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「本を通して社会をよくする」 社会課題の解決とビジネスの両立

株式会社バリューブックス

世界が直面する課題解決のため、2015年に国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」。日本の企業活動においても、SDGs達成に向けての取り組みが重視されてきています。しかし、利益を度外視してしまっては続けることができません。社会課題を解決しつつ、ビジネスとしても成り立たせる。その取り組みそのものが「持続可能」であれば、社会にもいい影響を与え続けることができるでしょう。

バリューブックスは古本の買い取り・販売を行う会社です。2010年以降、施設や学校に無償で本を届ける「ブックギフトプロジェクト」、買い取った本の売上を寄付する「チャリボン」、日本各地で本との出会いを創出する「ブックバス」など、日本各地から集まった本を通して様々な形で社会と関わってきました。続けることができたポイントは、「ビジネスのモチベーションをどう組み込むか」だったといいます。

地域の担い手として期待される地場の企業が、どのようにソーシャルビジネスやコミュニティビジネスに取り組んでいるのか。きっかけやプロセス、課題は何なのか。その事例をお伝えしていくシリーズ第4弾。

長野県上田市にある株式会社バリューブックスのチャリボン責任者 西山 卓郎さんにお話を聞きました。


<話し手プロフィール>

株式会社バリューブックス チャリボン責任者
西山 卓郎さん

長野県上田市出身。大学進学を機に関東で暮らし、卒業後しばらくして上田へUターン。働きながら音楽活動を続ける。2017年、株式会社バリューブックスの創業者・中村大樹さんと知人だったことから入社。特別、本が好きだったわけではないが、働く中でのたくさんの人との出会い、本の持つ可能性に魅了される日々。


●「Amazonで本が売れた!」から「チャリボン」までの道のり


「株式会社バリューブックスについて教えてください」

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古本の買取販売をインターネット上で行う会社です。もともと創業者の中村大樹が個人事業でスタートしました。卒業して起業しようにもしたいことがないと考えていたときに、Amazonで持っていた本を販売したところ、「売れた!」と。この成功体験を機に、古本屋で本を買いインターネットで販売する、いわゆる「せどり」として始めたと聞いています。

最初はひとりでしたが、同級生など仲間が合流し、2007年に法人化。拠点はもともと東京でしたが、創業者の出身地である長野県へ移転。そこからWEBサイトを立ち上げ、自分たちで本を買い取るスタイルに徐々に移行していきました。

今は上田市内の3つの倉庫に、1日約2万冊の本が届きます。そのうち約1万冊がリセール対象となります。従業員数は311名(2021年6月末現在)。システムエンジニアなど全国各地に在宅で働くスタッフもいますが、従業員の多くは上田市内の倉庫で働いています。


「本で寄付ができるチャリボンについて教えてください」

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2012年にスタートしたチャリボンは、読み終わった本が換金され、そのお金が社会的な課題解決を目指すパートナー団体(NPO・学校・自治体)に寄付される仕組みです。寄付者には本で社会に貢献できる機会を、寄付先のパートナー団体には本から生まれた資金を提供しています。

具体的にはWEBサイト上で支援したい団体を選んで専用フォームから申し込み後、本を送っていただきます。届いた本を当社で査定した金額を、指定された団体へ寄付するという流れです。

この事業が当社にとってもいいのは、本業である本の買い取り機能を活用している点。送られてきた本が換金されるところまでは本業と同じ流れです。その後のお金の行き先が、本を送ってくださった方であれば、買い取り。「指定した団体に寄付したい」ということであれば、寄付(チャリボン)。つまり、お金の向きを変えただけで、本業をそこまでアレンジしていないのです。


「チャリボンが始まった経緯を教えてください」

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毎日大量の本が届く中で、リセールできない本はやむを得ず古紙リサイクルに回すことになります。少しでも世の中のために本を活かした事業ができないかという思いから、最初に生まれたのが、施設や学校に無償で本を届ける「ブックギフトプロジェクト」。リセールの対象とならないが、まだ読み継がれるべきと思う本、捨てたくない本を寄贈する取り組みです。

また、創業者の身近にNPOを立ち上げた方々がいて、資金調達に課題があると聞いていたそうです。バリューブックスの仕組みを活かせば、読み終わった本を送ってもらったら換金できるので、その金額を寄付できます。最初は、認定NPO法人育て上げネットさんとスタートしました。「NPOにとっても、選択したい寄付者にとっても広がりを作る意味でも、開いていきましょう」というお話になり、徐々にパートナー団体が増え、寄付者の方も増えていきました。

パートナー団体の社会課題の解決を資金面で手伝い、利用者の方には社会課題を知ってもらうことで団体との関係性を作っているといえます。と同時に、当社にとってチャリボンは本の仕入れをどう増やしていくか、というアプローチのひとつでもあります。私たちのビジネスでは仕入れが一番大切なものなのですが、チャリボンではうちとしての仕入れは、NPOからすると資金集めになります。そのため、お互いに優先度の高い取り組みとして、この活動を広げようと力を注ぎます。CSR(企業の社会的責任)というより、どちらかというとCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)という考え方で行っているのが、チャリボンの特徴です。


●社会課題の解決とビジネスを両立させる


「チャリボンを成り立たせるにあたり課題だと感じていることはありますか」

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ひとつは、買い取りが難しい本をどうするかという問題です。オペレーションコストや送料を考えると、リセールできないものを大量に受け取り続ければ、ビジネスがうまく回らなくなってしまいます。無理してでも社会のためにやっていくという空気もありました。しかし、それだとビジネスの仕組みとしては脆く、社会情勢の変化などによって続けることができなくなるリスクがあります。

チャリボンは、会社のCSRという認識ではやっていません。経済として回れば回るほど、寄付を受け取るパートナー団体にとっても、自分たちにとってもいい。だから継続できるし、結果、社会が良くなる。ビジネスとしてのモチベーションを置かないと、事業が広がっていかないし、会社で取り組む優先度が上がらないと思っています。

私がこの事業に関わり始めた際、創業者に指摘されたのは、「社会をよくしようと言っている事業で、どこかに負担が行ってしまうようなものは続けることは難しい。できるだけ負担がない形を作るべき」ということです。

この課題は、今は解消されつつあります。WEBサイトの申込画面に「何年より以前に出版された本のほとんどが寄付になりません」といった注意書きを入れることで、届く本のうちリセールできるもの(寄付につながるもの)の割合が上がったのです。

もうひとつの課題は「チャリボンをどうすればもっと多くの人に知ってもらえるか」ということ。これまで、パートナー団体の方や僕ら自身から寄付について呼びかけてきましたが、すでに興味関心があるか関係性がある人でないと、情報が届かないわけです。実際は「何かしたいんだけどどうしたらいいかわからない」という人が多くいるはずです。こういった人にチャリボンを知ってもらうにはどうしたらいいのかなと考えています。


●NPO、大学、自治体、企業、地域… 本から広がる課題解決の輪


「NPO以外にもネットワークがあるのですか」

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SDGsという言葉が日本でも広まってきたので、いろんな企業の方から本の寄付について相談をいただくようになりました。その時、NPOなどのパートナー団体の方と、問い合わせをいただいた企業さんの行いたい活動でマッチングができるのではないかと思う場合はご紹介し、本の寄付をきっかけにその企業の社員の方々がボランティアに行くといった展開が生まれることもあります。

その逆パターン、パートナー団体さんが企業との関係性を築きたい場合にお繋ぎすることもあります。いきなり資金面の援助を申し出るのではなく、「本で寄付ができるんですけどどうですか?」といった提案ができます。このように橋渡しをして社会課題の解決の輪を広げていけるのも、チャリボンの特徴のひとつです。

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チャリボンでいうと、これまで一番たくさんの本と金額が集まったプロジェクトが、陸前高田市立図書館です。陸前高田市立図書館は2011年の東日本大震災によって壊滅的な被害を受け、所蔵していた約8万冊の資料も流失しました。震災当初、社内の有志で被災地へ本を持って行ったそうなんですが、現地ではすでにいろんな本が大量に寄贈されているという状況でした。中には現地で読むのに適さない本、そもそも「本を読むどころじゃない」という状況もありました。そこで、現地に届けられた本を買い取って、その分の金額を寄付することになりました。寄付を希望される方には本を現地ではなく当社に送っていただき、図書館の資料購入費等、現地で使いやすい形で最大限活用できるよう換金してお渡ししました。


「ブックバスについても教えてください」

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ブックバスは全国的に書店が減る中で本と出会える場を増やしたいと、2017年にスタートしました。移動図書館車を改装し、古本の移動販売車に。2018年6月、5日間にわたる東北ロングツアーのほか、平成30年7月豪雨で被害の大きかった岡山・広島の避難所に本を届けるプロジェクトも実施しました。

ブックバスを走らせて行く中で、あらかじめ決まった場所や避難所となっている体育館を巡ったのですが、「本持ってきました」というと、だれからも怪しまれないんです。「ブックバス! ありがとう!」と、皆さん、ウェルカム。これは、本が持つ力だなと感じます。

コロナ禍のため大きなイベントはできていないものの、ブックバス自体は窓を開けて人数制限を設けながら今も活用しています。学校へ行って子どもたちに好きな本を選んで学級文庫に持ち帰ってもらうなど、本との出会いの場となっています。


「本と出会える場といえば実店舗もあります」

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2014年に「NABO(ネイボ)」がオープンしました。それまでオンラインでの販売のみでしたが、実店舗があることで、バリューブックスが地域で顔が見える存在になりました。

また、NABOの2軒隣の建物で「Value Books Lab.(バリューブックスラボ)」という店舗をオープンしました。そこでは、リセールできなかった本を、アウトレット価格で販売しています。

そして、地域でおもしろいことが起こりはじめました。Value Books Lab.で仕入れた本を並べて、小さい古本屋を始める人たちがいます。〇〇書店と自分の屋号を作って、一箱古本市のような、本をネタにしたコミュニティ作りと小商いです。10人くらいいるでしょうか、その数だけコミュニティが生まれているということです。消えるはずだった本に価値を見出だし、並べることで自分の思想を表現していく。本の価値がこうやって広がっていくのが面白いなと思います。


●社会における会社のあり方を見つめていく


「今後、どんなことに取り組んでいきますか」

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大きなものは、本好きの方々にとってより使いやすいサービスの開発と実装です。コアな本好きの方々の心に刺さるよりよいサービスを模索しているところです。

働く環境づくりにも取り組んでいます。倉庫で働いている仲間の多くが子育て世代(の女性)の方ですが、倉庫自体は365日9時~21時まで稼働。地域にある雇用のニーズと、僕らが求めていることのマッチングが難しいところです。人数を少なくして省エネでやってく方法もあるかもしれませんが、より多様な人が関わり、働ける環境を作る方が、バリューブックスらしいのかなと個人的には感じています。

障がい者雇用に関する業務を行っていたスタッフのもやもやから、「みんながお互いのことを想像できるようになること、それによりお互いをナイスだと思えることで、私たちの働く環境はより良くなるのではないか」、「働く人全員にとっていい環境はナイスな状態だ」ということで、3年くらい前から「ナイスプロジェクト」という取り組みが始まっています。養護学校の生徒の就労体験の受け入れなどを進め、特性にしばられず、みんなにとっていい状態を作っていこうよという取り組みです。例えば、何らかの事情で周りの人と同じ動きが苦手なスタッフがいても、道具やオペレーションの工夫で周りと同じ賃金、同じ評価基準で働けるラインを作れないかと。切り分けないで一緒にやっていける世界観を目指しています。また、それをきちんとビジネスとして回るようにすることも必要なので、本業も儲かるように両輪を回していく必要があります。

自分たちがもともと大事にしている価値観が近いと考え、会社を客観的に評価する指標として「B Corp※」認証取得を目指しています。また、取得するだけでなく、洋書のハンドブックを、日本語訳で出版しようと取り組んでいるところです。日本固有の言葉や社会について思考を巡らしながらB Corpについて学び、それを実装するための場にしていきたいという思いもあり、翻訳を自分たちだけでなく、ゼミのような形式で共有しながら行っていました。社会における「会社」をとらえ直す一冊となってきそうで楽しみです。

※B Corpとは…「B Corporation(Bコーポレーション)」。アメリカの非営利団体B Labによる国際認証制度で、環境や社会に配慮する公益性の高い企業に与えられる。


<推薦者より>
私は10年余り、長野県内で助成財団のしごとをしています。
広い長野県はそれぞれの地域に特徴があり、東にある上田市は特にユニークと感じていました。若者が元気。地域の文化を大事にする。東京を向いているのでもなく、県庁所在地の長野を向いているのでもない。足元の上田にしっかり立っている。県内で最初にコワーキングスペースが始まったのも、上田。そして、バリューブックスの本拠地も上田。
助成財団を始めてまもなく、アメリカから帰ってきてバリューブックスの取締役になられた鳥居希さんを訪ねて、上田電鉄の駅近くの倉庫、そしてブックカフェの「NABO」に伺いました。創業者の中村大樹さんにもお会いでき、その独特の雰囲気に魅了されたことを覚えています。倉庫に、販売は難しいが貴重な本が並ぶ一角があって、担当の方の嬉しそうな、誇らしそうな笑顔が記憶に残っています。
「働く人全員にとっていい環境はナイスな状態だ」という「ナイスプロジェクト」。「B Corporation」の翻訳、取得など、いつも長野県の、いや日本の先頭を走っているバリューブックスさんには目を離せません。
自然体で気張らずに「ティール組織をしてみたんだけどねぇ、」などとおっしゃる西山さん、寄付募集でいろいろご一緒させてもらっていますが、今後とも、よろしくお願いいたします。

一般財団法人全国コミュニティ財団協会 理事/公益財団法人長野県みらい基金 理事長 高橋潤)


Writer:小林美希(こばん)

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