光について

「もっと光を もっと光を」

使い込んだウォークマンのラジオからは流行りのバンドの最新曲が流れていた。
光、か。僕は呟いた。いつから僕は光が苦手になったんだっけ。
その頃の僕はといえば学校の勉強には身が入らず、かといって何か打ち込めるような趣味も皆無だった。ただ味のしないガムをずっと噛み続けるように日々を過ごしていた。朝起きて電車で学校に行き、授業が終わったら帰る。まるで面白味のない毎日だった。
  
  その曲との出会いは塾の休憩スペースだった。僕はその頃毎週金曜に京都駅のすぐ近くにある塾に通っていて、そこで英語と数学を習っていた。といっても英語は得意だったから教わることに新しいことはほとんどなく、知識確認程度に通っているだけだった。塾では授業が終わるとしばらく休憩時間がある。その時間に塾生たちはレストスペースと名付けられた簡易的な空間で食事をとったり、談笑したり勉強したりするのだ。僕がイヤホンを付けながらいつも通りTwitterとLINEを交互に見る、人生で最も生産性のない「活動」をしながらサイダーを飲んでいると誰かが隣に座った。
ちらっと横を見てみるとそこには見慣れた顔があった。英語の授業でいつも前に座っている女の子だ。といってもたまに宿題の内容などについて話すだけでそこまで親しいというわけではなかった。僕は片方だけイヤホンを外して、しかし目は画面を見たままで訊いた。
「どうしたの、なんか用??」
「え?別に?何聴いてるのかなーと思ってさ」
彼女は微笑を浮かべながら言った。
「いや、ふつうにラジオだよラジオ  音楽系の」
「違うのよ、私が聞きたいのはなんの曲を聴いてるのかってことよ」
彼女はじれったそうに言った。
「BLUE ENCOUNTだよ、『もっと光を』って曲」
僕は煩わしそうに答えた。
「へえ、君ブルエンなんか聴くのね  なんか意外」
彼女は黒目がちな目を見開いて不思議そうな顔をした。
「だって見た目的になんかもっと暗いの聴いてそう」
「うるさいなあ、余計なお世話だよ」
余計なお世話だ。ラジオで流れてるから聴いているだけだ。
「普段どんな音楽聴くの?」
僕はついに携帯を見るのにも飽きて彼女の方を見て答えた。
「バンプ、とかかな」
「ふふ、わかる」
「わかるってなんだよ、悪いかよ」
僕は少し笑いながら言った。
「そんなことないわよ、私もバンプ好きだし」
「ふうん、どの曲が好きなの?」
「太陽とかかしら、あの陰気な感じクセになるの」
彼女は腕にはめた小ぶりの腕時計を手で弄びながら答えた。
「陰気っていうなよ、僕はあの歌詞に救われてきたんだ。例えば」
「はいはい、わかったわかった」彼女は僕を遮って笑った。
「不思議ね、君普段全然喋らないのに音楽のことになるとこんなに雄弁になるなんて」
「昔から僕の友達は音楽だけだった。僕みたいな日陰者にとっては音楽くらいしか自分を理解してくれると感じられるものがなかった」
「へえー、なるほどね?君日陰者の意味わかってるの?」
彼女はいたずらっぽく言った。
「元々なんとなくなんか明るいものが怖いっていうか、自分とは違うものだなあって感覚があって」
話しているうちに僕はだんだん恥ずかしくなってきていた。
「そしてそんな人がブルエンの『もっと光を』を聴いてたということね?」
彼女は面白いものを見る目つきで僕を見ていた。
「あれはラジオが勝手に流してきたんだよ 自分じゃ絶対かけない」
「ふうん」
彼女はつまらなさそうな表情をした後すぐに笑顔に戻って、
「同じ光を曲名に冠した曲でもあなたにぴったりの曲があるわよ」
「へえ、なんて曲だい?」
「『光について』GRAPEVINEってバンドの曲よ」
GRAPEVINE。ぶどうの蔓とでも訳すのだろうか。
「知らないなあ」
「歌い出しはこうよ、『少しはこの場所に慣れた 余計なものまで手に入れた イメージの違いに気づかなかった』」
彼女は少し節をつけて歌ってくれた。
「すごく、暗そうだね」
僕は笑った。
「でも今のフレーズ気に入った」
「ほんと?」
「ああ、後で聞いてみるよ」
「よかった、多分君なら好きかなあと思ったの
そういえばもうすぐ英語始まるわよ」
「そうだな、あの先生意外と時間にうるさいしそろそろ教室入るか」
僕は携帯をポケットにねじ込み、飲み終わったサイダーのペットボトルをゴミ箱に狙いを定めて投擲した。
カラン、と乾いた音を立ててペットボトルはゴミ箱の中に吸い込まれていった。









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