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F.クープラン「クラヴサン曲集」プログラムノート第3オルドル その1

これを書いている時点(2024年6月夏至の後)では、ベーレンライター楽譜出版社の新刊紹介欄にクラヴサン曲集第4巻の「お知らせ」はまだ見つからない。去年、コンセール・ロワイヤル新エディションの方が先に出版されたので、今年中の発刊はあまり期待出来ないのかもしれない。案の定かなり遅れているようだが、その分、新情報満載を強く望むところである。

第3オルドル:前2つのオルドルより規模は小さいが同じ構造を持つ。前半は短調系の舞曲が6曲、後半は同主長調系との交替が見られる標題音楽7曲、合計13曲という組み合わせである。ハ短調だが調号にフラットは2つしかないことにご注意(当時の書法)。17世紀末〜18世紀のフランスの教則本には、この調性のキャラクターは嘆き、悲しみ、暗さ、優しさ等と言及されている。後半からのハ長調との対比が否応にも強調されるのだ。
「La Ténébreuse Allemande 暗闇、アルマンド」 第1、第2オルドルのアルマンド冒頭で見られた左手のアルペジオとは違って、重い足取りのウォーキング・ベースに始まる悲劇的なものとなっている。陰気、憂鬱、暗黒、蒙昧、隠密、不可解、謎めいた、、、と辞書に載っている言葉全てが当てはまりそうだ。こういったメランコリックな描写の裏には「恋愛の企てを隠し持つ恋人達」という比喩的な意味もあるらしい。クープランの数あるアルマンドの中でも最も重厚(grave)と言えよう。主題が上声、下声と続いて2回提示された後、m5の曲中(オルドル中でも)最低音Sol 0を伴う増和音にまず度肝を抜かれる。この内声部2拍目の ♮ (1拍目のsiに付けられたもの)が有効か?という議論も昔あったが、si♭ では普通になりすぎるだろう。憔悴した心を逆撫でするような64音符の上行モティーフを備えた単一主題が次々と他声部で繰り返され、両手で重複されもする。一瞬長調になっても変わらぬ重たさのまま、属調をかすめて最低音 Sol 0 で終止。続く後半は更なるまさかの展開が待っていた。初見で弾いた時の「何これ?!」という感覚はまだ記憶にあるくらいだ。後半開始部、上から降り注ぐような3度の分散和音にはまだ多少は可憐な雰囲気さえあるのだが、その後和音はどんどんぶ厚くなり、m17 に至っては6声にまで増加の一途を辿る。右手の下方からのアルペジオ指示記号は初めの2和音にしか付けられていないが、ずっと継続して良いだろう。左手もオクターブを分散するので、両手で楽器を掻き鳴らすイメージが欲しい。そして左手は違反も甚だしい減4度の跳躍!堂々と不気味な音形が5回もリピートされる (サムネイル画像の楽譜を参照)。おまけにSi (ソルミゼーション読みならMi )とMiという音は歴史的にみても不安定な音、などなどいらぬことまで想起してしまうのは私だけだろうか。このあたりの音域、楽器が本当に豊かに鳴り響くので余計におどろおどろしいのだ。ここまでやるか、というところである。単純に誰かの追悼音楽(トンボー)のようなものではなさそうだ。王族にこんなものを献呈したら不敬罪に問われるのでは、と勝手に心配したり。。。
「Premiere Courante 第1クーラント」 打って変わって軽やかなダンスが始まり、少々ホッとする気持ちを隠せない。3声による対位法的な動きも見られるが、必要なところには音が増やされていたり、左右の手が離れて2声のみになったり、常に楽器の響きの変化に耳を傾けたいものだ。しかしクープランは手が大きかったのだろう。バラして弾きたくない10度音程が(このあとのサラバンドにも)頻出するのは悔しい。
「Seconde Courante 第2クーラント」 第1クーラントより1オクターブ低いところから右手が開始され、全体的にダイナミックなキャラクターとなっているのは第2オルドルの時と同様である。m6 からの大胆な右手の裏拍和音を使ったゼクエンツは弾いていていつも楽しい。後半の開始部は「暗闇アルマンド」を想起させる、というかほぼ同じで、例の si-mi♭ の減4度まで出してくるのだ。
「La Lugubre Sarabande 悲痛、サラバンド」 明らかにアルマンドから引き継いだタイトルと楽想である。陰鬱、憂鬱という訳でもよいだろうが、辞書を引いていたら「フクロウが不気味に鳴く」という例文に目が止まった。死、喪を思わせる意味もあるので、やはり天然痘、はしかの流行で続々と命を落としていったルイ14世の後継ぎや親族に対しての悲しみ、という主題がこのオルドルには見え隠れする。まあ、音の不気味さからいったら第1オルドルのサラバンドには負けるだろう。後半、並行長調部分が割合と長く続くので救われるのだが、古典音律ではほぼ常に皺寄せの来る変イ長調の和音が出現するので、音律を選ぶには神経を使いたいところである。
「Gavotte ガヴォット」 拍子記号は第2オルドルのガヴォットと同様 "2" であるが、そちらよりは低めの音域で音楽も重めである。m3 で一瞬だが全3声部が同じリズムを奏し、足が止まったか、あるいは宙に浮いたような感覚を覚えるが、後半になると右手の6度並行を伴ってさらに大胆に現れる(m10 以降)。全員が同じ方向を向き、同じステップをしているようだ。6舞曲の中でこれのみ最低音 Sol 0 が使用されず Do 1 止まりなのも意図的だろう。
「Menuet メニュエ」 5度、4度跳躍する主題が再び軽やかな気分にさせてくれる。小皿に乗った美しい砂糖菓子のような小品。劇的な曲が続いた後、こういった何気ないフレーズの繰返しは安心感さえ呼び起こす。

ここまでの6曲は、3曲ずつ2グループに分けられるだろう。すなわちゆったりして重たい「憂鬱」が、軽快なテンポの2曲を従者とする。プログラムの時間などに制限があるのなら、ここまでの6曲だけ選ぶのもお勧めしたい。
 しかしこの後、ここまで弾いて来た誰もが驚くような明るい展開が待っている。それは次回ということで。
 

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