見出し画像

寝ても醒めても|マーキューリー・ファー 感想

2月5日 18時30分 世田谷パブリックシアター
脚本 フィリップ・リドラー
演出 白井晃

はじめに

ずっと気になっていた今作。
重たい作品が見たくなって、頑張って当日券を手に入れ見にいきました。
当日券取るの大変ですね。その分たくさんでてたけど。

主演のお二人が知名度のある方だったのですごく人気なんだろうなということと、若いお嬢さんが多くて、おそらく観劇になれて無いお嬢さん方にこの作品で大丈夫だろうかと考えてしまうくらい、咀嚼が難しい作品です。

感想に入る前に個人的なお話を一つ。
大学時代、同級生におすすめの映画を聞かれたので好きな映画を伝えました。なんてことないサイバーパンクSFの愛の物語です。
数日後、その映画を見た同級生はいいました。「意味がわからなかった」「みんなが(私が)理解できない、エンタメは駄作だ」と。

私この言葉すごい嫌いなんですよ。
どうして創作物を一から十まで説明されないといけないのか。説明通りに理解しなくちゃいけないのか。なんでもかんでも説明されないと理解できないのかと。
例えば、国語のテストで作者の気持ちはと聞かれたら、登場人物のことを考えて書きまうよね。でも実際のところ大体は「締め切りに追われて苦しい」が本音じゃないのかと思います。
でもそんなこと書かないですよね。それと一緒です。「ここはどう意味ですか」「説明されてないのでわかりません」はなんだかととても虚しい。
その創作物に対しても、物語を受け取った上でどう考えるかが作品の向き合い方で大事なことだと思っています。説明されないことに関しては自分の感情と向き合って、自分が納得いく答えを見つければいいのだと思います。もちろんそれを人に押し付けちゃダメですが。
「わからないからつまらない」というのはその創作物に対して向き合うことを放棄しているように感じてあまり好きではないです。

私が描く感想は基本的にそのスタンスで、作者が意図したものしてないもの関係なく私がこうつながったら面白いなと、自分の中で作品によって生まれた感情と、少しの知識を繋いで言語化したものです。それが1番楽しい。

どうしてこの話を先に書いたかというと終演後、出口に向かうまでの間に「わからなかった」「わからなくてつまらなかった」「面白くなかった」という声を聞いてしまったので。すごく悲しかった。

ドラマや映画と同じように演劇にもいろんなジャンルがあり、特に生身の人間・その場の空間の中で作り上げる演劇には時に理不尽や不条理な物語が存在します。
人間誰しもわからないものに対して恐怖やら、なんやらがわいてきたり、わからないから面白くないと評価してしまうことも多いですが、わからないからつまらないと一概に切り捨てて欲しくないなと。
わからないものの中でぶつかってくる感情の輝きを見出すことが舞台にかぎらず芸術作品の楽しみ方の一つだと私は信じているので、難しいから、わからないからつまらないではなく、なんかとてつもない理不尽で不条理な物語でも、感情の激流に飲まれたという経験を感じてほしいなと個人的に思います。

本作はまさしく明確な説明がないまま理不尽な環境に巻き込まれ、逃れようのない暴力の中で生きること、愛することの本質を見つける物語です。
人によっては下劣な暴力の物語と切り捨ててしまう人もいるでしょう。愛の物語という人もいるでしょう。正解はありません。
でも、ただわからないからつまらないのではなく、観た上で感じた感情を信じてほしいなと思います。その上でつまらないとか下劣な物語と評するのはいいと思います。個人の感想なので。

私は今作は愛の物語だと信じたい。そう思います。

寝ても醒めても

さて、気を取り直して感想です。

ある日突然蝶が世界に降ってきて一夜にして様子がすっかり変わってしまった世界で生きる兄弟の話です。蝶はいわゆる麻薬のようなもので、それを口にすると誰かの死に際が見える。蝶によって人々は狂って、略奪・暴力・混沌が支配するようになった。
そんな街で生きる兄弟は、古いアパートの一室でパーティーをしようと計画を立てます。そこに近所に住む少年が手伝いに入り、兄の恋人とも協力しパーティーゲストのためのパーティープレゼントの用意を始めます。
パーティープレゼントは息も絶え絶えな少年。
夕方にパーティーゲストと、兄弟の兄貴分、そしてお姫さまが揃い、パーティーが始まります。
パーティーとは名ばかりの、歪んだ少年愛の成れの果て。パーティーゲストは少年を拷問し死に至らしめること性的興奮を覚えます。
パーティーの始まりの直後、パーティープレゼントが生き絶えます。欲望が満たされないゲストは今日出会ったばかりの近所に住む少年にプレゼントになるように仕向けます。
兄弟は拒否をしますが、兄貴分からの暴力に逆らえません。兄貴分は兄の恋人の兄であり、気が狂い自身をお姫さまと自称する兄弟の母親を面倒見て、兄弟や妹をなんとか生き延びさせようとしてる人です。
今回も兄弟がいる町を政府が襲撃する情報、そしてそこからの逃走経路の引き換えに、パーティゲストの望むパーティをさせようとしていました。
痛みに叫ぶ近所の少年、狂ったように興奮する男の声、やめてと声を出すこともできない理不尽な状況の中で、弟はゲストに銃を放ちます。
残ったのは、瀕死の近所の少年、兄弟、兄貴分、兄の恋人、気が狂った兄弟の母親。どうしようと考える間も無く、政府による襲撃が始まります。
予定より早く開始された襲撃(爆撃)の中、兄は弟に銃を向けます。
もう死んだほうがいいのではないか、生きていることの方が苦しいのではないか?爆撃が近づく中、弟は兄いいます。愛していると。

話の内容としてこんな感じ。
パーティーが始まって、近所の少年が代わりになり血まみれの拷問を受けてる時が本当に苦しかった。恐怖でした。
終始よくわからないまま進むのですが、ずっと兄のそばにある「死への選択」が一つのキーワードになっていたかなと思います。

物語の序盤で人々をくるわせている蝶の話が出てきます。
蝶にはいろんな種類があって、種類によって見せる幻覚が異なります。
話題は最新の蝶の幻覚と作用についてです。
兄曰く「死をもたらす」とのこと。その蝶を服用するとそのまま死に至るとのこと。各地でこの蝶を使っての集団自殺が多発していること。
そして蝶に生死を握られるのはごめんということ。

蝶に狂う人の中では珍しく、常用的に蝶を摂取していない兄は比較的他の人間より思考がクリアで記憶の保持や知識が深いです。
蝶に支配されて死ぬのなら、自分が弟を殺してから一緒に死ぬと。まだ自分は死ぬということを自分で選べる。この悪夢から自分で抜けることができる。そう考えています。

これが最後のシーンに効いてきます。
作中で少し頭の足りない弟にイラつくことがあっても、兄は決して見捨てない。自分以外が狂ってる世界の中で命だけは、生きることを、どうにか糧にして息をしている。けれど頭に浮かぶのはこの生き地獄のような悪夢から覚めた方が良いのかもしれないという絶望のような救い。醒めるためには死ぬしかない。寝ても覚めても地獄みたいな状況です。
銃を弟に向ける兄の姿に、せめて愛する弟をこの生き地獄から覚ますには自分が殺してあげなきゃいけない。壮絶な拷問というパーティーを見て、迫り来る爆撃の中で弟を殺してあげないともっと苦しいかもしれない、自分が殺してあげれることが唯一の救いかもしれない。生きること、死ぬことすら自分で選べなくなる前に。
そんなことが滲み出てました。

やるせない気持ちにいっぱいになります。何が正解で、何が不正解もわからない。生きることすら不正解になりうる状況で、選ばないといけない。あまりに苦しいなと思いました。

でも自分を殺そうとした兄に、弟は愛してるよといいます。
兄にとっては愛しているから弟を殺してこの悪夢から覚まさせてあげないとという気持ちでしょうね。でも弟は愛しているから、この地獄で一緒に生きようという気持ち。
互いを思っているけど、状況はどちらにしても悪夢しかない。
救いのない中で、互いへの愛だけが純粋で美しいものでした。

涙すらでないくらいに強烈な物語です。最後のシーン、兄は弟を銃で撃ったのか、それとも撃たずに爆撃に飲まれたのかわかりません。
ただ残るのは、兄が、弟が、互いを愛しているといことだけです。

終演後に呟いたことなんですが、どう生きるのか、どう死ぬのかを軸に置いた愛の物語だと思いました。物語を飲み込むのに時間がかかった…。

剥き出しの感情

この作品の演出で面白いのって、音楽がほぼないんですよ。
BGMとして聴いてくるのは狂った母親(お姫さま)の歌と、戦争の音、それだけ。物語は容赦ない会話劇です。
怒鳴る声、泣き叫ぶ声、苦しむ声、楽しむ声、愛告げる声、BGMがない分ダイレクトに伝わる生身の人間が発する音。
ここまで生と死、人間の欲望をむき出しにした物語が、セリフのみの直球勝負というのがとてつもなく恐ろしくて、震えるほどに美しく伝わってきました。

息遣いひとつ、被せるセリフひとつ。その間合いが生々しくて、ここに生きていることの証明が強烈で、だからこそ死に至ること(拷問や、爆撃)の選択が恐ろしくてたまらなかった。
誰もが生きることに必死で、剥き出した感情のまま言葉は違えど生きたいと叫ぶ。
その中で死が迫ってくることがとても怖かった、死は救いかもしれないと理性ではわかっているのに感情では生きたいと叫ぶ。
その捩れの中で苦しむ兄が本当に苦しそうで、そこに寄り添う弟が希望で、でも状況は死が迫っていて。頭が沸騰しそうでした。

それでもその剥き出しの感情で弟が「愛している」と言ってくれるのが、この地獄の中での救いかもしれない。

この作品は寝ても覚めても悪夢みたいな作品で、悪夢だなって自覚しながら見続けてる悪夢。目覚め方もわかっているけど目が覚めることすらも悪夢みたいな作品という印象です。
でもその悪夢の中で一緒に生きてくれる人がいるということがどんなに尊いことなのかを感じさせてくれるような作品でもありました。

剥き出しの生きたいと願う感情が、どうか悪夢から目覚めて安らかに眠れることを祈るばかりです。