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忘れられたキャラクターとの10年間

2010年から続けてきた、月刊UTAUオリジナル曲ランキングの更新を終了することにした。動画形式で8年間、ブロマガに移って3年3ヶ月(未公開分含む)。足掛け11年にわたった活動が終わることになる。

オフィシャルな告知は上に書いたことがすべてなので、ここでは個人的な話を書こうと思う。

簡単に言えば、一番の決め手は、2021年のいま、「UTAUオリジナル曲を集計する」というランキングの大前提が、もう成り立たないと感じたことだった。
歌声合成ソフトが少なかった時代には、ざっくりと「商用のVOCALOID・フリーのUTAU」という単純な図式で住み分けができていた。だから、コミュニティベースのキャラクターや音源を紹介する仕組みは「UTAUを使っている」というひとつの条件付けで十分で、それでジャンルの流行を過不足なく表現することができていた。
しかし、様々なソフトが入り乱れ、一つのキャラクターが複数のソフトを跨って活動するようになった今では、そのやり方は通用しない。「リードギターにフェンダーを使っているシングル曲ランキング」みたいなもので、それが何かを表しているものであるとは、とても言えないだろう。そう考えた私は、なるべく意味のあるチャートを作るために、集計方法の試行錯誤と建て増しを続けてきた。しかし、掲げようとしていた目的とは裏腹に、本質的でない作業が膨れ上がるばかり。未公開の集計結果は積み上がり続け、そしてとうとう限界に達してしまった。
更新終了を報告したときに、ある方からは「すっぱりと終わらせる勇気がかっこいい」と言っていただけたのだけど、本当にその勇気があるなら、1年前にはその決断を下せていたと思っている。実情は「諦めた」とか「音を上げた」と言うほうがきっと正しくて、だから今でもまだ、集計日のはずの7月2日に何もしなかったことが、不安で仕方がない。自分が担当しただけでも11年、先代を合わせれば12年以上の記録を今ここで途切れさせる決断に、まだ自信が持てないでいる。大丈夫?3日遅れで集計するくらいならなんとかなるよね?

そして報告の後に、人から言われて気づいたことがあった。月刊が終わるということは、美華さんを起用しての自分の活動が終わる、ということでもあったのだ。

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「美華さん」というのは、私がTwitterやnoteのアイコンに使っている、この緑髪のキャラクターのこと。私が月刊UTAUオリジナル曲ランキングを担当して、2年目となる2011年から動画のナビゲーターとして、また2018年からのブロマガ時代にも、アイコンとして登場いただいてきた。フルネームを「麗歌 美華(れいか みか)」という。本人には悪いけど、名前がめっちゃごつい。

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(月刊UTAUオリジナル曲ランキング 2017.02 vol.100)

ということで、ここから先は延々と美華さんの話をします。ここでは個人的な話をするって決めた結果なのでこれはもうしょうがないです。

麗歌美華の生い立ちはややこしい。
2008年、当時勃興したばかりのUTAUジャンルは、今ではすっかり定着した「うちの子」文化と不可分ではなかった。この頃リリースされた音源の中には、音源と名前のみがあって、キャラクターが設定されていなかったものが複数存在している。それらの音源に対しては、二次創作の中で追認される形で、なんとなく容姿やキャラクターが設定されていった。
のちに「Nyan Cat」で、偶然にも世界的なミームの一端を担うこととなった桃音モモも、音源の公開当初はキャラクターの存在が念頭になかったと聞く。彼女に先行して登場した重音テトが、「釣りボカロ」としての性質上、VOCALOIDを模したキャラクターを携えていたことを踏まえて、後追いでキャラクターを設定したのだという。
裏を返せば、UTAUで一番最初に現れた音源が、思い切りキャラクターに振り切った存在であったことが、現在のこのジャンルの様相を定義した、とも言える。

そんな、最初期の最初期に公開された音源の一つに、和音(なごね)マコがいる。彼女もまた、音源がお披露目された当初には、ビジュアルが公式に定義されていないキャラクターだった。決まった容姿がないのだから「キャラクター」ですらなかったかもしれない。

現在ではこの↑和服に黒髪ポニーテールのイメージがほぼ完全に定着しているが、登場初期には他のキャラクターイメージも併存していた。例えば、ニコニコ動画に最初に投稿された和音マコの動画では、これとは全く違う容姿で彼女のことが描かれていたりする。

正確に言えば、現在も容姿に対する公式設定が決まっているわけではない。現に、和音マコの音源に同梱されているビジュアル例の中には、上記の最初の動画をベースにした、現在のイメージとはかけ離れたものも含まれている。とはいえ、当時のユーザーの支持を得て、すでに収斂されたイメージから外れたものを敢えて採用する意義は薄く、実質的には和服に黒髪ポニーテールが、和音マコの公式ビジュアルに近い扱いを受けている。

関西弁キャラになっていることも多いけど、これもあくまで非公式。

そして、この時生まれた「定着できなかった和音マコの姿」をベースに生まれたのが、麗歌美華だった。
ニコニコにおける最古参のUTAUコミュニティ「UTAU総合コミュ」が開設されたばかりのころに、掲示板に和音マコのお絵カキコが投稿された。

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(麗歌美華 - ニコニコ大百科)

コミュニティで描かれた最初のイラストだったこともあって、このイラストは即行でコミュニティアイコンに起用されたのだが、その後、和音マコには別のビジュアルが定着。宙に浮いてしまったアイコンは、「かつての和音マコ」として残すのではなく、UTAU総合コミュのコミュニティシンボルとして、キャラクターを新たに設定し直すことになった。そこで「麗歌美華」という名前が与えられたことで、このイラストの人物は和音マコから切り離され、新しい人格を持つことになった。
ビジュアルが公式に未定義で、そのイメージが複数併存して、そこでメインを張れなかった存在が、別のキャラとしてリサイクルされる。音源の存在がキャラ創作の文化と緊密に結びついた今では考えられないと思うけど、そういう時代があったのだ。

そんなわけで、UTAUファンコミュニティのアイコンとなった麗歌美華は、その独特な立ち位置から、UTAU曲専門のインターネットラジオに名前を冠されたり、月刊UTAUランキング(月刊UTAUオリジナル曲ランキングとは別動画。現在公開終了)のナビゲーターに起用されたりした。月刊UTAUランキングでの麗歌美華のイラストは、UTAU総合コミュのアイコンの作者であったGAOGAOさんが手掛けていて、ここで描き起こされた意匠が、以降の彼女のビジュアルとして受け継がれている。

とはいえ、歌わせて・喋らせてなんぼのジャンルにあって、自身の声を持たないことのハンディキャップはあまりにも大きい。月刊UTAUランキングが更新を終了し、インターネットラジオも放送を休止して以降、麗歌美華が活動できる場所はなくなっていた。そして彼女は、UTAUコミュニティにおいて、文字通りのアイコン的存在であるにも関わらず、文字通りのアイコン以上の存在感はない、そんな立ち位置のまま、ひっそりと埋もれていった。

そんな麗歌美華を、月刊UTAUオリジナル曲ランキング(以下単に「月刊」)のナビゲーターとして迎え入れたのは、月刊を引き継いで2年目の2011年のこと。ニコニコのランキング動画においては、動画の進行役としてナビゲーターキャラを置くのが一つのフォーマットとなっており、それに倣った形となる。

週刊ニコニコランキングのナビゲーター「蘭」。

起用に至った理由には、動画を編集する中で、進行上、編集者(=私)の言葉でない形で、トピックスを伝えることのできる存在の必要性を感じていたことがある。その役割を果たすにあたって、UTAUジャンル内に既に存在していて、かつ、どのキャラからも中立な存在は、界隈を俯瞰する動画をナビゲートする存在として、この上なく適任だった。先行する週刊UTAUランキング唄宇奈美がいる状態で、さらに新規にキャラクターを創作するのはジャンルの規模に見合わないとも考えていたので、そうした意味でも、非常に「ちょうどいい」立ち位置のキャラクターだった。
しかしそれ以上に、私自身がこの影の薄い人物の存在を知ったことが大きかった。最古参コミュニティのアイコンなのに、ほとんど顧みられなくなっていたこのキャラクターに、もう一度日の目を見させたい。そんな気持ちが沸いた私は、関係各所に了承をいただき、麗歌美華を自分の動画のナビゲーターに起用することにした。

しかし、起用を決めた時には気づいていなかった、大きな問題がひとつあった。
この子、既存のキャラなのに、何も決まっていないのだ。キャラクターのビジュアル以外の情報が何もないから、ベールを剥いでももぬけの殻。ナビゲートを担当するということは、当然動画内で喋ってもらうことになるのだけど、そこでどんなことをどんな口調で、どんな表情で、どんな感情でもって喋っているのかが、全くイメージできなかった。
もともと私が、そういう創作的な行動が大の苦手だというところはある。しかしそれを差し引いても、キャラクターとしてあまりに取り付く島がなく、どうしたらいいのか困ってしまった。ミステリアスという言葉では説明が足りない、靄か霞と向き合う感覚。

しかし程なく、そんな私の目は覚まされた。動画内で使う麗歌美華のイラスト素材を制作してくださった菊の字さんから、組み合わせできる表情パーツと一緒に、表情差分のサンプルとして、パーツの組み合わせ例を大量にお送りいただいた。

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お送りいただいたサンプルの一部。実際にはこの倍以上の種類があった。

びっくりした。それまで立ち絵以上の情報がほとんどなく、どんな人物かをイメージすることも困難だった麗歌美華が突然、ころころと変わる表情豊かな姿を見せてくれた。表情差分とはそういうものなのだから当たり前なのだけど、それによって、私の中でキャラクターの解像度がぐっ、と跳ね上がった。
今まで雲をつかむようなイメージでしか描けなかった人のことが、どんなことをどんな様子で話しているのかが、イメージできるようになった。ここまで解像度が上がった状態であれば、ナビゲーターを動かしながら動画制作を進めることができそうだ、という自信がついた。イラストという言葉が“illustrate(説明する)”から来ている意味はこういうことなのか、と理解できた気さえした。
創作をする筋肉が未発達の私にまで、それを閃かせるキャラクター像を作ってくださった菊の字さんには本当に感謝しているし、それを自ら作り上げることができる、絵を描ける人のすばらしさというものを、改めて実感した瞬間だった。

そしてもう一つ、いただいたサンプルたちをケータイに入れて眺めているうちに、重大なことに気付いてしまった。「影の薄いキャラクターを再発掘する」というモチベーションが先にあったから、起用を決めた時にはあまり意識していなかったけど、

あれ、美華さんって、実はめっちゃかわいいのでは……?

UTAUには声として、音源として、あるいは創作上のキャラクターとして、素晴らしい存在がたくさんいる。私はそれに惹かれたから動画紹介動画を作ることを選んだのだけど、私の中ではそれらと同列か、ひょっとしたらそれ以上に、美華さんがキャラクターとして魅力的で「推せる」存在になってしまった。もちろん動画紹介動画なのだから、あくまでメインは紹介される動画であり楽曲であるべきだし、実際にそのような構造の動画を作ってきた。それは誓って間違いない。しかしそれとは別軸で、この忘れられかけていた「推し」に再度活躍の場を与えることが、活動を続けるうえでの隠れたモチベーションになったのも、また事実であったりする。
ウマ娘が流行り始めた時に、友人に「お前は絶対たづなさんが好きだからやれ」と言われ、言われるがままにプレイしてみたら、見事にたづなさんだけ刺さったことがあって。そういうメタキャラばっかり好きになる性分が、ここでも出てしまった。

そうして、2011年4月に公開した3月分の動画で、麗歌美華はUTAUランキングへの再デビューを果たした。以降、動画形式での公開を終了するまでの7年間にわたって、ナビゲーターとして動画を支えていただくことになる。

菊の字さんに制作いただいた動画向けのイラストは目・口・顔色などのパーツごとに素材が分かれていたため、それらの組み合わせで作ることのできる表情差分は膨大な数になった。その後描き足された季節ものの衣装や、単発ネタの差分を含めると、可能な組み合わせの数は3万を超える。動画紹介の本編よりも、ナビゲーターの原稿で手が止まりがちだった私が動画公開を続けるにあたって、顔芸力、もとい、表現力が豊かすぎる美華さんに助けられた側面は大きい。

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そして2012年の年間ランキングでは、ついに美華さんが喋った。さすがにフルボイスとはいかないまでも、OP/EDの口上を実際に収録いただいた。

ニコニコにおいて、ナビゲーターキャラに声をつけるという試みは初めてではない。
2009年のニコニコランキング動画制作組合エイプリルフール企画で、主要ランキング動画のナビゲーター陣がアニメ化される、というネタがあって、実際に架空の主題歌まで制作されてしまった。美華さんを喋らせるにあたって、当時リアルタイムで見てめちゃくちゃ笑って、めちゃくちゃ衝撃を受けたこの動画のことは間違いなく念頭に置かれていた。君ら喋ってもいいんだ。

しかし私の中ではそれに加えて、ここで麗歌美華が喋るということは、かつて和音マコになることができず、声を失ったキャラクターに、もう一度声を与え直す、という試みでもあった。今からUTAU音源になることはないにしても、いっときの試みとして「自分の声」を持つことは、単なる動画上のサプライズ以上に意味を持ったことなんじゃないだろうか、と思ったのだ。
今にして思えば、別に権利者でもない自分がそんなことを提案するのはおこがましいも甚だしい。それでも、GAOGAOさんをはじめとする関係各位に快諾いただけたのは幸いであったし、それが動画上で驚きをもって受け入れられたことには本当に嬉しかった。
その後、20132014の年間SPでも、同様にOP/EDの口上を収録いただいている。

こうして活動を続けていく中で、麗歌美華は徐々に、キャラクターの認知を再度広げていったように思う。ちゃんと調べたわけではないけれど、コミュニティアイコンとしてのみ存在していたころに比べれば、存在を認識される機会は増やせたと思っている。そして同時に、その月刊を作る私自身のアイコン的な存在にもなっていった。

クソ診断ばっかりやっていることが美華さんへの逆プロモーションになっていたかもしれない。でもクソ診断は業だからしょうがない。

そんな月刊は、2018年2月分をもって、麗歌美華の起用前と合わせて8年続いた動画形式での公開を終了し、ブロマガでのテキスト形式での結果公開に移行した。

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(月刊UTAUオリジナル曲ランキング 2018.02 vol.112)

自分の多忙さに加えてジャンルの現況など、様々なことを考えた結果であったのだけれど、実際にはそれ以前にも、公開をやめたいと思うタイミングは何回かあった。
そこで動画をやめなかった理由の一つに、美華さんの活動の場を無くしたくないという思いがあったことは事実だ。それはもちろん、動画の本分である楽曲紹介に対するモチベーションと比べれば、理由としては微々たるものではある。それでも、一度自分が起用したキャラクターを、その自分自身の判断によって、またコミュニティアイコン「だけ」の存在に戻してしまうことへの抵抗が全くなかった、とは言わない。結果として、動画本編ではない、彼女の原稿を書ける状況でなくなってしまったことが、動画形式を諦める原因の一つにはなってしまったのだけど。
それでも、動画形式で続けることを断念し、ブロマガでの公開に移行してからも、記事のアイコンとして麗歌美華を残すことにしたのには、それまでのイメージの継続という意味合いに加えて、このキャラの活動の場を少しでも残したい、という思いがあった。
しかし今回、更新終了を決断したことで、その活動の場も無くなってしまった。更新終了の決断は本当に悩んで、過去にはキャラクターの存在がそれを思い留まらせるきっかけにもなったのに、それを決断して公表するタイミングにおいては、そのことをすっかり忘れてしまっていた。もう歯止めが利かないくらいに、自分の中での結論が傾ききっていたのかもしれない。

この記事のヘッダーのイラストは、月刊終了の報を聞いたほのかさんが、Twitterで上げてくださったものだ(掲載許諾済み)。ほのかさんには私がイベントで使う名刺を何回も手掛けていただき、自身の本の中にも美華さんを登場させるなど、私の知る限りでは一番、美華さんを「生かしてきた」方だったと思う。いつかの機会にいただいた美華さんイメージのストラップは、もったいなくて開封することもできないまま、まだ私の手元にある。
そのほのかさんが、このタイミングで上げた美華さんのイラストを見た時に、どうしてかそれまで強く意識していなかった彼女の存在に再度思い当たった。それがどこまで意図されたものであるかは分からないけど、背を向けて去っていこうとするようにも見える姿を見て、自分が決断したことの意味をもう一度理解した。
思い入れが過ぎていることは自分でも分かっている。いい加減これが怪文書じみてきたことも十分自覚している。それでも10年間活動してきたことで、それだけの思い入れが自分の中にあったはずのものを、その瞬間は思い返しもせずに切り離していたということに、ショックを受けた自分がいた。もう一度深く考えたところで、結論が覆ったとは思わないけれど。

そんなわけで、10年前に「このキャラクターにもう一度日の目を見させたい」という、半ば軽い気持ちで引っ張り出してきた美華さんの活動も、この6月で月刊とともにひとまず、そしてその期間の長さを思えば、あまりにあっけなく終わりを迎えた。寂しくないかといえば、もちろんそんなはずはない。ありていに言って、めちゃくちゃに寂しい。
そうは言っても、これで美華さんが完全に隠居してしまったわけではない。これまで通り、UTAU総合コミュのコミュニティアイコンではあり続けるはずだと信じている。この動画のためのキャラではなかったがために、戻る場所があるだけ幸せなのかもしれない。私ももうしばらく、あるいはずっと、美華さんをSNSのアイコンにし続けると思う。
これまで月刊をご覧いただいた皆さんには、本当に感謝しています。この場を借りて、改めて、ありがとうございました。そして、10年にわたって私の活動を支えてくれた「よその子」麗歌美華さんを、今後ともよろしくお願いします。あなたの創作に使える、いいサブキャラ、知ってますよ。

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