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「働くを考える」を続けていこう。     ~地方での高齢者の暮らし方~

みなさん、お元気ですか!

「働くを考え、働く人を支援する」を終の仕事と決め、ゆるゆると現役継続中のくろちゃんです。

 先週の週末は珍しく快晴が2日続き、一月ぶりに快晴と休みが重なるという幸運。大物洗いと外干しを完了し、日中に水鳥公園に出向きました。
コハクチョウたちは「ぼちぼち帰りますわ~」と少しづつシベリアに向け旅立つ季節。数は減っていましたが、バックにそびえる大山が美しかった!

水鳥公園からの大山


 この景色が見えるだけでも米子に暮らす価値はあるんだろうな~、と思わずにはいられないリフレッシュできた週末でした。


高齢者の介護と暮らし方、2冊の書籍を読んでみた

介護職向けの訓練を担当していることもあって、最近2冊の関連書籍を読みました。一つは地元で歴史のある大手社会福祉法人。いかにして介護サービスの質を向上させるかを日々試行錯誤しながらも、変化を恐れず改革に取り組んできたルポです。ここにはご利用者の尊厳と暮らしやすさを第一に考え、そのための制度作りや職員教育を徹底して取組んでいる経営者や現場職員の姿がライター視点で描かれています。

もう一つは、地方での高齢者の豊かな暮らしを住まいで支えたいと、地元中心に高齢者住宅を事業展開する株式会社です。こちらは遅くとも85歳を超えた独居(または夫婦だけの)高齢者は、要介護のレベルに関わらず高齢者住宅で暮らすことが当たり前になる社会を目指しているとのこと。まさに人生100年時代を見据えた事業方針で、医療介護含めて総合的な高齢者の生活環境を創出しようとしています。


高齢者介護の常識と変化

高齢者支援へのアプローチ手段や経営方針の違いはありますが、どちらの法人にも共通しているのは、人生の尊厳や高齢者の暮らしを豊かにしたいことが前提にたって事業を営まれていることと、時代は常に変化していてこれまでの常識は常識ではなくなるんだという挑戦意欲を感じさせるものでした。

僕の祖母は30年ほど前に亡くなりました。その当時は、地元に施設はありましたが親を施設に入れることへの抵抗感は強かったようです。施設もいかにも介護施設!で、暮らすという観点の設備もサービスも少なかったようです。母は60歳定年を目前にしていましたが、1年前倒しで退職し認知症の祖母の面倒を見ることを選択しました。

30年前の常識はそういうことだったのです。介護の世話は自前でする、大切なことでもあると思いますが、そこには介護の本質よりも世間体を含む社会の常識を重んじることが要因だったと思います。

介護の本質とはなにか、高齢者の豊かな暮らし方とななにか。前述した2つの法人はそれぞれがこの難問に日々向かい合いながら事業を営んでおられると感じました。本人と家族の意思があれば、いつでも介護施設や高齢者住宅での暮らしを選択できる新たな社会常識の創造が必要なのでしょう。


能登半島地震で思うこと

甚大な被害の要因として、多くの古い家屋の倒壊がありました。
先日の新聞記事で、「令和2年度末時点で鳥取県の耐震化率は85%」の調査結果がありました。鳥取市や米子市で87%、低い地域では30%と大きな開きがあるし、調査方法によっても誤差があるとのことで、なんとなくこの公表数値に実感は湧きません。

僕の住む地域は新築住宅も多く建ち始め、2000年以降の耐震設計がされている実感はありますが、僕の住む実家は一番古い部分で築60年!隙間風も容赦なく一発でアウトだろうなと思います。そんな家屋にただ暮らし慣れているからという理由で、講じられる策も限定的な中で住み続けることは果たしてどうなんだろう。

住みやすく気に入った環境があれば、施設でも高齢者住宅でもどこだって身軽に移り住めばいいんだよ! 
そんな新常識が80歳くらいまでにはできているのだろうか。。。
生きていればですけど(笑)


ではでは。。。

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