セイバーメトリクス

 MLBでは20年程前から使われており、ここ数年でNPBでも注目され始めたセイバーメトリクス。日本語訳するとしたら野球統計学と言う感じか。一見するとチーム作りに非常に役立つものでも、ファンの楽しみを奪ってしまうことがあるはずである。今回はそんなセイバーメトリクスを考えよう。

セイバーメトリクスの概念を簡単に

 セイバーメトリクスによって評価される選手は出塁率、長打率に優れた選手もしくは与四死球、被本塁打が少ない選手である。驚くことに、打撃3部門、投手3部門は全くと言っていいほど重要ではない。投手で言うと、防御率は「運」であると言うのだ。確かに、ただの平凡なショートゴロでも、ショートが巨人の坂本勇人なら抜けることのない打球でもちょうど坂本が欠場していて遊撃に北村拓巳が入っていたら抜けてしまうことがあるだろう。そういった不運な安打の積み重ねで失点が嵩むのである。同じような理由で打率も運との味方をする場合がある。
 投手の優劣を決める指標をFIP(FIP=(13×被本塁打+3×(与四球-故意四球+与死球)-2×奪三振)÷投球回+定数)、野手の優劣を決める指標をOPS(OPS=出塁率+長打率)とし、今季セ・リーグで優秀な選手は投手ではダントツで柳裕也、野手では鈴木誠也となり、両者ともに投打でリーグを代表する選手である。したがってこの指標をNPBに導入することは間違えではないと言えるだろう。では問題点はどこにあるのかを後述していくとする。

MLBではチームの無個性化が

 チームの編成から試合中の采配まで、セイバーメトリクスが判断材料の大きなウェイトを占めているMLBで深刻なのがチームの無個性化である。二刀流の大谷翔平を初め、デグロームやゲレロJrと言った常人離れした能力をもつ素晴らしい選手はいるが、チームとして見てみると所属選手のバランス、打線の組み方、系統策から代打策まで全て同じように見えるのだ。
 また、数字の上で全てを決めるのでペナントレースに於ける大どんでん返しがほとんど無いのも悲しいことである。それもそのはず、開幕前の選手層を見て「今年はダメだ」と球団上層部が判断したらドラフトのウェーバー上位を獲得するためにわざと負けに行く球団がほとんどだからである。わざわざ負けるような主力の放出や無気力にプレーする選手を見て何が楽しいのか、真剣に疑問に思ってしまう。こうしたことがMLBの観客動員の激減に繋がったのではないか。

選手の個性を消してしまう

 前述の通り、MLBで評価される選手はセイバーメトリクスによって決まっていると言っても過言ではなく、目に見える成績を残せない選手の過小評価を防ぐためのセイバーメトリクスだったが現在ではその選手を過大評価してしまうことが増えてしまった。なので、MLBではセイバーメトリクスにあったプレースタイルが求められるため、打者は出塁率をあげるために慎重的な打法をとってしまったり、投手はストライクゾーンに投げるだけの最低限の制球力と本塁打になりにくい威力のある速球と落ちる変化球(カーブやチェンジアップ等)をたんたんと投げる選手が殆どになってしまった。前述の大谷翔平も二刀流という点においては非常に個性的な選手ではあるが、投手の大谷翔平、打者の大谷翔平と区切って見るとそれぞれ素晴らしいローテーション投手、5ツールプレーヤーではあるが特徴のない選手と言えるだろう。
 MLBの投手といえばツーシームやカットボールと言った動く球で凡打に打ち取るタイプの選手が多い印象があるかもしれないが、それはもう一昔前の話である。野手はネットスラングのように流行に沿ってスタイルが変わるのは面白いが、1試合1試合を考えると出る投手出る投手同じようなフォームで同じような投球スタイルを見ても面白いと言えるだろうか。

日本野球が奪われてしまう

 前に記事を書いたと思うが、NPBの野球はスモールベースボールの指南書である「The Dodgers' Way to Play Baseball」を日本式に改良して言ったものである。言い換えれば、バントや右打ちと言ったチームプレーを徹底するサムライ野球の礎は古のMLBであると言うことだが、現在のMLBではバントは重要視されるどころか、打率1割3厘以上の選手に犠打の指示を出すことは得点期待値を大きく下げるとされ、無駄な行為とされていることがほとんどである。
 バントや右打ちは好投手を崩すのにとても有効的な作戦である。また、気の弱い投手相手にすこしでも得点圏にランナーを背負わせることで精神的に追い詰めることができるだろう。現に今年の夏に開催された東京オリンピックでは得点がなかなか取れない中、甲斐拓也や栗原健太がキッチリと犠打を決め勝利打点に繋がったのは言うまでもないことである。変わりゆく野球界において作戦のアップデートは必要であるが、なんでもMLBの右にならえでは日本野球がMLBを超えることは決してないとハッキリ言える。故きを温ねて新しきを知るとはよく言ったもので、フライボール革命等でMLBがビッグベースボールを進化させるのならNPBはスモールベースボールを進化させていけばいいのだ。

過去の数字で選手を判断していいのか

 セイバーメトリクスを盲信する人の多くは精神論を否定しているが、単なる数字だけで選手を判断していいのだろうか。数字的な選手の成績は今後選手がどのように育っていくかや、どのように衰えていくかを判断することは出来ない。なのに前年までの成績でこの選手はこのタイプと決めつけ、そのように使ってしまうことが多い。この決めつけがMLBの悪い点と言え、選手の成長の妨げとなっていると言えるだろう。
 日本では精神論と言われることが多いが、過去の成績を度外視して監督の長年の経験や勘で選手を抜擢することが多い。近年の最たる成功例は精神的な弱さから平成30年まで敗戦処理に甘んじていた中日の岡田俊哉をその翌年から就任した与田剛監督がリリーフエースに抜擢したことにより才能が開花。後年は古傷の循環障害からか不安定な投球が続くようになってしまっているが、この年はワンポイントリリーフから抑えのエースまで大車輪の活躍を見せた。このような地獄を見た選手の復活劇や覚醒はプロ野球に於いて大きな魅力であり、このようなことの一切起こらないプロ野球を見るのは勘弁である。

最後に

 ここまで読んでくださった方々はもうお分かりだと思うが、僕がセイバーメトリクスを毛嫌いする理由は機械的な野球になってしまうからである。審判を人工知能に任せようという動きがある今、このようなデータに重きを於いた野球になったあかつきには監督はプロ野球のOBでなく数学者になってしまうかもしれない。となると星野楽天のような熱血チームも、落合中日のようなテクノクラート集団も二度と現れなくなるだろう。
 リクツっぽい采配のプロ野球など点差だけを見ることとなるだろうか。数字を見るだけの野球なら野球じゃなくてジャンケンの勝敗を見た方が面白いだろう。
#セイバーメトリクス
#MLB

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?