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F.クープラン「クラヴサン曲集」プログラムノート第2オルドル その1

   続きを始める前に最近目にした新情報(未確認なのだが)を書いておこう。ヴェルサイユ宮殿所蔵、作者不詳のクープランの肖像として伝わっていた絵画(タイトルの画像)の成立年代が、どうも今まで考えられていたより古いらしいのだ。つまりこれはフランソワでなく彼の父か叔父のものではないかというわけである。確かにもう一つの銅版画の肖像とあまり似ていないなー、と前から思ってはいたのだが。。。
 
第2オルドル : 全4巻を通じて最大規模の23曲(数え方で多少変わる)からなる。全部繰返しして通奏すると40分以上かかることもあり、そのような演奏会はめったにお目にかからない、というか私はライブで通して聞いたことがない。第1オルドル同様前半が舞踏組曲、後半に標題を持った曲が並ぶ。前半は1曲を除いて調号なしのドリア旋法の香りを残すニ短調系。第1オルドル(ト短調系)との並びは伝統的といえよう。
「Allemande La Laborieuse  アルマンド 労苦、骨折り、勤勉
Sans lenteur ; et les doubles Croches un tant-Soit-peu pointeés
遅くなく、16分音符は少し符点を付けて」
セミコロン以降の説明書きは4刷(1717年7月以降)になって加えられた。つまり16分音符の符点を彫らずに出版したらイネガル(不均等リズム)で弾いてもらえなかった、という事だろう。第1オルドルのアルマンドを見れば判ってもらえるはず、というクープラン先生の誤算である。しかし当時のフランス人でもイネガルは言われないとやらなかったのか、それともイタリア趣味の速いアルマンドと思われたのだろうか。m.12の上声のリズムはそれこそ Allemande l’Auguste に同じモティーフが出現するので、初めの16分音符には符点をつけたい。
    冒頭左手の定型アルペジオによって調を確立、続いてほぼ半音階での4度上行での緊張に対し、上声はジグザグの十字架音形を多発しながら下降し、左手に同じモティーフを1オクターヴ下でバトンタッチする。この主題は少しづつ形を変えながら随所に散りばめられ、全体が対位法的に設計されている。第1オルドルのアルマンドとはかなり景色が違う。そういう作曲法が「労苦」を表しているのかもしれないが。個人的に音作りのツボはm.4の2拍目四六和音とそれに続く空虚5度、m.9 の2拍目驚きのfa# と続いての6度和音(ré-fa#-si)、さらに m.10で増5度和音が出るあたりの「何処に連れて行かれるのか」感覚だろう。後半はI調ドミナントでの終止からいきなりIII度調(ここはヘ長調)で急に広い道に出たような気分だが、これはクープランが好きな筋書きのようだ。J.S.バッハのフランス組曲第1番の同じニ短調のアルマンドが脳裏にちらつくのは、冒頭楽句の類似のせいであろうか。
「Premiere Courante第1クーラント」 「Seconde Courante 第2クーラント」 性格の異なる魅力的なペアのクーラントである。同じモティーフも使用されているが、2つ目の方がゼクエンツの多用などもあり、いっそうダイナミックな展開を見せている。第2クーラントm.12,15に装飾記号 ∾  double が音と音の間に印されている。これはクープランの説明の無い例の1つであり、処理は奏者が決めねばならない。メロディ内にしばしばみられる6度跳躍のもたらすアフェクトにも注意されたい。
「Sarabande la Prude サラバンド 貞淑」 第1オルドルのものとは対照的に空の10度(不完全和音)で開始、軽い足運びだが十分にメランコリックである。後半長調に変わったところ、m.16に1箇所だけ6声の充実したアルペジオ指示を持つ強力なドミナント和音が突如現れる。クープランの常に熟考された声部の数には十分な注意を払いたいものだ。冒頭と最終部のバスの上行半音階(完全ではないが)はゆっくりと息を吐きながら緊張感を持って演奏したい。タイトルの意図は不明。
「L’Antonine, Majestuesement, Sans lenteur アントニーヌ、 荘厳に、遅くなく」 突然の長調で、舞曲の標記もない3拍子の元気な短い曲。前のサラバンドの続きとも取れなくないが、一体アントニーヌとは誰なのか、なぜここに置かれたのか。直前のサラバンドから2つ先のメヌエットまでの4曲はファクシミリの楽譜では見開きページ、1曲が3段づつのレイアウトである。この順番は意図されたものでページの余白を埋めるものではないだろう。
候補の人物として挙げられるのはアントワーヌ・アミルトンとフランス式の発音で呼ばれていた Anthony Hamiltonというサン・ジェルマン・アン・レーに住んでいた亡命貴族あたりか。踊りの名手だったようだ。
「Gavotte ガヴォット」 再び短調に戻る。この後続く4曲の舞曲も全て短調なので、やはり「アントニーヌ」の特異性が問われるだろう。こういうレイアウトはファクシミリ楽譜でないと解らないのだ。拍子は2で第1オルドルのガヴォットより軽めであろう。冒頭アウフタクトだけ聞くと、ルイ・マルシャンのクラヴサン曲集第1組曲(1702年)のガヴォットと調も同じで間違えそうだ(バロック・イントロクイズとかに使える?)。記譜に8分音符のみの連続 (m.2) と符点8分+16分音符のペア (m.8) によるものがあるのは、やはり区別する意図なのだろうか?
「Menuet メニュエ」 高い位置の10度並行で軽やかに始まるものの、左手の減4度跳躍や、2小節目からやってくるヘミオレのリズムに驚かされる冒頭部分である。全体的に軽快な雰囲気を持つ。後半は旋法的な音色傾向が強い。終止和音は何と6声でいきなり堂々と終了する。
「Canaries, Double des Canaries カナリーとその変奏」 カナリア諸島を起源とする舞踊とされる。鳥のカナリアもここが故郷である。T.アルボー著《オルケゾグラフィー Orchesographie》によれば、ある仮面舞踏劇mascaradeで扮装して踊られたものが由来という記述がある。このオルドルでは唯一変奏ヴァージョンを持つ。前半は右手が8分音符に細分化、左手の変化はない。後半は左手も8分音符でのアルペジオが使用され違った顔を見せる。ドゥーブルにしか起きないカデンツ3箇所のヘミオレにも注目したい。
「Passepied パスピエ」 ブルターニュ地方起源とも言われるが、そちらは2拍子系(ブランルというダンスに近い?)で、3拍子になった経過は不明である。フランス語の元の意味はpied =足、passer=通過する、移る、越す、はみ出る。ブロッサールの音楽事典 (1703年) に「快活で陽気」という説明がある。ルイ14世宮廷でも人気だったようで舞踏譜も多く残っている。前半短調、後半長調の2部構成。長調になってからは少々のんびり、田舎っぽい空気が感じられる(のは私だけかもしれないが)。
「Rigaudon リゴドン」 南仏プロヴァンス起源の快速な2拍子の舞曲。フランスから他の欧州に広まり、特にイギリスで人気となった。これも2部構成で後半が長調になりさらに勢いが増す。ほぼ2声で書かれ、左手がいつも高いところから勢いよく降ってくるのが印象的である。
 
ここまでで前半10曲が終了、後半の表題曲は次回に。

以下この数年で出版された日本語で読める古典舞曲関係2冊をご紹介しておく。
◆トワノ・アルボー著、古典舞踏研究会原書購読会訳『オルケゾグラフィー – 全訳と理解のための手引き』
道和書院2020年
◆浜中康子著『舞曲は踊る − バッハを弾くためのバロック・ダンス入門』音楽之友社2022年

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