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最初に油!次に入れるものは?

 「いい?たっぷり油を入れたら最初に玉ネギを炒めるのよ。色が変わるまでしっかりとね!」
そう教えてくれたのは、ウルムチの北部アルタイ地方出身の主婦でした。
 「玉ネギ?そんなものは入れません。トルファンは葡萄の産地!入れるのは羊肉と人参、そして干し葡萄だけです!」
と、豪語するのはトルファン出身の男性留学生。

 こんにちは。「グリシェンカフェ」のグリシェンです。

 今回はポロ(プロフ)の作り方&食材にまつわるお話です。ポロを作る際、最初にたっぷりの油を入れるのは、皆さんもご存じと思います。では、次に入れるものは???

 カシュガルでいつも私を自宅に招いてくれる主婦は、実際にポロ作りを見せてくれました。
 最初に油。次に入れたのは羊のお尻の脂肪です!
 「この脂肪(油)が美味しいのよ!」
そう笑う主婦は、次に羊肉、玉ネギ、人参を順番に入れてしっかりと炒めました。ここで塩投入。水も入れて30分くらい煮込みます。このとき、付け合わせにするじゃがいも、カブ、白菜も一緒に煮込むのですが、火はずっと強火のまま。長く煮込む方が骨付き肉からいいスープが出るので更に美味しくなるようです。その後、じゃがいも、カブ、白菜を取り出し、中火にして洗った米を入れました。しばらくすると米が水分を吸います。水分調整をし、蓋をして弱火で30分。そろそろ炊き上がりというタイミングで、取り出しておいたじゃがいも、カブ、白菜を鍋に戻します。火を止めてしばらく蒸らすと美味しいポロの完成です。
 大皿に盛られたポロの周りにはホクホクのじゃがいもとカブ、しっとりと甘い白菜が添えられました。この日のお昼ご飯、そろった家族と私を含め5人でポロを食べました。取り皿も、サラダもなく、ただスプーンで黙々と大皿に盛られたポロを口に運びます。羊のお尻の油で調理したポロに、カブと白菜が爽やかさを添えてくれます。聞けば、トマトを入れたり、茹で卵を入れたりと、いろいろなヴァージョンがあるようです。

 (クルバン直前の羊バザール。お尻の脂肪が大きいものほど高値)

               (カシュガルの肉屋。お尻の脂肪、大きい!!)

 大人たちが黙々とポロを口に運ぶ一方で、一人賑やかにおしゃべりしながら笑顔でポロを食べる幼い女の子がいました。この家の孫娘です。見ると、伝統の化粧法「オスマosma」を施していました。
 「オスマ」とは、ウイグルのみならず、ウズベク、タジクなど中央アジア一帯に伝わる眉の化粧法です(ウズベクでは「ウスマ」)。眉と眉の間を繋げて一本眉にする化粧法で、「オスマ」という植物を用いて描きます。日本語ではアブラナ科のエゾタイセイと訳されるこの植物は、染料としての働きも持っています。春菊のような形の植物で、日影干しした後、手でしぼって汁を出し、その汁を綿棒に付けて眉と眉の間を繋げるように描くのです。あるウイグル女性に聞くと、眉と眉の間が近ければ近いほど、近くにお嫁に行けるのだと教えてくれました。迷信に過ぎないと分かりながらも、娘を遠くへ嫁にやらず、近くに置いて何かあれば助けてやりたいと願う親心、切ないほどです。
 早い子は生後一週間目からオスマを施します。オスマが施されているということは愛されている証拠でもあるのです。
 その日、私という来客がいたこともあるのでしょう。少女はひらひらのドレスを着ておめかしをしていました。オスマを施し、お気に入りのドレスを着て、家族に囲まれてポロを食べる。なんと幸せなことでしょう。

 (スザニに表されたオスマの女性 from Uzbekistan 20世紀後半)

 眉の化粧「オスマ」は、成人女性も施します。(注:ウルムチなど都市部やホワイトカラーの人々はほとんどしません。)

 かつて、ウイグルのホテルや宿舎では、毎朝、ポット(魔法瓶)にお湯を入れるサービスがありました。カシュガルで定宿としていたホテルでも同様でしたが、こちらの服務員は割とのんびり屋さんが多く、催促しても部屋まで持ってきてくれないことが多々ありました。滞在中、私はコルクの付いた魔法瓶を持って、服務員たちの待機している事務所に何度も顔を出しました。
その時も、事務所には4,5人の女性服務員がいました。
「おや、グリシェン!またお湯だね。ちょっと待ってて。」
「ちょっとこっちにおいで。綺麗にしてあげるから!」
そう促され、私は椅子に腰かけました。服務員たちは井戸端会議をしながらオスマで眉を描いていた最中でした。そして笑いながら私の額にもオスマを施してくれます。
 しぼったオスマの汁に綿棒を浸し、まずひと描き。しばらく放置してまたひと描き。更にもう一回描き足します。計3回に分けて描かれたオスマ。最後に、手をたっぷりの水に濡らして額を数回叩き、余分なオスマの汁を洗い流します。服務員たちは「美人になったわよー!」と、大笑いしながら私に鏡を見せてくれます。「ほら、綺麗でしょ!」と言われ、愛想笑いはするものの、果たして美しいのでしょうかー💦異郷に居ると、それまでの自分の価値観やものさしが通用しない場面に出くわすことがよくあります。

  (左に見えるのがオスマ。中央上はオスマを絞っているところ)

 オスマを施してもらう間、女性たちの井戸端会議に耳をすませました。子どもの自慢話に夫への愚痴、嫁と姑それぞれの立場、女性たちのおしゃべりは古今東西どこでも賑やかです。

 料理の話になったとき、私はポロの具材について聞いてみました。女性服務員たちは意気揚々とそれぞれのポロレシピを語ってくれます。油の次に入れるものは、羊肉という人もあれば玉ネギという人もいて、こだわりはあるけれどこれといった決まりもないようです。付け合わせにするためのカブを入れる人や、彩りをよくするためにホウレン草などの葉ものを、最後に一緒に蒸らすという人も。中にはキノコも入れるという人もいて驚きました。
 楽しく興味津々のポロ談議。互いの眼を見ながら話をするのですが、私の目線は自然と女性たちのオスマへと向いてしまいます。長年のオスマ使用で色素沈着をおこしているウイグル女性たちの眉間は、なかなか凛々しいものです。←目を反らすことできません!

        (黄色人参は甘み&旨みのもと!)

 さて、こちらはカシュガルの別のお宅。料理上手な友人の家です。彼女の作るポロは、肉の旨みと人参の甘みがきいていて絶品!

 彼女が油の次に入れたのは、岩塩水でした!鍋で軽く熱した油の中に岩塩水を入れて馴染ませ、そして玉ネギ投入。色が変わるまでじっくりと丁寧に炒め、油に玉ネギの旨みを移します。一旦鍋から玉ネギを取り出し、骨付き羊肉をこれまた丁寧に炒め(というより揚げる感覚)、やはり一旦鍋から取り出します。玉ねぎと肉の旨みをたっぷり含んだ油に人参を投入、じっくりじっくり炒め続けます。この作業が大事なようです。水とお米、そしてクミンを少々。
「トルファン出身のウイグル人男性が、玉ネギを入れないっていうんだけど?」
「玉ネギが入らなきゃ美味しくならないじゃないの!カシュガルの料理には玉ネギは欠かせないわ。」
そんな会話をしながら、私は彼女の手さばきを見続けました。

(彩りに葉ものを添えた家庭のポロ / 写真提供 金澤貴之氏)

 「玉ネギ?そんなものは入れません。トルファンは葡萄の産地!入れるのは羊肉と人参、そして干し葡萄だけです!」
そう豪語したトルファン出身の男性留学生は画家でした。
 実際、新疆東部に位置するトルファンは昔から葡萄の産地として有名です。孫悟空で有名な「西遊記」に出てくる火焔山(かえんざん)の文字を見ても分かりますが、この地は、夏は50度近くにも気温が上がります。日干しレンガを組み立てただけの天然乾燥室には葡萄がぎっしり吊るされ、出来上がったドライフルーツは農家の大きな収入源となっています。
 彼の家も葡萄農家でした。早くに父親を亡くした彼は、母親に育てられ、苦学して画の道へ進みます。来日するまで料理をしたことのなかった彼も、遠く離れた母親へ国際電話をかけては母の安否を確認し、ポロなどのレシピを教えてもらっていました。
 彼が作ってくれたポロにはこれでもかというくらい干し葡萄が入っていて、本当に、これでもかというほど入っていて、いや、とにかく入っていて・・・💦そして、持て成し用の皿に盛ったドライフルーツも種類の異なる干し葡萄の数々で、そこに赤ワインまで並ぶと、もう、葡萄オンパレード!ここまでレーズンラブだと気持ちいいくらいです。

(トルファン出身画家の作品「葡萄を選んでいる母ーTillahan」 2007年油絵 / トップの画も同画家の作品)

 故郷トルファンに暮らす母親が高齢で亡くなると、独り身であった彼はアメリカに渡りました。アメリカから何度か電話をもらったことがありますが、今は音信不通です。
 彼は、今もレーズンたっぷりのポロを作っているのでしょうか。トルファンレーズンではなく、入手しやすいカリフォルニアレーズンを入れているかもしれません。画家特有の頑固さを持ち独り身だった彼、もしかしたらオスマの似合う女性と一緒に、ポロに玉ネギを入れるか否かでもめているかも。そしてもめた後は、ポロと赤ワインで乾杯しているかもしれません。彼が残していった画を見ながら、そんな妄想をしているグリシェンです。

「グリシェンカフェ」オーナー/グリシェン中川裕美


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