「まあぼ豆腐のもと」とは何か

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丸美屋の麻婆豆腐の素。麻婆豆腐の素と聞いて多くの人がイメージする、スタンダードなパッケージだと思う。
見慣れきったこのパッケージだが、裏面の原材料の一覧表の中に、見慣れない言葉がある。

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品名:まあぼ豆腐のもと

「まあぼ豆腐のもと」。麻婆豆腐の素でも、マーボー豆腐の素でもなく、まあぼ豆腐のもと。パッケージの中でもこの表記が使われているのはここ一ヶ所だけで、他はすべて商品名通り「麻婆豆腐の素」で統一されている。
麻婆豆腐を表す時に「まあぼ」なんて表記は他で見たことがない。なぜ品名表示にだけ「まあぼ豆腐のもと」という表記が用いられているのだろう?

答え

実はこれ、丸美屋のサイトに、そのものずばりの答えが書いてある。

「麻婆豆腐の素」の品名(一括表示内)ですが、「まあぼ豆腐のもと」と平仮名で書かれているのは何故ですか?

回答
「食品表示法」に基づいて定められた「食品品質表示基準」に準じて表示しています。

なんてこった。まあぼ豆腐と表記することが法律で(正確には法律に基づいた告示。以下同)定められているというのだ。なので、Cook Doの麻婆豆腐も、理研のマボちゃんも、法律上はすべて「まあぼ豆腐のもと」ということになる。実際にスーパーに駆け込んで確認してみたが、確かにすべての麻婆豆腐の素が「まあぼ豆腐のもと」だった。決して丸美屋が「まあぼって書いたらウケんじゃね?w」とか面白がってやったわけではなかった。

消費者庁の食品品質表示基準を見ると、レトルトパウチ食品品質表示基準の中に、下記の記述がある。

第3条 名称、原材料名及び内容量の表示に際しては、製造業者等(加工食品品質表示基準第3条第1項に規定する製造業者等をいう。以下同じ。)は、次の各号に規定するところによらなければならない。
(1) 名称
加工食品品質表示基準第4条第1項第1号本文の規定にかかわらず、次に定めるところにより記載すること。
(中略)
エ まあぼ料理のもと
「まあぼ料理のもと」と記載すること。ただし、豆腐又はなすとともに調理して食用に供するように調製したものにあっては、それぞれ「まあぼ豆腐のもと」又は「まあぼなすのもと」と記載すること。

確かに「まあぼ豆腐のもと」と記載することが明記されていた。
見慣れない「まあぼ豆腐のもと」という表記は、法律に基づいた告示によって定められたものであったことがわかった。めでたしめでたし。

違う

全くめでたくない。確かにメーカーがそう表記している理由は分かった。しかし「なぜ『まあぼ豆腐』という見慣れない表記を採用しているのか?」という、そもそもの疑問が解決していない。
なんなら丸美屋のFAQだって、正確に言えば「なんで『まあぼ』なんて書いてるの?」という質問に対する回答になっていない。丸美屋さんサイドがそこに答える義理はないにしても。

いろいろ調べてみたのだけど、「まあぼ豆腐」という表記に対する、そのものずばりの回答を見つけることはできなかった。なのでここからは、調べた結果を含めた私の推測になる。急にあやふやな内容になってしまって申し訳ない。でもたぶん合ってる。

常用漢字

常用漢字というものの存在を、聞いたことがある人は少なくないと思う。常用漢字とは、日常生活における漢字使用の目安として国が定めている漢字のこと。常用漢字を一覧にしたものが「常用漢字表」で、現在は2010年に告示された「改定常用漢字表」に記載された2136字が対象になっている。

1 この表は,法令,公⽤⽂書,新聞,雑誌,放送など,⼀般の社会⽣活において,現代の国語を書き表す場合の漢字使⽤の⽬安を⽰すものである。

常用漢字はあくまで目安であって、個人的な文章や専門分野での漢字の使用を制限するものではない。しかし、公文書やメディアが書く文章は基本的にこのガイドラインに沿った形で執筆することが想定されており、実際に多くの新聞社では、この常用漢字表に手を加えたものを「新聞常用漢字表」として運用している。

そして、常用漢字表には漢字の字体以外に、その漢字に対する「読み」も記載されている。つまり、ある漢字が常用漢字表中に記載のある読みを用いて利用される場合に限り、それを常用漢字の範疇に含む、ということになる。常用漢字は字体だけで常用漢字ではないのだ。
たとえば「永遠力暴風雪」と書いて「エターナルフォースブリザード」と読む言葉があったとする。ここに出てくる漢字6文字は、いずれも現行の常用漢字表に記載されているが、たとえば「永遠」に対して「エターナル」という読みは記載されていない。従って「永遠力暴風雪」は常用漢字表に基づいた表現には含まれず、新聞には「エターナルフォースブリザード」と表記される、といった具合だ。固有名詞には適用されないので、そういう名前の子供が届け出られた、というニュースだったらたぶん載るけど。高橋永遠力暴風雪ちゃん。

そして、麻婆豆腐。「麻」「婆」「豆」「腐」の4文字は、いずれも常用漢字表に掲載されている。しかしこのうち、常用漢字表で定義されている「婆」の読みの中には「ぼ」「ぼう」が存在しない。「婆」の読みとして常用漢字表に記載があるのは「バ」だけだ。従って「麻婆」という単語は、常用漢字表外の表記、ということになる。
食品品質表示基準は法律に基づいた告示なので、常用漢字表の範囲内で漢字を使用することが想定される。そのため、常用漢字表外の表記である「麻婆」は漢字で表記されなかった、という推測が成り立つのではないだろうか。
そしてこれは、「まあぼ豆腐のもと」の「もと」が平仮名で表記されていることとも符合する。常用漢字表で「素」に割り当てられている読みは「そ」「す」と、慣例的に用いられている「しろうと(素人)」だけだ。

現代仮名遣い

常用漢字表の記載に基づき、法律上は「麻婆豆腐の素」と表記しないことは分かった。ではなぜ「マーボー豆腐のもと」ではないのだろうか?

個人的には意外にも思うのだけど「麻婆」は外来語ではない。日本語における「外来語」というものは、主に西洋の諸言語から借用した言葉に対して用いるものなのだそうだ。これに対して、中国由来の漢字を用いた言葉は「漢語」として区別される。従って、外来語ではない「麻婆」の仮名文字への転写は、主にカタカナでの表記を意図した外来語の表記ではなく、現代仮名遣いに基づいて行われると考えられる。
現代仮名遣いでは、長音の表記に「ー」、いわゆる伸ばし棒を用いない。代わりに「かあさん」「ふうふ」のように、直前の単語の母音をそのまま置くとされている(直前の母音がお段の場合は、一部の例外を除いて「う」)。
これにより、現代仮名遣いによる麻婆豆腐の転写表記は「まあぼどうふ」もしくは「まあぼうどうふ」になり、ここから「まあぼどうふ」が採用されたものと考えられる。「まあぼうどうふ」にならなかった明確な理由は分からないが、ボオではなくボウと発音されることを避ける狙いがあったのではないだろうか。

つまり

内閣告示による日本語の表記ルールを踏まえた結果、製品表示の根拠となる食品品質表記基準において「まあぼ豆腐」という書き方が採用され、それがそのまま、巷の製品にも引き継がれている……というのが、「まあぼ豆腐のもと」という表記を生んだ答えのようだ。

そもそも常用漢字表にしろ現代仮名遣いにしろ、ルールを明確に定義することで、情報交換を円滑にすることを目的に制定されたものだ。それが巡り巡って「まあぼ豆腐」というおもしろ表記を生んで、いま私の手元にあるのだと思うと、ちょっと面白い気がした。

なお

世界の真実・Yahoo! 知恵袋には、こんな回答が寄せられている。

どれを信じるかは、あなた次第。

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