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F.クープラン「クラヴサン曲集」プログラムノート第1巻第5オルドル その1(短!)

第5オルドル:オルドル前半の風景は、再び伝統的「フランス舞踏組曲」に戻る。舞曲は5つ。後半は第1から第3オルドルと同様、魅力的な標題作品が9つ並ぶが、最後の「波」に至るまで異常とも言える6/8曲の連続、それも名作が稠密している。このオルドルの前には是非「クラヴサン奏法」掲載の同じ調性の前奏曲第5番をアミューズ・グルとして味わいたいものだ。これもまた絶品で、これからサーヴィスされるフルコースの料理への期待がますます高まる(ので私は必ず弾くようにしている)。
 
では前半の5つの舞曲から。#3つ調号(ファクシミリ楽譜では5つ付いているが、これはfa,solなどの重複による)のイ長調で開始、第2クーラントのみ同主短調となっている。
「La Logiviére Allemande Majestuesement, sans lenteur ロジヴィエール アルマンド、威厳を持って、遅くなく」 かなり長い間「ロジヴィエール」が誰なのか、何なのか不明とされていた。候補になる人物は複数いたのだが確証が得られず、苦肉のアイデアか「駄洒落」説まで存在していた。ベーレンライター新版校訂者ドニ・エルランによれば、René-Guillaume Landouillette de Logivière  ルネ-ギヨーム・ランドゥイエット・ドゥ・ロジヴィエール、1720年に亡くなったモール侯爵の肖像だろうということだ。彼は砲兵隊中尉でチェンバロ演奏が趣味だったのか、マラン・マレのヴィオール曲集第3巻の通奏低音分冊(1711年出版)を所有していたという(ヴィオールのソロパートとは分冊になっていた)。こういう時はやはり音楽に尋ねるのが一番の近道である。前半のタイ、係留の多いアルペジオ的な書法に加え、後半の開始部はどうだろう。いきなり停止した低音上に、延々と右手のみで奏でられる分散和音音形。どうしてもリュートやハープの「弦をつまびく」ような響きが想像される。音楽好きの侯爵のポートレートなのだろうか。IV度調二長調を経てからロ短調へと旅は続く。数々の場面展開の後やっと主調に戻った最終部、降り注ぐようなオクターヴ下降の連続には嫌でも心が躍る。あくまでも明るく、穏やかでいて快活な気分にさせてくれるアルマンドである。唯一悩ましいのは、16分音符をどの程度まで不均等、イネガルに演奏するかであろう。クープランお得意の「遅くなく」指定であるし、他の1巻のアルマンドに出現する32分音符を用いた書法は一切見当たらないのだ。
「Courante クーラント」 他オルドル同様、フランス風クーラントが2つ続く。判り切っているからだろうか、他オルドルのクーラント同様、テンポに関する表記はない。しかし拍子記号が「3」のみであるところにどうしても目が行ってしまう。第2クーラントも然り。今までの1巻内6つのクーラントは全て「3/2」で書かれていたのだから。クープランはガヴォットには3種の拍子記号を使っており、その意図は明らかなのだが、クーラントでも何かしらの差があるのだろうか。筆者にはあまりキャラクターや基本的なテンポの差が感じられないのだが。ルイ・クープランに1曲同じ調性のクーラントがあるのだが、冒頭などの雰囲気はどこか似たものがある。叔父の作品を見ていないわけがないだろう。しかしその後の転調やゼクエンツの目立つドラマチックな展開など、フランソワの音楽はさすがに時の流れを感じさせる。
「Seconde Courante 第2クーラント」 同主短調であるイ短調。第1クーラントよりコンパクトな作りだが、後半部分でいきなりダンサー達の動きがパタっと止まる。優雅なステップから突然表情の鋭いパントマイムに移行、その意外な瞬間に舞踏会の客達もフリーズ、、、。その後も拍子が全く判らなくなるような短い単位での上昇ゼクエンツが連続し、最後はぶっちぎりヘミオレカデンツで終了!となるのだ。え、これってクーラントなの?と戸惑っているうちに曲は繰り返され、再び一時停止に。クープランが人を驚かせるのに成功し(彼はそういうのが嫌いだったはずなのでは?)舞台袖でニヤニヤしているのが眼に浮かぶ。
「Sarabande la Dangereuse, Gravement サラバンド 危険、 重々しく」 びっくりクーラントのあとは危険なサラバンドである。これは多分「曲名あてクイズ」をやっても絶対正解者は出ないだろう(前のクーラントの方がよっぽど危険?!)。どこが、何が危険なのか正直全くわからない。堂々としていながら非常に繊細である。見かけと性格の全く異なる人物を表しているのかもしれない。6声による豊穣な響きと、2声だけの透明で軽さを感じさせる部分の対比が実に絶妙である。フュルティエールの辞書(1690年)によると危険な人物とは「勇敢かつ残酷で、彼に戦いを挑むのはやめた方が良い。また信条や素行が堕落している。」ということだ。
「Gigue ジーグ」 6/4のフランス風ジーグ。ソプラノが一人で高らかに歌い上げる主題は、まずオクターブ下のカノンでアルトに受け取られ、その後さらに4度低いテノールにバトンタッチされ、、、という対位法的な書法に始まる。後半はほぼ2声で書かれているのに、どうしてこんなに生気溢れる豊かな(語彙不足)音楽なのだろう。こちらも同じ調、同じ形式でルイ・クープランの作品があるが、これも名曲であるので是非聴いて頂ければと思う。やはり才能は遺伝するのだろう。1点、記譜で留意したいのは Petite reprise のm.34左手最低音、Do#音符の形状である。二分音符が丸でなく菱形◇になっている。この説明はクープラン自身によって1巻末の装飾記号表に記載されているが、3曲あとの「Bandoline」で再び登場した時にまとめて書こう。
 
今回は短いがここで幕間としたい。しかし何と色彩豊かな5曲だったのだろうか!

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