公開アーティストインタビュー「色眼鏡をのぞく」  アーティスト:井上美咲

本展「COLORED GLASSES」にて公開アーティストインタビューを行いました。今回は、2022年11月28日(月)に行われたアーティスト井上美咲さんのインタビュー内容をお届けします。

インタビューでは本展示のテーマに対する考えや、出展いただいた《耐える》、《首》、《知る》、《無題》の4点の作品について伺いました。

《耐える》

《耐える》
2021年、トレーシングペーパー、シルクスクリーン


―この作品が生まれた背景について教えていただけますか?

この作品は一年生の後期くらいに入ってから作ったのですが、そのときは何を作ったらいいかわからなくなってしまっていて。そのときに自分を落ち着けるようなホッとするような作品を作ろうと思って描きました。


―この絵を見ていると、女の子が布団に包まっている感じがするのですが......

なんか嫌だな〜とか、どうしようと思ったときに、布団をかぶってうずくまることがあるので、そういう体制をイメージしてあったかくなるような感じを描きました。

―ホッとするような色味がいいなと思ったのですが、この色を選んだ理由とかありますか?

この作品はシルクスクリーンという版で刷ったのですが、制作した時は版画専攻にきたのが本当に合っていたのかなと考えていた時期でもあって。友達とかにも、版画じゃなくてもいいんじゃない?って言われて考えていたんですけど。均一に色を重ねられるというのがシルクスクリーンの強みかなと思っています。重ねた時に綺麗な色が出る色を考えたりとか、いろんな色の組み合わせを考えるのが好きなので、こういった色になっています。

―媒体をトレーシングペーパー、薄い半透明の用紙にしたのは色や版画における重なりを表現したくて選んだのかなと思いました。

版の色の重なりとか、素材と素材の透けている感じが出るかなと試してみようと思いました。

―そもそも“シルクスクリーン“ってなんでしょうか?

版画は「銅板」と「木版」と「リトグラフ」と「シルクスクリーン」の4版種があります。シルクスクリーンはステンシルみたいな技法で、薄い布に膜を張って、その上から色を落とすというやり方になります。

―色の重なりというのは、シルクスクリーンならでは、版画ならではなんだなと思いました。 この重なりの表現は油絵とかではなかなか出ないですよね。

油絵とかでもグレーズしたりして色を重ねることはあると思うんですけど、それとは また違った色の重なり方だと思います。これは普通に刷ってもあまり透けなくて、実は透明の白いインクを色のインクに混ぜて使っています。

―描かれている女の子が中心にいて温かみを感じるんですが......。

中心に行くに従って、暖かくなるようにしました。

―最初お話を伺った時は「授業が大変で」と聞いていましたが、井上さんと女の子が重なっているんでしょうか。

自分のために作ったので、かなり自分を投影している感じはあると思います。

―《耐える》っていう題名は重みがあるのに、作品自体は温かみがあって不思議で、 私、好きです!


《首》

《首》
2021年、いずみ紙、リトグラフ


―最初はデッサンかなと思ったんですが、これはリトグラフなんですか?

はい。これはリトグラフという石に刷る感じの版画があるんですけど、石に油分を含んだ画材とかで色を足して、それと反応するインクをのせて作る版画になります。


―絵画の作品のように大まかな形を作って重ねていくっていうのが版画のイメージだったんですが、リトグラフだと細かい線も表現できるんですね。

そうですね。版画って銅版画とか木版画のイメージが強いんですけど、リトグラフはダーマトグラフという、鉛筆にクレヨンみたいなちょっとぽってりした感じの質感の鉛筆があって、それを活かして作りました。

―《首》という題名なんですが、何か首に対する特別な思いがあるんでしょうか?

これは一年生の最初に作った作品で、テーマは受験後ってこともあってあまり決まってなくて色々自分の写真ホルダーとか見てテーマを探していた時がありました。
その時に自分の首元の写真を見つけて、これを書きたいなと思って。首って自分の大きな急所だったり、親とか身近な人とハグする時に一番近くにきたりする部位だなと思うので、許されているな、信頼関係があるな、というような感じがして、首をモチーフに選びました。


ー井上さんご自身の首が描かれているんですね。 最初の授業で作られたとのことで、初めから版画学科に入ろうと思われていたんですか?

最初は版画学科に入ろうとはしていなかったんですけど、いろいろ紆余曲折があって、 版画学科に入りました。


―話が戻ってしまうんですが、リトグラフで作った写真とか刷り方が印刷会社にあると聞いたことがあります。版画って印刷業に近いんでしょうか?

版画自体が昔の木版画から始まって、銅版とかそのあたりの印刷方法から生まれたのがリトグラフだったと思うんですけど、それで印刷技術として銅器法が最初は版画には多かったんだと思います。

―版画っていっぱい刷れると思うんですが、本物の作品というか、オリジナルの作品って一体なんなんだろうと思いました。石版画がオリジナルなのか、それとも展示されている作品がオリジナルなのかっていうのが気になったんですけど。

版画って、何枚でも刷れてしまうんですが、たまにゴッホとかピカソとかすごい人たちの作品がインターネットでオークションにかけられたりするじゃないですか。
あれとかって実は、後世の人が石版を利用してもう一回刷ったものがちょっと安くなって出品されてたりするんです。私は自分が出したい色になるまで何枚も刷り続けるんですけど、そのうち作った本人が認めたものが 4 枚あるとしたら、その 4 枚のうちの 1 枚ですよっていうサインが入ったものが、版画の本物の作品になると思います。

―そうなんですね!じゃあ私が勝手に刷っても、それはアーティストさんが認めたものじゃないから、それは複製品みたいな扱いになるんでしょうか(笑)。

たぶんそうですね(笑)。版画学科の人がいるから変なこと言えないです(笑)。


《知る》

《知る》 
2022年、デジタルイラスト



―なぜ《知る》という題名になったのでしょうか?

この絵は企画展「COLORED GLASSES」の「許容・容認・抱擁」というテーマに沿って描いた作品になります。
人を通しての コミュニケーションとか、自分にとってそれはなんだろうなって考えた時に、自分は「食べる」っていう形が自分にとっての人との関わり方に似ているなと思って、これを描きました。 食べることによって知るっていう意味です。

―食べることで「許容・容認・抱擁」が 生まれるのって井上さん自身の経験から重ねられていたりとかするんでしょうか?

私のコミュニケーションの転換期が高校時代時だったんです。よく食べる友達がいて、「あれが美味しい」とか「これが美味しい」とかいってめちゃめちゃ連れ回されていたんですけど。その時に「食」って、好き嫌いがあっても怒られないし、その人の人生と関わっていることを通して、食べることでその人を知れるみたいな感じがするので、自分にとって「食べる」ってことだなと思いました。

―前回お聞きした時に、井上さんって食べることと寝ることが苦手と聞いていたんですけど、今はお好きになられたんですよね?

私が変な人というか、わかんないんですけど、なんか食べることと寝ることがすごく面倒くさくて。友達に色々食べさせられてる間も普通に食べることも嫌いだったんです。だけど連れ回されて食べている時に「食べるの楽しいな」って思い始めて。それは自分が食べることそれ以上に、その人のことを知れるっていうのが、自分にとって大きくて、だんだん食べることが好きになっていきました。


―作家コメントの方に「アボカドが好きだ」って書いてあって、それって結構いいなと思ったんですけど(笑)。

私の友達はアボカドが好きでチーズケーキが嫌いです。

変なやつだ!

でも私はもう一度アボカドを食べてみたくなります。

食の好みは個人によって当たり前のように様々で、それを知ることは人と受け入れ合うこととよく似ているように思います。
本展示に寄せられた井上美咲さんのコメント

深夜の 2 時に書いたので(笑)。
友達はアボカドが好きで、チーズケーキが嫌いなんですよ。でも私はチーズケーキが好きでアボカドはそんなに好きじゃないんですけど、反対なのがすごい、友達は変な人だなと思って。向こうも私のことを変な人だなって思ってるかなと。 それがなんか自分にとって、自分と感覚が違うから友達として仲良くできないとかそういうのじゃなくて、そういう気持ちが自分にとって人間関係を許容、容認、抱擁できるのかな って......。


―食べ物って、結構ひとによって環境とか生きてきた人生とか、価値観によって好きな食べ物とか変わってきますよね。
たとえば目玉焼きの話で、 皆さん目玉焼きにソースとか、ケチャップをかけると思います。皆さんは、醤油ですか?醤油の方いらっしゃいますか?

「塩です。」「塩です。」

―え!?塩ですか!?
私はケチャップ派なんですけど、友達はケチャップ派が少し受け入れ難いみたいで「は!?ケチャップ!?」って言われて。私は目玉焼きを焼く時に、絶対ベーコンかソーセージを食べるんですよ。その時にケチャップを使うから、目玉焼きにケチャップをつけるんだと思うんですけど。やっぱりそういうのもあるのかなとこの絵を見て思いましたね(笑)。

それって目玉焼きだと「おお」って思うんですけど、スクランブルエッグとかって結構ケチャップとかかけますよね。
そういう感じで、確かにわかるかも!ってだんだんわかってくるのがコミュニケーションだなって感じがしました。

―ただ私にも受け入れられないことがあって(笑)。なんか白だしを目玉焼きにかける方がいて「今度試してみるか〜」ってなったんですけど、でもやっぱり許容も、容認もできないかな〜って感じですね(笑)。

だし巻き卵とかありますもんね(笑)。


《無題》

《無題》
2021年、キャンバス、油彩


―《無題》は油絵の作品です。
私は最初見た時に、版画作品かと思ったんですね。
私が知っている西洋美術とか油絵の作品って、滑らかな感じで輪郭をぼかしたイメージがありますが、この作品は絵の具の載せ方とかが特徴的で、色を「のせていく」感じがして版画っぽいなと思いました。

のせて描くのは、版画の制作を通して影響されたというよりかは、もともと受験時に通っていた画塾の先生の影響がかなり強いと思います。ぼかして描くっていうよりも、一筆でのせて、それで形にできないかって考えていて。線の責任を持って境界をはっきりする、みたいな。油絵だとその時の描き方の影響があります。


―私、この色味が大好きなんです。そもそも肌の色って橙色って思っちゃうんですけど。 でもこの作品は水色とか赤とか黄色とか、いろんな色がのせてあって。肌の色じゃないけど、 肌の色に見えるというか......!

みる人からしたら虹色というか、メチャクチャな肌の色の人みたいな感じに見えるかもしれないです。でも自分で色を作って、こういう風にしよう!とか決めて、色をのせたわけではないですね。写真を見て描いたんですけど、皮膚の中が赤っぽいなとか、ここは緑っぽく見えるなとか考えながら、自分の中で反芻してそれを大きくしていって、色をのせたのがこの形になりました。


―写真を見ていてこの色だなって自分で感じて、この色をのせていったんですね!

なんか人間の肌の色ってぱっと見、肌色に見えるけど、別に表面に肌色が塗ってあるわけじゃなくて、この中の血管とか皮膚の細胞とかが積み重なってこの色になっているのかなと思うので、実はいろんな色が入っているんじゃないかなと考えます。


―確かに、ここの血管とか青いですもんね。


ーところで、ここに描かれている女性なのですが、私には「あー疲れた〜、はあ〜」と寝ている時のように見えます。

これは私が寝ている時の写真なんです。これも《首》の時と同じように無防備で許されている感じを描きたいと思って。家帰ってはあ疲れたっていう時って、あまり誰にも見られたくないなって感じがあって。誰にも見られてないなって感じをイメージして、寝ているポーズを描きました。


―リラックスしている状態なんですね。
これって、無防備というか、 誰かがいる状態での無防備さなのか、自分一人の時の無防備さなのか......。

私の絵のテーマ的には、誰かがいる時に一人の部屋でいるくらいの許容感というか、 そういう人がいたらいいなあって感じですね。

―作品全体を見ていくと、井上さんのコミュニケーションというか自分の在り方が作品に出ているなと思います。共通して受け入れてもらいたいといった感情があるんでしょうか?

そうですね、あんまり意識はしていなかったんですけど、約 2 年分の作品を見ていてこれを作りがちというか、自分と人ってどこまで許せるんだろうとか、どれくらいの距離がいいんだろうとか無意識に考えたりしているのかもしれないと思いました。

―本展示のテーマ「許容・容認・抱擁」や「色眼鏡で見る」ということについてどんなことを考えましたか?

「色眼鏡で見る」ということについて、みんな生きていくに従って偏見が絶対誰にでもあることでなるほどなと思いました。
色眼鏡ができていくことってなんか悪いことじゃないなと思って。全く知らないと偏見も偏見じゃなくなるし、逆に知らないことによって差別が生まれるし。
テーマの「許容・容認・抱擁」とかも自分の距離感とかあるので、許容とか容認とかもわかるなと思いました。
最初、テーマを企画者の方から伺った時に、自分と違いがあってもそれを受け入れて、許容・容認して、最後自分と他者が違って受け入れられなかった時に抱擁する、みたいな話を聞いて「抱擁するんだ」と驚きました。私は嫌いだったら、嫌いでいいかなと思っていたので、自分の中ですごい「抱擁」について考えていたんですね。それで「なんだろう」と思った時に、好き嫌いとかあるから自分がいるんだなと思って、許せるんだなと。それくらいの程度で考えたらいいのかなと思って。それで食べることを考えました。

―ありがとうございます。
最後、インタビューを受けていかがでしたか?


結構自分で作ったらそのままおしまいにしていて、自分で自分の作品をまじまじと眺めながら考えることがなかったので、2年間分を見て自分があの時ああしたな〜とか考えることができましたし。それに自分が無防備についてすごいこだわりがあるんだなということに気づいたというか、それが今後作っていくことに考えるきっかけになれたなと思います。 ありがとうございました。


井上美咲

Twitter:@ms_inoo


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