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F.クープラン「クラヴサン曲集」プログラムノート第2オルドルその2

第2オルドル後半12曲(数え方によって少々違う)は名作がめじろ押しである。調号無し二短調系と#2個の二長調系が交替する。
「La Charoloise シャロレ−ズ」 ファクシミリ譜面ではわずか2段、14小節(前半6小節、後半8小節という非対称性にも注目)のジーグ風小品。マドモワゼル・ド・シャロレと呼ばれたクープランの弟子、ブルボン=コンデ公の娘ルイーズ・アンヌ(1695年生まれ)が最有力候補だろうか。前出メーヌ公爵夫人の姪にあたる。単一主題に単純な左手の伴奏といった装いだが、最終部分、突然の両手の10度並行で煌びやかに変身する。こういった音も少なく短いのに妙に気が利いているところが、やはり普通の作曲家ではないと痛感する。
「La Diane, Gaÿement, Fanfare pour la Suitte de la Diane ディアーヌ、陽気に、ディアーヌの続きのファンファーレ」素直に考えてローマ神話の「狩りの女神ディアーヌ」であろう。英語でダイアナ、のほうがぴんと来る方が多いだろうか。溌剌とした女神が手に弓を持ち駆け回る。月、樹木、豊穣の神でもある。メーヌ公夫人の従姉ヌヴェール公夫人のあだ名でもあったようだ。4/8という新しい拍子記号は速さを意識したのだろう。ラッパの音そのものの「狩りへのファンファーレ」とのペアは、やはりディヴェルティスマン用の作品の可能性を匂わせる。
「La Terpsicore, Modérément, et marqué テレプシコーレ 中庸に、はっきりと」 9柱のミューズの中で舞踊を司る。画像ではリラを手に持つ。これは当時としては珍しい女性作曲家Elisabeth Jacquet de La Guerreエリザベト・ジャケ・ド・ラ・ゲール (1665-1723) に捧げられた肖像画であることに疑いはない。5歳の時からルイ14世の宮廷で演奏をするなど、天才少女の名を欲しいままにした。彼女のクラヴサン曲集第2巻(1707年)の中にある「シャコンヌ Chaconne」が同じ調性でモティーフも似ている。実際彼女は「テレプシコーレ」とクラヴサン曲集第1巻巻頭のエピグラムの中で讃えられている。クープランとどのような親交があったのかは不明だが、面識がなかったとは考えにくい。曲想からは明るく大胆で威風堂々、それでいて気品ある人物が想像できる。名ポートレートの1つであることに間違いない。
「La Florentine, D’une légéreté tendre フロランティーヌ、優しい軽快さで」 形容詞と考えれば「フィレンツェ風」となるが、確かにイタリア風ジーグではある。人物の可能性としては劇作家・俳優のフロラン・ダンクールFlorent Dancourt、シャルトル公の愛人でフロランスと呼ばれたダンサーなどが挙がっている。1707年にバラールが既に出版しているので人気曲だったのだろう。12/16拍子という特殊性(当時フランスでは12/8もまだ新しいとされていた)のため、1719年にオットテール・ル・ロマンが出版した《横笛における前奏技法 L’Art de Preluder sur la Flute Travesiere op.7 》の中に冒頭が譜例付で紹介されている。12/8より速いと考えられるが、クープラン独自の表現である「優しい軽快さ」という記述が興味深い。ほぼ2声で書かれているが、冒頭いきなりの両手の休符に始まったばかりの音楽を遮られ驚く。次第に両手の距離は離れて行き、右手の最高音 do (第1巻での最高音)が出て来るところで第1のクライマックスを迎える。このように両手が離れたところで1声ずつ弾かねばならない時は、ことさらに楽器の鳴り方のバランスが問われるというものだ。
「La Garnier, Modérément ガルニエ、中庸に」 これもほぼ人物が特定されている。ガブリエル・ガルニエ Gabriel Garnier はアンヴァリッド(Les Invalides 廃兵院、今年のオリンピックではマラソンのゴール地点だそう。)とヴェルサイユ王室礼拝堂のオルガニストであった。クープランは彼の娘の代父にもなっているところから、同僚という枠を超えて家族ぐるみの交流があったのだろう。私の個人的な第1巻の超「推し」の1つである。初めの非和声音での開始から持っていかれてしまう。低めの音域がとりわけ魅力的で、豊満な響きの楽器を持っていたことが想像される曲である。
「La Babet, nonchalammant バベ、のんびりと」 エリザベトの愛称。バベと呼ばれた歌手、踊り子は複数いたようだ。前半は短調でのらりくらりとした雰囲気の2本の線が曖昧な和声を生んでいる。後半は長調になりUn peu vivement (少し快活に)との指示、いきなりカナリーのような符点のついたギャロップリズムで走り出す。少しどころでなく、とても元気になった。左手はいきなり2オクターヴの大胆な下降、その後の7度のゼクエンツなど人格が豹変するのが楽しい(前半は猫かぶりだったのか?)。
「Les idées Heureuses, Tendrement sans lenteur 幸せな想い、優しく遅くなく」 この時代のイデーには様々な意味があったという。思想、思い出、想像、空想、着想、概念、意見、ヴィジョン、、、何が適切なのだろうか。短調で情感溢れる曲想からは、どちらかといえば辛い想い出のようなものが見え隠れする。右手は2つの旋律が重なり合い、音を残しつつも1つの線を形成してゆく。そのための綿密な指使いも指定されている。クラヴサン奏法書内の第5、7プレリュードに似た音形が見られるので参照していただきたい。この曲はクープランの肖像として残っている André Bouys の絵画(残念ながらそれを1735年に版画にした J.J.Flipart のものしか見つかってはいないが)に登場する。指輪をはめ、やけにふっくらとした左手が書きかけの楽譜の上に置かれているのだ。拡大してみるとタイトルは判読出来るが、音符は冒頭1小節も充していない。どういう過程でこの楽譜を肖像画に使うことになったのだろうか。確かに彼らしい書法による名曲ではあるのだが。
 
さて、この後の5曲は特定の人物像かもしれない。
「La Mimi, Affectueusement ミミ、情熱的に」 短調曲。前出フロラン・ダンクールの娘という説もある。彼女も女優であり、父の書いた劇で人気を博したそうだ。動きの多いメロディーが使われ、キャラの立った魅力的な小品に仕上がっている。最後部、ヘミオレが続いて拍子が不明になって終わってしまうところなどが面白く、もしかするとそういう性格の人物だったのかもしれない。
「La Diligente, Légèrement 勤勉、軽快に」 Richelet辞書 (1728年)によると diligent = 何かを素早くする人、という意味もある。楽譜を見ただけでもほぼ全面が16分音符で真っ黒に埋め尽くされており、上へ下へとても忙しそうだ。6度などの順次下降と2度で繰り返すモティーフが対比的に使われているとても饒舌な長調の作品。まさに無窮動である。
「La Flateuse, Affectüesement  おべっか、情熱的に」 この後の3曲は短調に戻る。2つ前の「ミミ」と少し似た性格?の情熱的な作品。左手は2声中心で対位法的な動きもあり、厚めな支えとなっている。後半はリズムが多様になり飽きさせない。しかし聞かせどころ、という大事な箇所で私には届かない10度が左手に続出するのがなんとも悔しい!クープラン先生、手が大きかったのですね。
「La Volupteuese, Tendrement, &c. 官能的、優しく、など(エトセトラ)」 第2オルドルで唯一のロンド形式である。表記に「エトセトラ」などと書いたのはクープラン以外に誰かいるだろうか。何でもよいのか、ご自由にどうぞということなのか。テノールがいつも遅れてくる、速めの子守唄のような音形がほぼ3声で続く。第2クプレと第3クプレの冒頭アウフタクト部が全く同じなので、あれ、繰返したの?と見事に騙される。正直何が享楽的なのか私にはよく判らないのだが、なかなか面白い雰囲気の曲になっている。
「Les Papillons, Tres légèrement 蝶々、とても軽快に」 6/16拍子はJ.S.バッハの鍵盤トッカータ(BWV912 二長調)最終部分などにも使われている。やはり新しい記号で、6/8拍子のものより速いという意味だろう。蝶々がひらひら、というよりもどこかばたばたしているし、動きが大げさなところがあるので何だろう、、、と思っていたら、当時の踊り子が頭に刺す飾りピンの意味があったという。ピンの頭に宝石などがついていれば、それは目まぐるしくキラキラ跳ね回るだろう。「パピヨン」は尻軽女という侮辱的な意味もあるようだ。第1オルドルの地味な終わり方に反して、最後に派手な聞きばえする曲を持ってきた。これで終われば拍手喝采間違いなし、といったところである。

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