではない。
強制入院件数や入院期間を増大させ,入院者の約半分が強制入院という異
常な状況を作り出している。この欠陥は是正されず,人権侵害を繰り返して
いる。
日本の精神障害のある人を対象とする強制入院制度は,精神障害のある人
の尊厳を確保する社会とは矛盾するものである。
(2) 障害者権利条約及び障害者権利委員会の強制入院制度廃止の要請
日本が批准した障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」とい
う。)第14条第1項は,「いかなる場合においても自由の剥奪が障害の存在
によって正当化されないこと」と規定して,障害に特化した強制入院制度を,
差別的な自由剥奪制度として許容しないとする。
障害者権利委員会の同条に関するガイドライン及び国連人権高等弁務官事
務所が世界人権宣言60周年記念に表明した所見は,これを明確に述べ,精
神障害のほかに自傷他害の危険性や同意能力の欠如等の要件が加えられても
差別的な強制入院が許されないことに変わりがないと言明した。各国の条約
- 8 -
遵守状況を審査する障害者権利委員会は,各政府報告審査において,強制入
院制度の廃止を勧告している。
障害者権利条約に関する一般的意見1号(2014年4月11日採択)は,
「強制治療は効果がないことを示す実証的証拠と強制治療による深い苦痛と
トラウマを経験した精神保健制度利用者の意見があるにもかかわらず,世界
各地の精神保健法で現に行われている侵害行為であるから,締約国は強制治
療を容認しあるいは実行する政策と法律を廃止しなければならない。委員会
は締約国に対し身体的又は精神的インテグリティ(障害のある心身もそのま
まの状態で尊重されること)に関する決定は当事者が十分な説明に基づく自
由な同意を示した場合にのみ下せるようにすることを勧告」している。
当連合会は同条約の早期の完全実施を求める。
(3) 強制入院制度の廃止に向けた国際的な動向
国際的には,強制入院制度廃止に向けた動きが一層強まっている。
国連の「到達可能な最高水準の身体的・精神的健康を享受する権利に関す
る特別報告官報告書」(2017年3月)は,社会権規約に基づき,日本を含
む加盟国に対し,「医療における強制を抜本的に縮減させ,あらゆる強制的な
精神科治療及び強制入院を終わらせることに向けた活動を促進することに目
標を定めた具体的な方策をとること」を要請している。
また,欧州評議会では,2019年6月に,障害者権利条約に基づいて,
強制的な精神科医療の廃絶に向けて加盟国が直ちに行動を開始するよう要請
する決議「精神保健の強制の廃止:人権基盤アプローチの必要性」を採択し
ている。
このような国際的な動向を踏まえた世界各国の強制入院制度廃止の動きに
対して,日本は大きく遅れている。欧州諸国では,1960年以降脱施設化
を進めた結果,世界の精神病床の約5分の1が日本にあり脱施設化からは程
遠い。EU諸国では強制入院の比率は平均10%台であるのに対して,日本
は入院者のほぼ半数が強制入院という状況にもある。
(4) 強制入院制度廃止に向けた精神科医療提供の実践の可能性
現在,日本で精神障害のある人は400万人を超え,うち約27万人が入
院している。強制入院制度の廃止に当たっては,これらの人々全てに,患者
の権利を保障する医療法により最善の医療を提供し続けなければならない。
精神科医療にアクセスできないなどとして,必要な医療の提供を滞らせる
ことがあってはならない。
強制入院制度の廃止に向けた実践について世界の潮流を見ると,イタリア
- 9 -
の1978年の180号法(バザーリア法と呼ばれる。)による地域精神医療
に向けた改革が有名である。
そして,近年においては対話を重視することにより入院を回避することは
可能であるとの考えの下,諸外国において,ACT(包括型地域生活支援サ
ービス。多職種の専門家チームが,地域で暮らす精神障害者に支援を提供す
るサービス。),オープンダイアローグ(急性期を含めた精神疾患の患者に
対し,危機に即座に専門職や家族,友人等の関係者が集まって,本人と共に
開かれた対話を繰り返して治療するフィンランドの試み。実績が蓄積されて
いると言われている。)等の実践により入院を回避するための取組がなさ
れ,日本においてもこれらの実践が試みられている。
また,諸外国では,精神障害のある人のためのサービスについて,コ・プ
ロダクション(公的なサービスについて,サービス提供者と利用者が,相互
の創意を提供し合い協同することで,良き福祉や治療関係を創設していこう
という英国発祥の試み。)が重視されている。
後述2で述べるインフォームド・コンセントの確立と,このような実践の
普及等により,精神科医療へのアクセスを十分に確保し,精神障害のある人
に対しても,すべからく患者の権利を中心とした医療法による最善の医療を
提供する必要があり,かつそれは可能である。
(5) 強制入院制度の廃止に向けたロードマップ(基本計画)を作成・実行する
ための法制度の創設
強制入院制度の廃止に向け,精神障害のある人全てに最善の医療を提供し
続けることが必要であり,そのための法制度の創設なしに,現在する入院者
を直ちに一斉に退院させることはできない。
完全廃止に向けた期限を明確に定めた上で,それに至る段階的な措置を具
体的に定めるロードマップ(基本計画)を国及び各都道府県において策定し,
これを実行していく法制度が必要である。
その際,現に精神科医療を利用している権利当事者を含め,広く国民的な
議論が必要であり,精神障害のある人及び当事者団体の主体的な参加を保障
し,その意見を十分に踏まえたものでなければならない。
具体的には,次のような段階を設定し,時代の変化に応じた計画の見直し
も想定しつつ,強制入院制度を段階的に縮減し,最終的に廃止するものであ
る。
① 第一段階として,強制入院について,以下の厳格な実体的要件と手続的
要件を定め,同要件を遵守するとともに,地域の社会資源を充実させる。
- 10 -
ア 精神保健福祉法の強制入院の要件を,少なくとも1991年の国連
「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための
諸原則」(以下「国連原則」という。)の「原則16 非自発的入院」(即
時性,切迫性,入院に代替し得る手段の不存在等)を満たすように厳格
化し,さらに入院期間の上限を設けるように改正すること。
イ 第3で後述するとおり,精神医療審査会の抜本的改革と弁護士の代理
人活動によって不当な強制入院を抑制していくこと。
ウ 第4で後述するとおり,不必要な入院を回避するとともに,現在入院
している人が地域生活に戻り,平穏に生活するために必要となる地域の
社会資源を充実させること。
② 第二段階として,強制入院権限を民間に担わせないこととし,強制入院
が認められる医療機関を国公立系病院に限定するとともに,強制入院の費
用は全て公費負担とすること。
③ 第三段階として,後述2で述べる患者の権利を定める医療法において,
民法及び刑法が定める緊急避難等の規定を医療分野に通用する要件として
厳格化し,非自発的入院の要件を限りなく絞り込むとともに,国内人権機
関等によって患者の権利を守る制度を確立すること。
④ 以上の段階に応じ,現行の精神保健福祉法の強制入院条項を漸次,停止
及び制限し,法律自体を一部廃止から全面的に廃止することとし,精神科
医療をその他の医療一般と共に医療法に等しく包括させ,精神障害のある
人だけを対象とする強制入院制度を廃止すること。
2 精神科医療においても等しく適用される患者の権利を基調とした医療法を
速やかに制定するとともに,インフォームド・コンセント法理もまた等しく適
用されることを確認し,その運用,周知のために必要な法整備を行うこと
上記1(5)の強制入院制度廃止のロードマップ(基本計画)実現のためには,
精神科医療とその他の一般医療に共通する患者の権利を基調とした医療法,
特にインフォームド・コンセント法理を中核とした法整備が必要であり,その
運用,周知を徹底しなければならない。
(1) インフォームド・コンセント法理の内容
インフォームド・コンセント法理は,患者の人格的権利として,また医療
者の法的義務として,既に最高裁判例によって確立している。
要約すれば,医療者が治療を行うには,当該患者の病状,治療の必要性,
実施予定の治療内容及びこれに付随する危険性,他に選択可能な方法がある
場合にはそれとの利害得失等について,患者に理解できる方法で説明して納
- 11 -
得を得るべき法的義務があり,これを欠く医療行為は,患者の権利を違法に
侵害するというものである(最判平成13年11月27日他)。
(2) 精神科医療におけるインフォームド・コンセント法理の適用
ところが,精神科医療の現場では,精神障害があることを理由として「病
識がない」「判断能力がない」「不合理に治療を拒否する」などと,この法理
に反して,その要否が十分に検討されることがないまま,入院及び治療を強
制し,インフォームド・コンセント法理が軽視されてきた。
しかしながら,精神科医療も「医療」である以上,インフォームド・コン
セント法理は同等に妥当するものであり,精神疾患を理由として,安易に「保
護の必要性」に重きを置くパターナリズム(父権主義)に陥ってはならない。
同法理によれば,専門家が持つ合理性の押し付けを許すのではなく,他の
診療科と同等に,本人を取り巻く現実,立場,状況,人生選択への指向性等
を踏まえた本人の選好決定を優先させなければならない。
第三者から見て,本人の能力の大部分が失われていると判断されるにして
も,残された能力によって合理性ある判断が可能であれば,援助者がここに
フォーカスを当て,能力を補完し,必要な援助とともに時間をかけた対話を
繰り返すことによって,本人の意思決定を援助し,インフォームド・コンセ
ント法理の思想の中核にある個人の尊厳を確保し,医療を提供することは可
能である。
上記1(4)で述べた様々な対話の手法の実践は,こうしたインフォームド・
コンセント法理を,精神障害のある人の生活の特性に応じて具体化しようと
するものでもある。
(3) 精神科医療におけるインフォームド・コンセント法理の実現に向けて
精神科医療においてもインフォームド・コンセント法理を実現するために
は,精神科医療においても等しく適用される患者の権利を中心にした医療法
を速やかに制定しなければならない。
当連合会は,2011年10月7日の第54回人権擁護大会において,「疾
病又は障がいを理由として差別されない」,「インフォームド・コンセント原
則が十分に実践され,患者の自己決定権が実質的に保障される」こと等を内
容とする患者の権利に関する法律の制定を求め,その後,同法大綱を制定し
たが,これらを踏まえ,発展させたものでなければならない。
第3 精神障害のある人の入院に伴う尊厳確保のための手続的保障について
1 手続的保障の重要性
- 12 -
強制入院制度は,人身の自由の剥奪であることから,適正な審査による手続
的保障が求められる。市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権
規約」という。)第9条からは,強制入院時は,裁判所又はトライビューナル(独
立公正な準司法機関)による審査が求められている。
しかし,措置入院は,2名以上の精神保健指定医の診察結果で,また,医療
保護入院は,1名の精神保健指定医の診察と家族等の同意で入院が行われる。
このように,日本の強制入院制度では,医師だけで強制入院を決定し,入院期
間を定める実質的な権限が与えられている。
手続的保障のため,現行制度下では,精神医療審査会が,医療保護入院の入
院届の事後審査,措置入院と医療保護入院の定期病状報告の審査を行っている
が,書面のみによる形式的な審査にとどまり,形骸化している。精神医療審査
会の審査総数は2019年度の統計では27万6862件で,入院や入院形態
が不適当としたのは17件にすぎない(厚生労働省「衛生行政報告例」(令和元
年度))。強制入院中の人権侵害事例が数多く明らかになっていることも考える
と,現行の精神医療審査会による書面による事後的審査は,精神障害のある人
の人権保障制度として機能しているとは認められない。
精神科病院に入院中の者又はその家族等は,精神医療審査会への退院請求・
処遇改善請求権が認められ(精神保健福祉法第38条の4,第38条の5),弁
護士による代理請求権が保障されている。しかし,貧困及びアクセス障害によ
って,ほとんどの事例において弁護士の介入はなく,強制入院,通信・面会の
制限,保護室隔離,身体的拘束,閉鎖病棟隔離,外出・外泊制限等多岐にわた
る制約から長期にわたって解放されることがない。
日本の精神医療審査会による審査制度は,これまでも度々国際機関に指摘さ
れているように,自由権規約を始めとする国際人権条約に反する状態が継続し
ている。憲法第13条,第18条,第31条及び第34条にも違反している。
したがって,現行制度下において,また,今後の強制入院の完全廃止までの
段階的経過においても,精神障害のある人に対する強制入院及び身体拘束等の
尊厳に関わる取扱いに際し,実効的な権利保障システムを策定することが重要
である。
そのために,精神医療審査会の制度の厳格な運用,強制入院の開始及び継続
における審査を抜本的に見直し,加えて,精神科病院に入院する精神障害のあ
る人の権利保障のために無償の代理人選任制度を創設すべきである。
2 精神医療審査会の独立性,委員構成,審査手続等の抜本的改正
強制入院は人身の自由を剥奪する隔離収容であるから,適正手続の保障に,
- 13 -
医学的知見を加味するとしても,本人の権利保障に主眼を置き,真に公正かつ
独立した,第三者機関による審査を実施しなければならない。
現行の精神医療審査会は,各都道府県(及び政令指定都市)に設置され,各都
道府県内に事務局があり,行政機関からの独立性が確保されていない。都道府
県から独立した独自の事務局を設置し,その独立性を担保する必要がある。ま
た,委員構成は医療委員がその過半数を占める合議体がいまだに多く,結果と
して医療の必要性を過度に追認し,入院者の権利制限抑止機能を十分に果たし
ていない。なお,2020年度の精神医療審査会委員(予備委員を除く)は全
国で1198名,そのうち過半数の668名が医療委員である(精神保健福祉
資料(令和2年度))。公正性が担保されるよう,医療者の意見を参照するとし
ても,法的観点・福祉的観点からの審査を重視できる委員構成(弁護士会推薦
の弁護士,当事者,家族及びその他有識者委員等)とすべきである。
審査手続は,本来あるべき準司法機関における適正手続として,弁護士代理
人の証拠提出及び関係者に対する現地意見聴取請求を権利として認め,また代
理人等に,提出された全ての資料の閲覧・謄写権,現地意見聴取手続への出席・
参加権を保障すべきである。なお,代理人が迅速かつ実質的に権利擁護活動を
行えるよう,入院先病院に対する迅速な診療録開示請求権及び依頼者との電話
も含む会話の秘匿が確保された無制約の面談交通権を保障すべきである。
審査に際して,強制入院の現行の実体的要件が広範で明確性を欠いているこ
とから,当事者の権利を過度に制限することがないよう,即時性,切迫性,入
院に代替し得る手段の不存在等,要件を加えた上で該当性を厳格に判断すべき
である。
審査の結果,強制入院を認める場合には,本人に対する不利益な判断である
ことから,法律上の要件該当性について具体的事実に基づく十分な判断理由を
付すべきである。さらに,その判断の適正を担保するために不服申立て制度(上
訴制度や裁判所での訴訟手続)を創設すべきである。
こうした独立の事務局の設置や実質的な審査手続(後記の書類審査の実質化
を含む)を実現するには,地方自治体の予算だけに頼ることはできず,国が必
要な予算措置を講じなければならない。
かかる見直しをしながら,早急に,権限・財源・事務局の独立性が厳格に担
保された,自由権規約第9条が要請する「裁判所」(準司法機関も含む)による
手続保障を実現すべきである。
3 入院及び継続時の審査手続の在り方
強制入院に対する事前の司法審査制度は無く,入院後の事後的な審査につい
- 14 -
ては,強制入院の入院届(なお,措置入院には入院届制度がない)を,また入
院又はその継続の必要性については定期病状報告を,それぞれ審査する制度と
なっている。ところが,その運用状況は,入院者や病院管理者の意見聴取が必
要的となっていないことも相まって(精神保健福祉法第38条の3第3項),書
面審査しか実施されていない。
入院者の権利保障のためには,強制入院の開始について速やかに適正な審査
を実施することが重要であることから,精神医療審査会が,全ての強制入院に
ついて,入院後遅滞なく入院者との面談を実施するなどして実質的に法適合性
を審査し,速やかに結論を出す制度として,これを運用できる体制を整えるべ
きである。継続時の審査についても同様である。そのために,必要な合議体の
常設又は審査委員の大幅な増員等が必要であり,それに対する国による予算措
置が不可欠である。
4 無償の弁護士選任制度の創設
強制入院制度がある間は,適正手続保障のため公正な第三者独立機関に対す
る退院及び処遇改善請求の権利を保障することが不可欠である。
現在,精神医療審査会に対する退院・処遇改善請求申立手続を利用する入院
者は,精神科病院の入院者全体の2%程度にすぎない。さらに,強制入院とな
っている者の退院請求は,3%程度にすぎない。退院・処遇改善請求の申立て
を本人の代理人(そのほとんどが弁護士代理人と推測される。)が行っているの
は10%以下である(精神保健福祉資料(令和2年度))。
このような請求件数や代理人選任件数の低さは,精神科病院の入院者に認め
られる権利を実質的に保障していないことを示している。
強制入院中の権利保障を真に実効あらしめるためには,入院者のための独立
した権利擁護者による法的援助アクセス権を保障することが重要である。この
ため,当連合会は,国に対して,その責務として国費による無償の弁護士選任
権を保障する制度創設を求めるとともに,これに対応できる派遣当番弁護士制
度を構築し,国とともに,その制度活用を入院者及びその家族並びに病院関係
者に十分に周知していくこととする。
最低基準である国連原則の原則18の1項は,患者の弁護人選任権を保障し,
資力が無い場合にも無償で弁護士を利用することができると定めている。視察
したイギリスとベルギーは,国費による弁護人選任制度を整備していた。
第4 精神障害のある人の地域生活の実現
1 地域生活保障の確立
- 15 -
(1) 誰にでも保障される地域生活
誰もが,病気や障害にかかわらず,地域で自分らしく暮らす権利があり,
精神障害のある人にも,地域で他の者と平等に生活する権利がある。地域社
会の中で平穏に暮らす権利は,個人の尊厳と人格の自由な発展に欠くことの
できないものである(憲法第13条)。障害者権利条約も,障害のある人が,
他の者との平等を基礎として,居住地を選択し,特定の施設で生活する義務
を負わないことを保障し,かつ,国に対して地域社会からの孤立及び隔離を
防止するために必要な在宅サービス,居住サービス等の地域社会支援サービ
スを利用する機会の保障を定めている(同条約第19条)。
精神障害のある人は,治療・病状の名の下に,強制的に数年,数十年と長
期にわたる入院生活を強いられ,地域で暮らす権利を奪われてきた。
精神病床がその人の生活の場と既成事実化し,病院スタッフでさえも退院
支援意欲を持ち得ない状況がある。
一人ひとりがかけがえのない命を,一度きりしかない人生を,その人らし
く地域生活の中で生きること,そして周囲がそれを支えることは,精神障害
のある人にあっても実現可能である。
そのための支援は全て,権利当事者の主体性を中心に据え,高めつつ持続
していく必要があり,ピアサポーター(障害当事者の支援者)及び多様な専
門職が支援を連携・共同できるように共働する責務を負う。
(2) 精神科医療に関する予算・人の地域移行
精神障害のある人が地域で自分らしく生活することを保障するためには,
精神病床を大幅に削減し,入院治療に配分されていた予算や人的資源を全面
的に地域に移行することが必要である。地域での支援を実践しようとする医
療関係者や福祉関係者に潤沢な予算を配分し,持続的な実践を更に活性化さ
せなければならない。
現在,入院治療に充てられている予算や人員を地域に移行させると,精神
病床の大幅削減と同時に,その分だけ地域資源が増える。今まで「行き先が
ない」「入院しかない」と看做されて入院を余儀なくされてきた精神障害のあ
る人の数だけ,地域の中に,住まい,医療,福祉サービス,ソーシャルワー
カー等による権利擁護支援によって,居場所及び職場等が確保され,仲間,
出かける場所,求められる役割等の関係性が生まれる。その中で支え合いな
がら生活する場ができる。それにより仮に病状が悪化した場合にも,地域で
支えられる体制が次第に整備されていくのである。
福祉や医療というフォーマルな制度と,仲間や居場所等のインフォーマル
- 16 -
な支援との相互作用によって,精神障害のある人の地域生活が実現できるは
ずである。
2 地域生活の実現・維持に必要な各種制度の充実化
精神障害のある人が主体的に人生を送ることについて社会が理解を深め,教
育を受ける機会,働く場を含め生活のあらゆる場面において,等しく人生選択
の機会と自己実現の可能性を保障する資源の整備及び利用が実現すれば,精神
障害のある人も地域で自分らしく暮らすことができる。
精神障害のある人は,障害者白書によると約419万人とされているが,精
神科に受診することによる差別偏見や強制入院させられることへの不安,ある
いはそうした経験によって精神科医療を忌避することから,統計上の暗数にな
っている人も相当数存在する。
こうした全ての人は地域医療と地域福祉の資源を充実させれば,病状を悪化
させても,入院に至らず地域で対応できるようになる。
入院以外の選択肢を増やし,可能な限り地域生活を継続できるような仕組み
と資源の充実を早急に実現する必要がある。
(1) 居住場所の確保
精神障害のある人が民間賃貸物件を借りようとしても,差別偏見を背景に,
契約を拒まれることは少なくない。精神障害のある人のためのグループホー
ム(職員から日常生活上の援助を受ける小規模な共同生活住居)を建設しよ
うとしても反対運動が起き,建設断念に追い込まれる事態も現に存在する。
こうした差別の撤廃に向けて,国及び地方自治体は責任を持って居住場所の
確保のための施策に取り組むことが必要である。
(2) 生活の支援
退院を阻む要因として,「一人暮らしは困難」「支える家族がいない」とい
った事情が示されることが多い。しかし,障害者の日常生活及び社会生活を
総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)に基づく生活に必要な家
事援助,外出時の支援等の各種サービスもある。一方で,共同生活援助(グ
ループホーム)や地域移行支援といった退院に結びつく制度があるのに,精
神障害のある人の利用件数は極めて少なく,退院支援等の場面で,事業所が
精神障害のある人の利用に十分対応できていない。
精神障害のある人にも使いやすいように制度を改正するほか,情報提供の
義務化及び事業所の取組改善が必要である。
(3) 働く機会の保障
働くことは所得保障であるとともに,生きがいとなり,生活の質を向上さ
- 17 -
せる。精神障害のある人の就職率は低く,仕事を得ても短時間労働や非正規
雇用労働者の割合が高い。精神障害のある人が働くことを阻む事情を検証し
て課題を解消するとともに,働くために必要な合理的配慮の提供及び各種援
助制度の構築が必要である。
(4) 所得の保障
入院中の収入は,2か月で13万円程度の障害基礎年金のみという人が少
なくない。入院代等の支出を除くと小遣いも貯金もほとんどない。退院のた
めの経済的課題が大きな障壁となる。さらに,障害年金の受給権のある人が,
支援や情報不足のために障害年金を受給できていない場合も多い。
退院後の生活のために,入院中から生活保護の受給を認め,障害年金の受
給を周知徹底するなど,入院者の実情に合わせた所得保障制度が必須である。
3 地域移行実現を支える仕組み
ピアサポーターや各種専門職による退院支援活動を法的に位置付けて,病院
等の協力を義務付けるべきである。
精神障害のある人は,長期入院によって居場所を失い,帰る場所がなく,ま
た地域で暮らした経験が不十分で退院に不安を抱く。それゆえ,精神科病院か
らの退院を希望しないかのように見える。長期間社会から隔絶されたことによ
り行き場を失うといった患者隔離政策の結果であり,自ら望んだ結果ではない。
その本人が地域で暮らすという思いを再び喚起するための実効的な退院支援
活動が不可欠である。とりわけ,同じ体験を持つピアサポーターの力は大きい。
当事者体験を有するピアサポーターは,傷つき,自信を失った人たちに対して,
自らの経験や今地域で暮らす姿を伝えることで,退院意欲を引き出す力をもつ。
ピアサポーターにしかできないこのような活動を支援する制度及び予算が必要
である。これらの円滑な連携を図るためにも,病院から独立した各種専門職の
連携による退院支援制度の確立及び予算措置もまた必要不可欠である。
4 家族依存からの脱却
国は,医療保護入院における家族等の同意の要件を直ちに廃止し,地方自治
体と共に,家族依存関係を解消するための具体的施策を講じる必要がある。
精神障害のある人の地域生活の実現においては,家族の負担解消を図ること
が極めて重要な課題である。
患者隔離政策の下では,本人だけではなく,家族も固有の人生被害にさらさ
れる。そうでありながら,本人は精神的にも経済的にも家族依存なくしては地
域生活を維持できない状況の中に置かれている。この家族依存関係からの脱却
は,精神障害のある本人にとっても家族にとっても重要なことである。
- 18 -
これまでの法制度は,家族と本人の関係性に,依存とその後の対立という複
雑で解決困難な被害を与え続けてきた。
本人が家族への依存を必要とせずに地域で生活できるようにするとともに,
家族も安心して暮らせるように,地域で本人及び家族がそれぞれ自立して生活
するための居場所と仲間づくりを含む生活支援をするとともに,就労機会及び
所得を保障する制度の確立が不可欠である。弁護士が既に患者の後見人や保佐
人として選任されている場合も,そのような地域生活支援の視点は重要である。
第5 精神障害のある人に対する差別偏見のない社会の実現
1 強制入院制度により損なわれた尊厳回復のための法制度の創設
日本の精神科医療にかかる法制度は,「医療及び保護」の名の下に,精神障害
のある人の尊厳を損なってきた。何年,何十年と精神科病院から出られず,そ
の間,自由に行動することも,働くことも,学ぶことも,人を愛し愛され,家
族を持つことも,さらには夢を描くことさえもできず,孤立と絶望の中でかけ
がえのないその人生の同一性・継続性・一貫性を断たれてきた人は少なくない。
患者隔離の法制度によって未曽有の人権侵害を行った,いわゆるハンセン病
問題について,国は二つの確定判決を受け入れ,法的責任を認め,真相究明,
被害名誉回復,再発防止及び原状回復等を速やかに実現することを約束した。
法整備や第三者機関による調査・検証を行い,地方自治体と共に,隔離被害の
回復及び差別偏見の解消等の施策を順次実施している。
ハンセン病と精神障害とは疾病の内容は異なるものの,隔離を実施する法制
度によって人生や尊厳を奪い,まさしく隔離被害という点で同じである。
国は,強制入院制度による人権侵害の存在と過ちを認めて,ハンセン病問題
と同様に,第三者機関による調査・検証を実施し,誤った法制度による人権侵
害の社会構造性と共に,加害と被害の実相を解明すべきである。そして,国は
損なわれた尊厳と被害の回復及び再発防止のための法制度を創設し,地方自治
体と共に,隔離被害の回復を速やかに実現する必要がある。
2 差別偏見の解消とインクルーシブ社会(障害者や少数者を含む多様な共生社
会)の実現
これまで強制入院制度を中心とした長年にわたる患者隔離政策により,国は,
精神障害のある人及びその家族に対する差別偏見を形成してきた。強制入院制
度による患者隔離制度は,「怖い」「何をするか分からない」といういわれなき
イメージ,「精神障害のある人は強制的に入院させるべきだ」という誤った社会
認識を植え付け,差別偏見の社会構造を構築した。
- 19 -
精神障害のある人は400万人を優に超え,その家族を含めれば4~5人に
1人は当事者となる。晩年に至るまでには多くの人が精神障害に直面し,また
その家族となるが,それは他でもない私たちである。差別偏見を解消し,精神
障害のある人の地域生活を実現することは,私たちが終生地域で生活するため
に必要不可欠なことである。
国及び地方自治体は自らの責任として,実効的・継続的・制度的な差別解消
策を実施しなければならない。そのための歴史検証と差別偏見解消のための法
政策制定を速やかに行い,実現しなければならない。
第6 障害者権利条約の求める,パリ原則に則った国内人権機関の創設及び個人通
報制度の導入
障害者権利条約第33条第2項は,本条約の実施を促進し,保護し,監視する
ための仕組みを設置することなどを求め,その際にパリ原則(人権の促進及び擁
護のための国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則)を考慮に入れるべき
こととしている。本条約の国内実施のため,パリ原則にのっとった政府から独立
した国内人権機関を創設するとともに,本条約の選択議定書を批准して,個人が
国連の障害者権利委員会に救済を求めることができる個人通報制度を導入するこ
とが必要不可欠である。
強制入院による患者隔離を改め,社会制度が作出した差別偏見に対し,権利当
事者の声を拾い集め,権利侵害に即応し,権限ある国内人権機関が国等に是正さ
せ,個人通報を可能にする制度を実現すべきである。
第7 当連合会と弁護士会における活動の推進
当連合会が,精神障害のある人について主要なテーマとする決議又は宣言を人
権擁護大会で採択したのは今から37年前で,精神保健福祉法の前身である精神
衛生法の時代に開催された1984年10月20日の第27回人権擁護大会で行
った「精神病院における人権保障に関する決議」が最後である。人権擁護大会の
シンポジウムに至っては50年前の1971年10月23日に開催され,「精神
病院と患者の人権」における「医療にともなう人権侵犯の絶滅に関する件(宣言)」
を採択した時まで遡る。その後は,2012年12月20日に「精神保健福祉法
の抜本的改正に向けた意見書」を公表するなど,精神障害のある人の権利を保障
すべき旨を表明してきた。また各地の弁護士会は,精神医療審査会への退院請求・
処遇改善請求の代理人や精神医療審査会の委員等として,精神障害のある人の権
利擁護の観点からの取組を担ってきた。しかし,精神科医療の名において繰り返
- 20 -
す数多くの人権侵害を止めることはできておらず,取組もまた十分ではなかった。
当連合会は,各地の弁護士会と共に,精神障害のある人の尊厳を確立するため,
精神科病院の入院者の権利保障を損なうことがないよう,各弁護士会において,
本分野に関連する知識や経験を有する弁護士を入院者等からの要請に応じて適時
に派遣する精神保健当番弁護士制度の構築に取り組んでいる。
現時点で,全52弁護士会のうち,当番弁護士制度・精神保健出張相談制度を
有する弁護士会数は25会,準備中が8会と把握している。
当該制度を導入した弁護士会では,相談件数や退院請求等の認容件数の増加を
始めとする入院者の権利保障の効果が認められている。
入院者に対する法的相談・支援は,強制入院に関わる権利行使の端緒となるだ
けでなく,地域生活の実現のための医療・福祉資源との連携・調整等につながる。
当連合会は,こうした権利保障システムの実現に向けて弁護士及び弁護士会がそ
の役割を果たすべく,全ての弁護士会において当該制度の導入を速やかに実現し,
自らも必要な施策を講ずることを決意する。

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/civil_liberties/data/2021.pdf
精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議