日本の社会の危うさ

1.差別的な人は扇動されやすい

コロナ騒動で顕在化した感がありますが、もともと日本人は議論が苦手だと言われています。
今回の記事は一連の感染症対策の是非は問わないのですが(もっと詳しい人はいますし)、とにもかくもレッテル貼りが目立つというか、一度そのレッテルに社会的合意がなされると、そのレッテルが水戸黄門の印籠のごとく効果を持ってしまうことの危うさについて書いていこうと思います。

しかし、昔からこういう話は聞きませんか?頭ごなしに新興宗教などレッテル貼りの対象になりやすいものを否定する者は、洗脳されやすいと。

こういった人は一見頑固で話を聞かなそうなのですが、一度洗脳されてしまうと、抜け出すのが大変で、「あの人が何で?」というぐらいの熱心な信者になりやすいと
まあ、ただ単に信者になるだけなら結構なのですが、他所の人にアクションをかけるから厄介です。

これは特に僕らみたいに相手の反応を扱う合気道などをやっている者にとっては、大変に理解できることなのです。

こういう人は珍しいように思う人も多いかもしれませんが、どうでしょう?
私はコロナ騒動でだいぶこういった人が顕在化したんではないか?と思ってまして、無自覚な何かの信徒になっている人は多いのではないでしょうか?
もし、あなたが自分とは、意見を異にしているものに、何らかの偏見を抱き「相手方は何も知らないな」と思っているんだとしたら、ドキッとしてください。それはあなたが不勉強故に、相手があなたより、はるかに勉強していることすらわからないというだけなのかもしれないのですから

でもこういった兆候はコロナ騒動以前のネット社会などにアリアリと出ていたものでした。


2.コロナ騒動は練習問題

はっきり言って、コロナ騒動なんて、これからやってくると予想される国難に比べれば、小学生レベルの問題です。
とりあえず、これから確実におきる地震、おそらくは起きるであろう恐慌、食料問題、あるいは台湾有事を端に発する戦争は、今のコロナ問題など、問題にならない規模になるでしょうし、

なぜ感染者が世界一位の状態が二週続いているのが、ほとんどの国民が分析すらしてない状態では、先が思いやられます。

ほんのちょっとだけ、疑問を持ってみませんか?

これではいつか来た道ですよ

とにかく、多数派にいるから安全という大船に乗った気持ちでいますと、緊急時にはあっという間にやられますよとだけ言っておきます。

戦というのはまさにそういうものであるというのは歴史を鑑みれば明らかですから

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?