お手紙

私にとって泣くっていうのは全然悲しいことじゃなくて、あったかいことなんだと言っておくね。涙にはいろんな種類があるから。悲しくて出る涙は速くてそのぶん冷たいけど、安心して出る涙はじんわりしているぶんあったかいと思います。保っている涙。

あれから考えたのだけど、私はもしかしたら、ずっと80%くらいで生きているのかもしれません。もし全てが崩れても、残りの20%で生きていけるように。だから流されにくいとか素っ気ないとか言われるんだと思う。暖簾を押すみたいな感じなのかもしれない。これってすごくもったいないことなんじゃないかと思う一方で、それはそれで私は悪くないとも思うのね。結局はどこに100%を設定するかの問題で、人によっては80と100が100と120になるだけのことなのかもしれない。でもそんなことはあんまり重要じゃなくて、最近やっと、全部かけてもいいかもしれないと思うことがあったんだ。まだ怖くてできないんだけど、いつかそう遠くない未来で、勇気がでたらいいなと思います。全部私の問題なんだけどね。

昨日一度腰くらいまでの穴に落ちて、それ以来1歩先を探ってからゆっくり体重をかけて歩くようになりました。でも別に、崩壊の人生経験があるわけではないよ。文字どおりの話。

ベルギーはブルージュの広場で、すごく素敵なギターボーカルのおじさんに出会いました。知らない曲ばかりなのになぜかいろいろ思い出されて、実に2時間は聴き入っていたかな。最後に、ハレルヤを歌って終わります、みなさんもどうぞ一緒に、といって爪弾き始めた曲は大層有名だったみたい。少しずつすこしずつ声が加わって、最後は輪っかになっている人々全員が口ずさんでいました。私が聞いたこともない曲を、小さな子供も白髪のおばあさんも、肌の色も目の色も全然違う人々が。私が初めて、ひとりだということを自覚したハレルヤです。ルで伸ばすところの、小さな女の子のすぼまった口をよく覚えています。

もしも私がもうちょっと愛想の良い人間だったら、私はもっと自分のことが好きになっていたでしょうか。甚だ怪しいところです。

2023/08/30

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