「これまで、そしてこれから」
今回部員ブログを務めさせて頂きます
練習で鼻折って手術することになった
新4年依田新(日体大荏原高校)です。
趣味はジャンプスクワットで、生まれてから11年間は熊本県に住んでいましたが小学6年生になるクソ絶妙なタイミングで神奈川県横浜市に引っ越し、いまも実家は横浜にあります。
人生で初めてブログを書くので拙い文章になるかとは思いますが最後まで読んで頂けると幸いです!!
まず初めに
先輩or同期「出身校どこ?」
自分「日体大荏原ってゆう東京都の高校です」
先輩or同期「どこだよ笑」
中には「荏原ってサッカー部あるの?」
と言われたりもしていた。
このやりとりをこの大学に入学して何回したか分からない。
そりゃそうだ。
先輩・同期・後輩には選手権全国ベスト4で自分がテレビで見てた選手や全国インターハイ・プレミアリーグを経験してきた選手が数多く在籍しておりそれに比べられ、自分は周りからバカにされる事が多かった
このやり取りをするたびに
「うるせーな本気で見返してやるよ」とか
「過去にばっか慢心して今みれてねぇな」
と何度も思う自分がいて逆に燃えていたし
バカにされる事で気づけばそれが
「原動力」にまでもなっていた
しかし
最初は新入生だけで練習していたが周りの選手たちの「技術」「能力」「判断」に圧倒されまくり、「え?本当にタメ?」と何度も思ったし、自分が勝っているものなんて3年前の当時は何一つなかった。
「タメでこれか、、、、」
何度も思った。
1.2年生の時は下のカテゴリーの
社会人チームに所属していた。
その中でも1年目は後半残り数分の
パワープレ要員かベンチばかりだった。
スタメンで出た試合なんて先輩が就活で休んだ時の練習試合の穴埋めしかなかった。
2年目は最初は試合に出ていたが2節目の試合で前半でイエローカードを貰い途中交代。
そこから1年目同様試合に出れない日々が続いた。
特に2年目はチームが千葉県社会人リーグを勝ち抜き関東社会人サッカー大会
(関東2部昇格戦)まで勝ち上がったものの自分はベンチで座って見てるか、ベンチ外で外から見てるだけの状況。
「チームが勝って本当に嬉しい!」
なんて1度も思えなかったのが正直。
悔しさとイライラばかりが残る
試合に出てチームが勝つと→嬉しい
出ないで勝つと→嬉しいけど、、悔しい
この様に人間は1人1人感情が違うからこそ、「性格」がハッキリしてくるのかもしれない。
3年目は上級生5人しかいない
Iリーグカテ(1年生チーム)に所属することになった。
そしてリーグが開幕し、3節目の前日
「サッカー辞めるか」
と初めて考えた。
理由はともかく人生で初めて考えた。
それでも頭の中に最後まで残っていたのが
「TOPチームで結果を残す」
このことは何度考えても頭から離れなかった。
無名校で3年間なにも結果を残す事ができずこの大学に入って4年間の内に結果を残すと決めた自分は逃げようとしていた。
また、自分のことを応援してくれている人たちのことを考えると逃げれないと考えた。
自分は中央学院大学体育会サッカー部の中でも下から数えた方が分かりやすいくらい下手くそな選手だ。
それでも
家族
これまで自分にサッカーを教えてくれた
指導者
小中高と共にプレーした選手達
卒業した後も自分を気にかけてくれる先輩
地元の友達
等、幸い応援してくれる人達が沢山いる。
その人達の分も残り数ヶ月やるしかない。
もう何事からも逃げないし、今の自分の立ち位置とか気にしない。
下手くそな自分が掲げた目標に対して真っ直ぐに向かい逆算して行動する。
毎日ピッチ内、ピッチ外で刺激しあえる最高な同期と最後一緒のピッチに立ち
「結果を残す」
長くなりましたが最後まで読んで頂きありがとうございました!また、今年は自分もメディア担当になりチームのinstagramも新しくなったのでSNSのフォローの方もよろしくお願いします!