#ゆーふらいと という呪い

発した本人にとっては本当に何気ない言葉が、受け手を長く縛る呪いに化けたりすることがあります。Twitterにおいてのそれは、往々にして毒親やクソ男への呪詛として語られることが多いと思うのですが、いま私が背負わされているものも、ひょっとしたらこの手の呪いなのかもしれません。

UTAUというツールがあります。VOCALOIDのようなことを色々な音声で実現できるもので、私がそのジャンルでいわゆる動画紹介動画というものを作るようになって、かれこれ10年になります。
その中でも著名なキャラクターの一人に、雪歌ユフ(せっかゆふ)という女の子がいます。ウィスパーボイスに特化した最初期の音源で、シンプルでアレンジの余地の大きいビジュアルとともに、UTAUの中でも多くのユーザーに支持されています。ずっとUTAUを追ってきた私にとって、「ゆふ」と言ったらこの人なのは言うまでもなく。

いいですよね。

しかし2014年の春に、どこで見たのだったか、どうやらユフさんと同名の芸能人がいるらしいということを知りました。寺嶋由芙(てらしまゆふ)さんというソロアイドルです。この頃は当時所属していたグループを脱退し、いよいよソロデビューをするかしたか、というタイミングでした。

これは本稿時点の最新シングル曲。

SNS的に話題になったのは、アイドル界のウドーフェスと名高いこれでしょうか。

この時ファンになったゆふぃすと(ファンのこと)は、しばらくの間「淡路島新規」として現場で珍重されたとか。淡路島新規、いい言葉です。

「ゆふ」という名前のことを、言ってしまえば冬というモチーフから生まれた、架空の人物らしい名前であるとさえ思っていた私は、それが実在の人物の名前でもあったことに少し興味を持ちました。そして偶然にも、どちらも持ち曲がある。
それは自然と、このツイートに繋がっていきました。

以下略とか言ってしまう痛々しさは5年前なので許してほしい。私も大人になった。

これ自体は軽いネタツイですので、どうということもありません。なんなら1いいねもされていないのでスベってさえいます。
しかし私にとって想定外だったのは、このもう一人のゆふさんが、アイドル界でも屈指と言われる地獄のエゴサ力を持ち合わせていたということ。ひとりのRTを挟んで、あっという間に本人に見つかってしまいました。

期待されている。

過去にも、有名人の名前を軽く出して本人に捕捉されてビビる、ということは何度かありました。とはいえ、自分の名前が出てきたから軽く触れてみただけで、この反応自体に深い意味はないだろう、とその時は思ったのでした。
言っても、UTAU自体はあまり知られていないマイナージャンルです。10年居座っているジャンルに対して言うことではないけれども、事実として。その中でも、マイナーではないけど別に超大メジャーでもない……くらいのポジションにいるユフさんのことが知られていることは想像しにくく、知っていて反応したとも考えづらい。
なのでまあ、そのくらいの感じだろう……と、このときは思っていたんです。

しかし、少し調べてみると、どうやらそうでもないらしい。
どうやらこっちのゆふさんは、もっと前からあっちのユフさんのことを知っていたらしいのです。

2012年のツイート。

2013年のblog。文中に出てくるユフさんのCDはこれ

間違いない。あの期待の言葉は、全部わかった上で言っている。

この時私の中で、期待の言葉が呪いに変わりました。
本人からしてみれば、おそらくいつものTwitterの流れの中にある、ファンコミュニケーションの一環にすぎないのだろう、ということは私にもわかります。じゃあ本当に心の底から期待しているのかと言えば、失礼ながらまあたぶん、そこまででもないんだろうということもわかっています。そりゃそうだよ、こんなネタ振りされたらとりあえず期待って言うよ。だいたいこいつ(私のことです)、そのボカロみたいななんとかってやつが使えるかどうかも知らんし。
だから、言われた私も「その程度」で受け止めていい。そう思えばいいはずなのに、「期待されてしまった以上、これは本当にやらなきゃいけない」と思ってしまったのです。
なぜそう思ったのかは分かりません。ひょっとしたら、そうして人を突き動かすのが、有名人でありアイドルである、ということなのかもしれません。
とにかく、本人に見つかってしかもこう言われてしまった以上、やらないわけにはいかない。そんなよく分からない強迫観念に駆られてしまったのです。

この時、世に出ていた唯一のシングルが「#ゆーふらいと」。グループを離れ、ソロアイドルとしてのリスタートを切る自らを歌った、ある種ドキュメンタリー的な要素を含んだ一曲です。歌詞はこちら

このタイミングで呪いにかけられたのであれば、ユフさんにはこの曲を歌ってもらわなきゃいけない。勝手な思い込みを背負った私は、当時接点のあった人にも、そんなことを漏らしていたような気がします。

そうは言っても。根本的な問題として、わたし、UTAU使ったことないんです。
結果として10年このジャンルに居座っておきながら、耳コピのやり方も、ピッチの書き方も、フラグの設定も、DAWの触り方も、なーんにも知らない。今にして思えば「よくそれで界隈の人みたいな面してたもんだ」なのですが、とにかく、自分の持ち場はそこじゃないと思っていた。
普段から「このキャラが好き!この子があれを歌ってるのが聴きたい!」みたいなモチベーションがあるわけではなく、行きがかり上、歌わせる音源と楽曲だけがぽんと決まった、という状態。そんな中で、この1本のためだけにあれもこれも覚えるのはあまりにもハードルが高すぎる……と思い、ずっと気後れしたまま手をつけることができないまま、気が付いたら何年もの時間が経過してしまっていました。
それだけの間にしれっと忘れられたのかと思ったら、どうにも頭から離れない。ふと思い出したときに頭の片隅に期待の言葉がもたげてきて「やらなきゃいけない」と「できる訳ない」がせめぎ合う。もはや自分以外誰も覚えていないはずのことにいつまでも縛られていて、本当に呪いのようだと思ったのです。

そうしてぐだぐだし続けた数年を経て、さすがに落とし前をつけないといけない、いい加減ユフさんに取られている脳の領域を空けないといけない……と思ったのが、確か2019年のはじめ。ユフさんの音源をダウンロードし、探り探りに耳コピをして、見よう見まねでUTAUエディタを触って、さっぱり分からない資料を読みながら恐る恐るDAWとやらを立ち上げてみる。慣れた人なら一日二日でできてしまうはずのことに半年以上を費やして(ただしその9割はハモりの耳コピに挫折して投げていた期間)。どうにかこうにか動画になったのは、すでに呪いにかけられてから5年半が過ぎた、2019年の秋のことでした。その間に、向こうのゆふさんはさらに10枚のシングルと2枚のアルバムのリリースを終え、ソロアイドルとしてのポジションを確固たるものとしていました。軽口を形にするにはあまりにも時間がかかりすぎた。

歌唱としての出来については、正直よく分かりません。初心者なりの拙い箇所もきっとそこここに転がっているはずで、慣れた人に言わせれば粗はいくらでもあるのでしょう。それでも、動画の公開ボタンを押したときに、5年半にわたって積もり続けた身体の中の埃のようなものが、すうっと抜けていく感覚になったことを覚えています。気がかりなことがひとつなくなるだけで、人はこんなに軽い気持ちになるものだったか。

バックエンドの話をすると、イラストはUTAUジャンルで長く活躍されているsinさんに手がけていただきました。どうしてこの曲をやりたいのか、この曲がゆふさん(≠ユフさん)にとってどういう位置づけなのか、それを踏まえてどういうモチーフを入れ込みたいのか。5年寝かせておいた間に、私の中でぶくぶくと肥え太ったヲタクの解説と妄想を全部ぶつけて。その結果、ユフさんのボーカルによってより浮き彫りになった楽曲の澄んだイメージが最高に表現されたものになりました。失礼ながら、イラストを依頼してもなお、ハモりの耳コピで挫折したままモチベーションを保てず彷徨っていたこの動画を、絶対世に出さなきゃいけないと改めて強く思わせるには十分すぎるものでした。ありがとうありがとう。

本当に本当に最高。

そして少しだけ無粋な解説を入れておくと、ユフさんの隣に描かれているのはネウマフというキャラクターです。ネウマフは猫の母音と人間の子音を組み合わせて作られた非常に変わった音源で、これはこれで人気を博しているのですが、ネウマフ自体はこの動画の中で特に歌っているわけではありません。

通常、こうしたイラストの中で歌っていないキャラが織り込まれることは稀なのですが、これはゆふさんが超のつく“ゆるキャラ好き”であることへのオマージュとして、私の知る限り一番ゆるキャラっぽい佇まいのネウマフに登場願った、という次第です。ほら、原曲のPVにもうなりくん出てきますし。

ともあれ、動画公開の知らせも地獄のエゴサ力によって無事本人に届きました。これでようやく、ユフさんに歌ってもらって、ゆふさんに届かないと終わらない、5年越しの呪いから解放されることができたのでした。

さて、やっと呪いが解けてめでたしめでたし……のはずだったのですが、どうやら話はそこで終わらなかったみたいで。

今回の一連の作業によって、その出来はともかくも、「UTAUを使って1つの楽曲を歌わせる」ということができるようになりました。
しかしこれによって、これまでずっと聴いて楽しむだけだったはずの音楽たちに、「自分の力によって、別のボーカルで歌わせる」楽しみがあることを知ってしまいました。そんなこと、私以外の全員が10年前から知っていたはずのことだったのですが、とにかくそれを身をもって知ってしまった。
いわゆるVOCALOID曲などを聴くときに、ぼんやりと抱いていた「この曲はあのキャラが歌ったら似合いそうだな」という思い。これまでは単なる妄想でしかなかったこの感想が、今回の動画を経て「やろうと思えばできること」に変わってしまったのです。
その結果「あのキャラに歌わせてみたい曲」のリストが、自分の中でどんどん肥大化を始めています。とは言ってもまだまだ初心者、作業自体は遅々として進みません。結果として、いろいろな楽曲の「歌わせかけ」のファイルが、デスクトップを散らかし始めています。そしてその間にも、歌わせたい曲のストックがどんどん増えていく。

どうやらこの呪いは、1曲歌わせた程度では解けてくれない強固なもののようでした。まだまだ長い付き合いになりそうです。

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