母の言葉

母は、29歳の時、私の父、、夫を心臓麻痺で突然亡くしました。
私は、5歳。
姉、8歳
弟、3歳
一番下の弟は生まれて15日目でした。

母は、それから、会社に働きに出ました。

そして、会社から帰ったら、9人分の食事を毎日つくり、
お姑さんに仕え、11時まで実家で家事。

私達こどもは、晩御飯だけ、おばあちゃんちで食べたら、
二件先の自分たちの家で子どもたちだけで、帰って、
こどもたちだけで寝る。
お姉ちゃんがお母さん役でした。

そして、母は、11時に私たちのところに、帰ってきて、
私たちのことをしてくれて、もう一度、出かけます。
夜中12時から夜中の3時まで、居酒屋さんのお皿を洗いに行きます。
でも、私たちは、全然寂しくなかった。

それよりも、そんなハードな仕事の仕方を続けてきたので、
私は、ずっと早くお母さんを楽にさせてあげたい!って
思い続けてきました。

そして私が、大人になったある時、お母さんに
「お母さん、あの時、大変やったやろ?

四人もいたから、再婚も出来ず、
夜中まで働いて、私なら倒れてるわ><」と、
かわいそうに思いながら言ったことがありました。

すると、
「あのな、、、
四人いたから、生きてこれてんで~。
4人いててよかったわ。
こども、一人とかやったら、頑張られへんかったかも。
あはははは~(笑)
でも、ほんとにあの時が、一番楽しかったわ♪」

と、夜中のお皿洗いも楽しかった~っと、
わくわくしながら答えてくれました。

私は、パラダイム・シフトしました^^

私は、母親として「被害者」意識を持たないことがこどもにとって、
とっても大事だと思うのです。

これは私の好きな話です。

昔、台所のシンクのことを「流し」って言いました。

昔、日本は、お姑さんのことやいろんなことで、
お嫁さんも辛いことが多かった時、

お母さんは、家族に背中を向けて、お皿を洗いながら、
辛いことも、いやなことも、涙も、
洗い物と一緒に水に流す。

そして、洗い終わった時、涙も流し終わり、
笑顔で家族の方へ向き直る、、。
「流し」にはそんな意味があるそうです。

感情を無いものにするのではなく、
ちゃんとしっかりと感じて、洗い流し、清めて
笑顔で家族に向き直る。

こういうリアルなお母さんって強くてかっこいいなぁって思う。
そうありたいな♡

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