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フランソワ・クープラン「クラヴサン曲集第1巻」プログラムノート(第1オルドルその1)

 大変気ままではありますが、第1オルドルから少しづつ個人的なコメントのようなものを不定期に書いてみたいと思います。解説、分析などという偉そうなものではなく、もう少し気楽な短いものを考えています。10年以上前になりますが、都内のある個人スタジオで1巻から4巻まで順番に、「生演奏付き」全曲解説セミナーを4年にわたって開催しました。演奏は私自身での他、国内、海外在住の多くの邦人の方々にお願いしました。聴衆は愛好家から学生、プロの奏者まで多くの方に参加していただき感謝でした。その時調べたものから比べれば様々な情報がアップデートされたものの、未だ判らないままの件も多い実情です。1ページも見つかっていない自筆譜、手がかりのない題名、消失した曲。逆にそれが私達の想像力や探究心をかき立て、心を豊かにしてくれるような気がするのです。もし私の考えが頓珍漢だとしても、クープラン先生は多分許してくださるでしょう。それよりも300年も先の遠い東の果てで、まさかこんなに多くの人があなたの曲を愛し、奏で、議論までしていると驚かれているに違いないと(いや、ふふん当然だ、とおっしゃっているかもですが)。
 というわけで随時、加筆訂正は行っていきます。ここは間違いでは、こういう意味なのでは等、ご意見、ご感想、是非いつでもお知らせ下さいませ!

全曲プログラムノート第1回 第1オルドル その1 
◆第1巻 1713年パリ出版 
 出版資金を提供したとみられるChristoph-Alexandre Pajot de Villers氏に献呈された。その名を冠した作品(これがまた名作!)が第5オルドルに載せられておりクープランの感謝の念がうかがわれる。この人物に関しては後にご紹介しよう。
 その出版が長く待たれていたという第1巻は5つのオルドルから成り、巻末には見開きの大規模な装飾表も掲載されている。全4巻で27オルドルという観点からすれば(27=3の3乗、フリーメーソンと関係するという説もある)少なく見えるが、1つのオルドルに含まれる曲数の多さにおいて(特に第1、第2オルドル)他の巻を圧倒している。第4オルドル以外は前半が典型的な舞曲の並ぶフランス風組曲の形を取り、後半は標題付きの小品によって占められている。といっても舞曲が下敷きのものも多い。オルドル内では同主音を持つ長短調の曲が入れ替わるが、1曲の中の前後半で変わるものもある。オルドルは全曲通して弾くべきか、という議論もあるが1巻はクープランがそれまでに書き溜めたものを一気に放出している感も否めず、私個人は抜粋して演奏する事が多い。前半の舞曲のみ弾く、というのもありだろう。
 2016年から、とうとうベーレンライター社が音楽学者Denis Herlinの監修のもと、新校訂版の刊行を開始した。毎年1巻ずつかと思いきや、やはり時間がかかっており、これを書いている2024年2月現在、第4巻は未だ陽の目を見ていない。こちらの充実した内容の序文は英仏語で掲載されているので、興味のある方は是非ご覧頂きたい(ベーレンライターだがドイツ語はない)。1980年代前半にKenneth Gilbert版が出版された当時と比べると、新たに見つかった当時の増刷譜面(16刷まで確認されている)、その他の新研究による情報量は段違いである。ただ、楽譜としては音符、とくに装飾音(オリジナルに従い2つの違う大きさで印刷されている)の印刷が小さいのが難点かもしれない。譜めくりをなくす、或いは減らす意図はオリジナルに従った、というのは理解するのだが。

*以下記事内の m番号 はベーレンライター新版での小節数を表す。K.ギルバート校訂Heugel版はアウフタクト小節をカウントしていないなど、数字が違うのでご了承願いたい。音高はフランス式表記による。
 
序文:noteの前回投稿をご覧いただきたい。
第1オルドル:調号♭1つのト短調系で開始される。伝統的な第1旋法4度上げ感覚だろうか(旋法的な音使いもあちこちに香っている)。同時代フランスの作曲家ではM.Corretteが同様。G. Le Roux やL.Marchandは調号無しニ短調系で曲集を開始している。バッハのフランス組曲などの1番がニ短調、というのも第1旋法の名残であろう。オルドル内の最高音はdo5(2曲のみ!に出現)、最低音はSolで全曲の終止に必ず使用される。もし既存のプレリュードを弾くのなら「クラヴサン奏法」掲載の第3番ト短調であろう。もちろん即興か作曲するのが好ましいだろうが(私もそのうち作ります汗)。
 
まずは前半の舞曲7曲。
 「Allemande l’Augusteアルマンド・オーギュスト」元はラテン語のAugustus で、尊厳ある者、のちに皇帝を示す最高称号となった。1728年リヨンで発刊されたリシュレ辞書では完全、豪華、偉大、敬うべきもの、という記載がある。神聖な、皇帝の、厳かな、などといった形容詞と考えるか、もし人物であればルイ14世、又はメーヌ公爵ルイ・オーギュスト・ド・ブルボン(ルイ14世とモンテスパン夫人の子息)、さらなる可能性としてはオーギュストの渾名を持っていたジェイムス2世も有力だ。イングランドから亡命してきたスチュアート朝の王でサン・ジェルマン・アン・レーに居住を許可されていたが、1701年には亡くなっている。第1巻の第1曲に存命中の王族を持ってくるのも数々の理由からリスキーだとも思われる。まあクープランの言うとおり詮索はやめておこう。
    冒頭のカデンツでの調確立、その後の厚い和音を伴ったラメントバス下降でドミナント和音へ移行、というだけで既にドラマチックな展開が否応にも予期される。クラヴサン奏法の第3プレリュードとほぼ同じ作りであるので、やはりこれを前奏に弾くのも良かろう。右手は3小節かけての上行、m4からは左手が高い位置に置かれ声部も減り、響きに軽さが生まれる。後半の開始はRé音が保続的に使われ、最高音do5(この1箇所のみ)から3小節かけて下降、冒頭との計算された対比を産んでいる。付点16分音符と32分音符の組み合わせでのイネガル指定がほぼ全曲を通して使用されているが、m11、12のみ4連続の16分音符に付点がないことに注意したい。m15の偽終止は、このまま長調では続けられない、といった切ない感じがやるせない。タイトル通り全体を通じて仰々しく荘重で気品高いアルマンドとなっている。

 「Premiere Courante, Dessus plus orné sans changer la Basse 第1クーラントと、その低音を変えずにより装飾された高音部」「Seconde Courante 第2クーラント」 クープランは1726年に出版した室内楽曲集 “Les Nations” でもフランス様式クーラントを各組曲に2曲ずつ置いたが、この1巻も同様である。Les Nationsでは2番目のクーラントにUn peu plus vite, Un peu plus vivement, Plus marqué, Un peu plus gayëmentと4曲とも違った表記が添えられているのが興味深い。ざっくり言えば2曲目の方がいつも少し速めで溌剌としたキャラだろうか。そういった指示は見られないものの、この1巻中4曲の「第2クーラント」も同様の傾向と考えて良いだろう。しかしなんと言っても第1クーラントの右手装飾例が載せられていることには感謝したい。彼はこれに続く第2クーラントとサラバンドの最後部繰返しPetite reprise部の装飾、ガヴォットの右手、メヌエットにはdoubleを掲載した。第2オルドル以降にはほぼ見られないことである。そこで我々はいつも問いかけられるのだ、、、書いていなくても自分でこのくらいの装飾はするべきなのかということを。クープラン本人や弟子達は普通にそうやって弾いていたのではないか。
     昔、全てのクーラントのフレーズの終止、2拍子、3拍子の入れ替わりの規則性などがないか全部書き出してみたことがある。確かにある傾向が認められるものもあるが、多様性による絶妙なバランスとしか言いようのない世界が展開されていた。この2曲では第2クーラントの方が少しだけ長い。前半最後にはこのまま終わるのを躊躇うようなフレーズが置かれ、後半はPetite repriseの指示があり後ろ髪を引かれる。私が弾いていて個人的にツボなのは、両クーラント共に出現するmi♭/mi♮などの隣接する対斜(バスとソプラノ)である。

 「Sarabande la Majestueuse サラバンド 荘厳」 こちらがルイ14世の肖像という説もある。確かにSa Majesté は「国王陛下」であるのだが、そうだとすると全体を通じて漂う悲壮感や、m19の驚きのクラスターが生み出す絶望的なまでの響きは晩年の王の苦しみなのか(没後7年経っているとはいえ表現がダイレクト過ぎはしないか?)。後半の、そっちに行くか!という転調、m11に出現する変イ長調和音の処理の仕方によって音律も決定されるだろう。オリジナルのページ下段には「Petite reprise de cette Sarabande plus Ornée que la première このサラバンドの第1のものより装飾の多いプティット・ルプリーズ」と記された5小節。その左手にはトランブルマン・コンティニュー(継続するトリル)という使用頻度の低い装飾の指示が見られる。

 「Gavotte, Ornemens pour diversifier la Gavotte précédente sans changer la Basse  ガヴォットと、その低音を変えずに変化させるための装飾」 こちらもクープランが作った装飾ヴァージョンが載せられているが、第1クーラントの説明文と少し変えられているのはなぜだろう。もとから装飾が多いところに、さらに隙間を埋めるように音が散りばめられ、m12には彼が自ら「優美で遅い曲以外には使わない」と説明しているSuspension=音を遅らせて始める装飾の記号が付けられている。もともと遅めのガヴォットであるが、装飾版はさらに少し遅めでも良いかもしれない。というか装飾音を全部指示通り入れるには、ある程度のゆったりさが必要になる。冒頭のラメントバスから1オクターブ下降するなだらかな前半のバスラインに対し、後半のそれはより動きがあり半音進行なども見られ、全てにおいて対比が巧みである。僅か1分半のこの短い舞曲がどれだけ魅力的なものに仕上げられているのか、ゆっくり味わって頂きたい。

 「La Milordine Gigue  英国貴族 ジーグ」 英語のMy Lordをフランス語風にしている。都内の某駅ビルの名前が「ミロード」というのはここから来ているのか。オルドル最終曲のタイトルにもある、パリ郊外のサン・ジェルマン・アン・レーに住んでいたスチュワート家の亡命貴族のことかもしれない。クープランもこの地に住んでいた時期がある。m5などの右手の跳躍するフレーズ内に、1つの鍵盤上での指の置き換えを含む指使いが「クラヴサン奏法」46ページ(原著)に示されている。「指を替えることによって、どれだけ演奏にレガートをもたらすことか!」とクープランは言う。現代楽譜にはさすがに、当時の彫版師が拒んだ「指使い数字」が印刷されているので有難い。このジーグはいわゆるイタリア様式だが、元々は英国起源とされている。右手の頻繁な跳躍音程は分散和音というより、情感たっぷりの器楽的な旋律に思われる。それでいて軽快で颯爽、ダイナミックな珠玉の一品。

 「Menuet, Le double du Menuet cy dessus se joüe avec la même basse メニュエ、同じバスで弾くメニュエのドゥーブル(変奏)」これも右手の変奏がページの下方に載せられている。2分音符と4分音符によっていた旋律が8分音符に分割され動きが大きくなっている。16世紀から見られる音値を細かくしていく変奏方法(ディミニューション)である。この変奏により「ヘミオレ」という拍の取り方の変化の箇所が変わってくることにも注意したい。ジーグの後にメヌエットというのはJ.S.バッハの組曲に慣れてしまった耳には新鮮かもしれない。当時のフランス人作曲家の鍵盤組曲ではジーグの後にまだ何か続く、というのはしばしば見られることである。

ここまでで舞踏組曲は一旦終了する。舞曲全体の総括と、このあと続く11曲はまた来月にでも。                                     2024年3月2日

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