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『存在』


今年度初めてのblogを担当させていただきます静岡学園高校出身 商学部4年北村大です。
まず初めに日頃から中央学院大学体育会サッカー部のご支援ご協力ありがとうございます。

今回は私の「存在」について書きたいと思います。最後まで読んでいただけると幸いです。


私は小学校4年生から地元のクラブチームであるSHIZUNANFCでサッカーを始めた。私はこのチームで今の武器であるドリブルを叩き込んでもらった。一日中ドリブルとリフティング練習をした。土日は8時間練習だってあった。この歳になっては考えられないくらいサッカーをしていた。クラブチームではあったがみんな学校が同じだった。そこで私は親友でありライバルになった人物がいる。
中学生の時は体つきも似ていて髪型も一緒だった。ドリブルスタイルも似ていてガッツもあった。でも私と違って彼は上手かった。高校に入ってからも私より一つ上のカテゴリーでやっていた。大学では彼は東海、私は関東に進学した。お互い帰省の時にサッカーの話をよくしていた。お互いに言うことは達者で本当に気が合う仲間である。
彼がよくいう言葉は
「お前はサイドバックの方が輝ける」
「お前のフォワードは絶対違う」
彼はわかっていない。私の大学でのサイドバックの酷さを、中学の時みたいに全員ドリブルで抜けるほど甘くない。フォワードだってドリブルできる。点が取りたい。
こんなバカみたいな会話をずっとしている。
そんな彼だったが6月30日をもってサッカーに区切りをつけた。理由は怪我だった。
最近ではサッカーで海外に挑戦する話だってしていた。
ずっと一緒に頑張ってきた仲間が、自分よりサッカーを続けると思っていた仲間が先に引退を決めてしまった。
彼は私に「なかなか元の自分に戻れなかった。」
「もう試合をするのが怖くなった。」
「自分のプレーに納得できなかった。」
と言った。怪我ばかりしてた彼だったが決してサボっていたからとかではない。むしろやりすぎて周りから止められるほどだった。私はあんなに自分を追い込んでる人は見たことなかった。それくらい自分を追い込んでサッカーに必死だった。しかしそれが彼の体と心を潰していったんだと思う。

今私から言えることは
やっとサッカーから離れられるな。お疲れさま
中途半端にできないところも彼らしいと思う。


今この私があるのは彼がいるおかげだと思っている。彼の活躍があったから辞めずにここまでやってこれた。彼は骨折以外の怪我だったら絶対にサッカーをやっていた。だから軽く怪我したくらいでやめたら負けた気持ちになってやめれなかった。いつもどこかに彼の存在があった。小学校から共にやってきてサッカーを嫌いになる暇すら与えてくれなかった。それくらい彼の存在が大きかった。
満足にできない人がいるなか今こうして本気で楽しんでサッカーができていることに心から感謝したい。



私には静岡から応援しに来てくれる親友がいる。試合の時は必ず連絡をくれる家族がいる。試合会場には暑い中応援してくれる仲間がいる。そして想いを私に託してくれたライバルがいる。

だから今いる中央学院大学体育会サッカー部で結果という形で恩返しがしたい。私の心の中にはライバルがいる。中途半端なことはできない。残り半年後悔しないように、自分らしく暴れていきたいと思う。


次のblog担当は勉強苦手な人は彼のところに集合!紫外線は苦手。堀川陸です。

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