1年半張られ続けた伏線 百瀬ヒバナの決意と執着

 またしてもこのVSingerが躍進している────百瀬ヒバナ

 6月25日の3D初公開ライブで封切りされた5thシングル「烈火」のMVが9月23日に公開された。
 公開から1ヵ月余りで2万5千を超える再生数を叩き出しており、個人VTuberのオリジナルソングとしては強烈な伸びを見せている。
 また、「烈火」と4thシングル「シュピーゲル」が共にiTunes Storeチャートイン、ファイナルファンタジー14劇中曲のゲストカバーに招聘されるなど、現実世界へも活動の版図を広げつつある。
 今をときめく新進気鋭のVSinger──人は百瀬をそう評するであろう。

 乾坤一擲 VSingerとしての生は「烈火」に捧げられた

 しかし、百瀬の真に讃えるべきところは、我々の目に見えない、彼岸の彼方での想像を絶する努力と執念であると、彼女をそれなりに注視してきた私は主張する。

 2022年9月15日、「烈火」の楽曲配信サイトリリースに合わせて行われた配信において、百瀬がここに至るまでの裏側を語っている。

 わっち自身がこの曲出し切ったし、死ぬほど最強の曲ができちゃったから、逆に聴いて貰えないことが怖くて。
 どうしよう、わっちの持ってる数じゃ力じゃ、これじゃ聴いて貰えないやって、そう思っちゃって。
 それで、自分の覚悟を手に入れる、自信をつけるためもそうじゃし、やはりこの曲を歌う覚悟を持つためにわっちが、数に拘りだしたのよ。(中略)だから封印してた。
 (中略)わっちがオーディションさんに受かった時点で、これは3D作らなきゃだめだ、わっち自身が全力で、全身で表現できる手段を作らなきゃだめだ、わっちがステージに立てなきゃだめだって思って3Dクラウドファンディングを決め、(中略)「烈火」は絶対に3D御披露目で歌うって決めてて、そう、全部「烈火」ありきの行動だった。(中略)
 ほぼ歌枠になったのも「烈火」、そう仰る通り。もうわっちは歌で生きていくって決めたの。「烈火」ができた時点で、わっちは中途半端なことをしたくない、自分がここに来た理由って歌を歌うためだったじゃん、だったら歌を人に聴いて貰いたいから歌だけ歌っていよう、ってそういう形になった。(中略)
 そう、全部ここまでの伏線だったの。

【歌と話】烈火 発売カウントダウン配信【#百瀬ヒバナ】より 該当部分50:44-

 百瀬は、「烈火」に人生を捧げた。そう言っても過言ではない。
 「烈火」のためにクラウドファンディングを立ち上げ、「烈火」のために3Dライブを開催した。「烈火」に相応しいシンガーになるために歌以外の配信を絶ち、「烈火」それ自体の封切りさえ、ファンが十分に増えるまで待ち続けた。オーディションに合格してから約1年半、常人には考え得ない執念を以て足元を固め、伏線を張り巡らした。この生き様に心動かされぬ者がいるならば大した朴念仁である、そうは思わないだろうか。

 宿命の出会い 執着が未来こじ開ける

 一人のVSingerの人生を根底から大転換させる端緒となったのは、2021年2月にSHOWROOMで開催された「作曲家 草野華余子による楽曲提供&MV制作権争奪戦」。最終審査で何が起こっていたのか、自ら審査した草野氏が何を考え、どのようにして百瀬ヒバナを拾い上げたか。

 2022年10月20日、「烈火」を書き上げた著名作曲家・草野華余子氏と百瀬の対談が実現し、それが語られた。
 オーディションのときの百瀬の印象について、草野氏はこのように語っている。

 結構熱も高い人だったし、オーディションのときも一番話長かったし、審査のプロフィールの文章も一番長かったかな。私普段そういう人結構落とすんですよ、けど聴いてみて、思いがわーってある人って意外とそういうのまとめるの上手じゃない人多いけど、ヒバナさんってすごい綺麗な文で、文章も綺麗だし、初めてこうやってオーディションしたときにすごい礼儀正しくて(中略)納まりがよかった。

【特別対談 with #草野華余子 さん】プロデュース楽曲、烈火誕生秘話を語る!【#百瀬ヒバナ】より 該当部分12:50-

 言っていいのかわかんないけどパワーポイント作ってきたのこの人。
 あのね、オーディションでパワーポイント作ってきてそれ見ながら説明してたのこの人。忘れない、一生忘れないと思う。
 (中略)ヒバナさんがどうして今この姿で歌を歌いたいと歌いたいと思っているか、この歌詞を書いたかすごく分かったんだけど、(中略)私には歌しかないって奴が100人いたらもう誰もカリスマじゃないんだけど、じゃあなぜこの草野華余子を求めてここに来てくれたかということを、ちゃんとヒバナさんは私に説明してくれたかな。

同25:05-

 実際、ここまでできる者がどれだけいるだろう?YouTubeを根城としていて、慣れないSHOWROOMでのオーディションに出ることすら並大抵の者は躊躇するはずだ。ましてや最終審査に自作のプレゼンテーションを持ち込むなどという発想にたどり着く者があろうか。
 このエピソードだけで、百瀬の常軌を逸した、怨念とも形容すべき執念がわかるであろう。その執念こそが、「普段そういう人結構落とす」はずの草野氏をも魅入らせたのではないか。
 言うまでもなく、最終審査まで残るようなシンガーは皆歌唱力など当然に高い。その中で最後の一押しとなったのは────百瀬の恐ろしいまでの執着であった。
 それが楽曲として結実したものが「烈火」だとすれば、聴いているだけでその猛烈な激情に圧倒されるのは必然である。

 三千世界を焼く激情 百瀬が解放されるときは来るか

 一世一代の切り札をついに切った百瀬は、これからどこへ進んでいくのか。ほんの少し、ヒントと思われるやりとりが草野氏との対談の中にあった。

 (リスナーから公募した質問)
百瀬:もしもう一度わっちの曲を作るとしたら、どんな曲にしますか?どんな感じに歌わせたいとかありますか?
草野:そうですね、優等生ではないけども、殻の中で自分の想いを解放できてなかったヒバナさんがちょっとできたと思うんですねちょっと。
 (中略)燃えた先でもう一回、初めて希望の光を見たみたいな曲にするかなあ。(中略)すごいその、ファンの層がいいなと思って。来世まで一緒に燃え尽きてもいいから応援しようという人多いじゃないですか。そういう人たちと一緒に希望を見られる曲にしたいかな。今は全部燃え尽きてもいいし歌えたら消えてなくなってもいいってずっと歌ってたヒバナさんが、初めて燃え尽きちゃ困るなってものを見つけた歌にしたい。ファンのための歌にしたい。
百瀬:それ言われたんですよ。凄くエゴサをよくするんですけど、「烈火」を聴いたあとあるファンが正しく同じことを言ってて、わっちオリジナル曲が「烈火」の他に4つあるんですけど、(中略)ファンのそのツイートにもあったんですけど、いつか希望が見たいって。希望が見えるんだったらもっと応援したいけど、今わっちの中にあるものは歌に対しての絶望しかないから、いつか希望を見いだせるんだろうかみたいなツイートを見たときに、ごめんって思ったんですよ。

同43:50-

 1stシングル「不死鳥」、2nd「斜陽」、3rd「果実」、そして「シュピーゲル」「烈火」。これまで世に出してきた5作はどれもこの世を儚み、あるいは嘆き、時には打ち克つべき敵として対立してきた。彼岸に住まいし虚にとって、此岸の世とは試練の地であり、立ちはだかる壁であった。
 そんな百瀬がもし、此岸と和解できる日が来るなら、そのとき紡がれる歌はどんなものになるのか。
 今は気炎万丈、三千世界を焦がす炎となって燃え盛る百瀬が、人心を暖め、大地を色づかせる温気になる時を見たくないといえば嘘になる。
 己の身を音楽の業火に投げ入れた虚の行く末を見たくて、いつかその執念が祝福の陽光に変わることを夢見て───私は来世まで灰になる覚悟を、固めたのである。

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