詳解 「兼職兼業の手引き」

 部活動の地域移行を進める上で教師の兼職兼業が多く見込まれることから、文部科学省では「公立学校の教師等が地域クラブ活動に従事する場合の兼職兼業について」という手引きを作成し、2023年1月30日付けで各地の都道府県に送付しました。

 IRIS(愛知部活動問題レジスタンス)が開催したこの手引きについての学習会に他地域のPEACHメンバーも参加し、議論を行いました。その結果、次のような点について一般に注意喚起を行ったほうがいいのではないかということになり、note記事を作成しました。

 ここには、手引きから読み取れる内容とPEACHとしての理解・認識を示していますが、後日、文科省にも問い合わせを行おうと考えています。皆さんからも、こういう点を尋ねてほしい、他にもこういうことが知りたいといったご意見がありましたら、PEACHまでお知らせください。

1 依頼状は地域団体が自主的・主体的に発行するものである

 「教師等が兼職兼業の許可を受けるためのプロセス」は次のように説明されています。

一般的には、兼職兼業希望先の地域団体からの依頼状を基に、上司である校長等への相談・了承の上、 服務監督教育委員会の兼職兼業の許可を得て、地域団体の業務に従事することとなります。(p.4)

 兼職兼業の許可を受ける手続きの主体は教員本人です。そして、そのきっかけは、地域団体が自主的・主体的に発行する依頼状です。

 ここで浮かんでくる疑問は、地域団体はどのような情報をもとに教師に依頼状を送るのかという点です。

 一つ考えられるのは、教師本人が地域団体に働きかけ、依頼状を発行してもらうケースです。これは教師本人の希望に基づくものですので、問題ないと言えるでしょう。

 別の可能性として、地域団体が情報公開制度など適法な仕組みを使い、情報を入手する方法も考えられます。これも、情報入手の手段が社会的に妥当である限り、問題ないと言えるでしょう。

 問題は、管理職等の学校関係者が地域団体に働きかけたり、情報提供を行ったりするなどして、地域団体に依頼状の発行を依頼するケースです。これは、手引きの中で禁止されている「教師等が実際には指導を望んでいないにもかかわらず、周囲からの要望や同調圧力等から断れないような事態」を引き起こす可能性があります。

2 無償ボランティアという抜け穴

 手引きでは、兼職兼業の勤務形態として「委託(委嘱)」「雇用」「業務委託・請負」「有償ボランティア」「無償ボランティア」の5つが例示されています(p.9)。このうち、無償ボランティアを除く4つの形態ではいずれも兼職兼業許可手続きが必要とされていますが、無償ボランティアの場合、手続きが不要とされています。

 ここで懸念されるのは、兼職兼業の手続きが不要であることをいいことに、事実上の強制が横行しないかという点です。

 今もほとんど無償でやらされているようなものですが、一応手当はつきますし、在校等時間の記録も残ります。しかし無償ボランティアとなると、報酬はゼロで、従事した時間の記録も残りません。今よりも条件が悪化します。

3 大会運営に従事する場合は兼職兼業許可が必要

 この項に限っては、地域移行とは無関係に、現在の状況にも当てはまります。

これまで、大会運営に従事する際に、教師等の立場として従事しているのか、個人の立場として従事しているのか、曖昧な状況にあることもありましたが、教師等の労務管理や服務監督の観点からその身分等について明確にすることが重要です。(p.8)

 まずこのように現状の問題点を指摘した上で、大会運営に従事する場合は、教師としてではなく、大会主催者の一員として従事することになると述べています。

大会のスタッフとして大会運営への参画を希望する教師等は、大会の主催者から、大会主催者のスタッフとなることを委嘱され、大会主催者の一員として大会に従事することとなります。(p.8)

 すると必然的に、兼職兼業の許可が必要になります。

大会主催者が官民であるかにかかわらず、委嘱報酬を得て従事することになるので、服務監督教育委員会の兼職兼業の許可が必要になります。このため、手続としては、一般に、大会主催者からの依頼状を基に教師等から上司である校長等へ相談し、了承の上、服務監督教育委員会へ兼職兼業の許可を求めることが必要になります。(p.8)

 また、大会が教師等としての勤務時間内に行われる場合は、併せて、職務専念義務の免除の承認手続きが必要となることも述べられています。

また、大会が教師等としての勤務時間内に行われる場合は、併せて、職務専念義務の免除の承認手続きが必要となりますので、同様に、上司への相談等を経て服務監督委員会に承認を求めてください。(p.8)

 このように見てくると、生徒の引率のために大会に行ったのに、いつの間にか審判等の大会運営に駆り出されるといった現状は、教師等の労務管理や服務監督の観点から問題があると言えます。もし審判等の大会運営に携わりたくない場合、兼職兼業手続きをしなければ、無理にそうした業務に駆り出されることはありません。

4 指揮命令を行うのは団体または自分自身 教師としての指導も禁止

 2でも紹介した兼職兼業の5つの勤務形態(「委託(委嘱)」「雇用」「業務委託・請負」「有償ボランティア」「無償ボランティア」)のいずれにおいても、指揮命令権者は校長ではなく、団体または教師本人です。

地域団体や大会スタッフとして兼職兼業をしている際は、指揮命令権者は校長ではなく当該団体等にあり、その際の身分は学校の教師等ではなく、当該団体等の一員となり、当該団体等の指揮監督に従う必要があります。(p.15)

委託等による場合など教師等が自ら業を行う場合は、他からの指揮命令等は受けず、当該契約の範囲内において、自らの責任により運営・実施する必要があること。その場合も、教師等としての立場で行うものではないこと。(p.15)

 教師でありながら、兼職兼業をしている際は、教師としての指導をすることも認められていません。

勤務先の学校の生徒を対象に指導等を行っていても、その際の身分は兼職兼業先の雇用者等であって、教師等としての立場で行うものではないこと。(p.15)

教師等としての指導と、団体の職員等としての指導については、明確に区別する必要があります。(p.15)

 校長からの指揮命令を受けないと謳われてはいますが、本当に可能でしょうか。偽装請負のようなことにならないか不安です。

 また、「自分の学校の生徒に指導をしていても、教師としての指導はしてはならない」というのは、教師のあり方としてどうなのでしょうか。少なくとも、子どもには理解できないでしょう。「教師等としての指導と、団体の職員等としての指導」を明確に区別する必要があるというのなら、それぞれどのような指導をすればいいのか、具体的に例示すべきです。

 一方、同じ手引きの中で矛盾した記述も見られます。「保護者や地域住民への説明責任について」という項の中で次のように説明されていますが、教師としての指導を禁止しておきながら、教師による生徒指導が必要だというのは、どういう論理によって両立するのでしょう。

「子供達の活動機会の確保や持続可能な活動環境の整備のため、新たな地域クラブ活動における生徒への指導等に教師の参画・協力も必要であることや、教師等が兼職兼業により指導等を行う場合でも本務に支障がないことについて丁寧に説明し、理解と協力を得られるよう取り組む必要があります。」(p.12)

5 教師個人が賠償責任を負う可能性

 現在の部活動は学校管理下で行われているため、活動中に生じた事故等により生徒への賠償責任が生じた場合、国家賠償法の規定によりその責任は自治体が負います。教員側に故意や重過失があれば自治体から教員に求償請求が行われることがありますが、そうでない限り、教員個人が金銭の支払いを求められることは基本的にはありません。

 しかし地域移行により学校管理下の活動でなくなると、教員個人が賠償責任を負うケースも出てきます。5つの勤務形態のうち、「委託(委嘱)」「業務委託・請負」「有償ボランティア」「無償ボランティア」の4つは教員が、「雇用」は企業等の運営主体が賠償責任を負います(p.9)。

 こうした場合に備え、手引きでも、保険の加入が望まれるとしています。

6 時間制限がほとんど“ザル”

学校における「労働時間」※1と地域団体における「労働時間」を通算した時間から法定労働時間を差し引いた時間が、単月100時間未満、複数月平均80時間以内とならないことが見込まれる場合には、兼職兼業の許可を出さないこととする (「時間外在校等時間」 ※2も含めて通算された時間について確認・判断することが望ましい)が、 運用にあたっては、教師の心身の健康の確保のために、目安として「時間外在校等時間」と地域団体における「労働時間 」の通算が45時間以内※2となることが望ましい。
※1 教師としての所定労働時間といわゆる「超勤4項目」の業務を時間外業務として命じられて当該業務に従事した時間の合計。
※2 公立学校の教育職員の業務量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針(令和2年文部科学省告示第1号)に規定。(p.11)

 長時間労働を防止する措置が事実上骨抜きにされている、大変問題のある箇所です。表も使わず、敢えて分かりづらく書かれていますので、ここでは分かりやすく3つの場合に分けて説明しようと思います。

(1)超勤4項目の時間 + 地域団体における労働時間 が 単月100時間未満、複数月平均80時間以内とならない場合・・・兼職兼業許可を出さない

 「兼職兼業許可を出さない」と言っているわけですから、規制の種類としては最も厳格です。しかし、このケースに当てはまることはまずないと思われます。

 ある月に、超勤4項目の業務にかかる業務が1時間発生したとします。例えば職員会議が1時間延びてしまったケースを考えればいいでしょう。「単月100時間」という数値から1時間を引いた時間は99時間です。この月の土日の部活動を99時間以上行うと、この規定に引っかかり、兼職兼業許可は下りないことになります。しかし、いくらBDKと呼ばれる人たちでも、そこまで長時間部活動を行うことは物理的に不可能です。「複数月平均80時間以内」の80時間という数値を使った場合でも、この規定に抵触することはまずないでしょう。

 つまりこの規制は、事実上、全く機能しません。その原因は、教員としての時間外労働時間を超勤4項目の時間に限定していることです。実際の残業時間(時間外労働時間)をここに加算できれば実効性のある規制になりますが、現行の給特法体制の下では困難でしょう。

(2)(1)+ 時間外在校等時間 が 単月100時間未満、複数月平均80時間以内とならない場合・・・兼職兼業許可を出さない

 (1)に時間外在校等時間(事実上の残業時間)を加えるわけですから、時間に対する制限はかなり厳しいものになります。例えば、月に70時間の時間外在校等時間が生じている場合、80時間から引けば残り10時間となり、月に10時間までしか土日の部活動ができなくなります。

 しかし、時間外在校等時間を加えることは「望ましい」とされているだけですので、この規制をかけるかどうかは教育委員会の裁量次第です。

(3)(2)の時間が45時間以内となることが望ましい

 文科省の出している上限指針(※2)に則れば、(1)(2)ではなくこれが唯一の基準であるべきです。時間外在校等時間が45時間に達すれば土日の部活動は1時間もできないという、実にシンプルで分かりやすい基準です。

 しかし、これはあくまで「望ましい」とされているだけですので、この基準を満たしていなくても兼職兼業許可を出すことは禁じられていません。

 このように、兼職兼業に対する時間制限は、ほとんどかけられていないというのが実態です。(3)または(2)の規制を適用するよう、地元の教職員組合が教育委員会と交渉し、実効性あるルール作りを地域で行っていくことが望まれます。

7 在校等時間記録の書式変更

服務監督教育委員会は、実施主体が異なるために教師等の業務等の実態に関知しない、という対応をとるのではなく、地域団体における業務内容や当該教師等の労働時間等についてしっかりと把握し、事前及び兼職兼業期間中において適切な管理を行い、通算した時間が長時間にわたることがないよう、当該教師等の心身の健康の管理を行うことが必要です。(p.11)

 教育委員会にはこのように、兼職兼業によって新たに生じる労働時間等についてしっかりと把握することが求められています。そのためには、出退勤の時間しか記録できない現在の在校等時間記録の書式を変更し、その横に、兼職兼業による労働時間等を記載する欄を設ける必要があります。教育委員会に丸投げするのではなく、文科省としても、ひな形を示していただきたいと思います。

8 公務員でありながらストもできる

 困ったときは労働基準監督署や教育委員会に相談するよう、Q&A(p.18)では述べられています。しかし、労働問題の相談はまず労働組合に行ってほしいと思います。

 Q&Aではまた、「地域団体と雇用契約を結んだ際は、労働基準法が適用されるということでしょうか?」という質問に対して「そのとおりです」という回答が掲載されていますが、労働基準法に加え、労働組合法・労働関係調整法・最低賃金法等も適用されます。労働基本権も完全に保障され、労働協約を結んだり、ストを行ったりすることもできます。

 教職員はこれまで、労基法の完全適用から除外され、労働基本権も制約されてきました。ところが、兼職兼業の形態のうち「雇用」に該当する場合、民間の労働者と同じ扱いを受けることになります。

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