熟すということ。

髪の毛を染めて、前髪を切ってきた。
今は仕事をしていないので髪色は自由だ。
とはいえ、あまり原色にするのは好きでは無いので、くすみカラーとかいうやつにしている。

白髪が随分目立ってくるようになったので、部分的にブリーチしてピンクのハイライト+ピンクベージュに染めてもらい、伸ばしてる髪はそのまま、前髪だけパツンと思いきり短くしてもらった。
前髪はいつも短くしてもらってる。
長くなってくると鬱陶しいし、自分が自分じゃないような気持ちになるからふしぎだ。
ずっと眉ぐらいの長さにしてた前髪を、「キミは思い切り短くしたほうが可愛くなるよ」と言ってもらったのは何年前だろう。
本当は後ろ髪も短くして、セシルカットにしたいのだけど、あと1年は髪を伸ばすつもりでいる。

しかし白髪の増えた自分を見ると、「あー、時分はちゃんと年齢を重ねて言ってるんだなあ」と、否応なしに思わされる。
普段はそんなことなくて、いつまでも中味は18歳くらいのつもりでいるのに。
気持ちはそのまま、体だけが素直に時間に従って行くのが不思議だ。

子供の頃はもうおばさんだよね、と思っていた年齢になったがそうはならず、実年齢を言うと驚かれるのは精神年齢の幼さゆえかもしれないが、何だかくすぐったくて嫌な気持ちにならなくなったのも、「これが加齢か!」と思わされる理由の一つ。
むかしは大人っぽく見られるほうが嬉しかったのにね。
なんで人間は若いと言われると喜んでしまうのだろう。
きちんと年齢を重ねて熟していく方がいいに決まっているのになあ。わかってるのになあ。

髪を切ったあとは懇意にしている居酒屋で軽く呑んで帰ってきた。
ひさしぶりに、恋人以外とあれこれ話をしたら、ちょっと気持ちが軽くなった。
やっぱり外と触れるのは大事だ。でも、誰でもいいわけじゃないからなーとおもう人間で、交友関係の狭さには自信があるのでなかなか難しい。
髪切ったあと飲みに行こうよ! と誘ってもらったりもしたが、場所が合わなくてそちらは延期になった。
狭いながらもそういうやり取りができる人がいるのはありがたいことだ。

今月らまたひとつ歳を重ねる。
さて、どんな1年にして、白髪だけじゃなく心のかたちも熟させていこうかな、と、いまから色々考えている。

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