夜の涯てに青が溢れる(20160422)

君の首筋を噛んだら、朝が死んだ。
朝日の落ちる余韻が背骨に響いて、星々の囁きが迫るように聴こえだした。


いったいどうしてこんなことが起きたんだろう。
僕たちはふたり、いつものようにまどろみながら睦みあっていた。
「朝が来なければ、ずっと一緒にいられるのに」と君が言った後、半分夢の中にいた僕の頭の中で「彼女の首を噛んだら願いが叶うよ」という声がして、それをなんとなく実行しただけだ。


最初は何かの間違いか、これこそ夢に違いないと思ったけれど、待てど暮らせども朝は来ず、それがどんな色をしていたか、匂いだったか、手触りだったか、気配さえ、あっという間に僕たちの記憶から喪われてしまった。


硝子質の夜の底、僕たちは星影の隙間を埋めるように互いを確かめ合い、月の明りを頼りにして街を彷徨い歩いた。
時間の間隔も失われて、いつしか君は朝を恋しがり星の囁きに紛れ泣くようになった。
繋いだ手は確かに温かいのにその手触りはいつか消えてしまいそうに儚く切なかった。
朝日には到底かなわないけれど、せめてもの慰めになるよう、僕は天を突いていくつもの星を落とす。
鋭く光る青白いの、ぼんやり光る赤いの、金平糖みたいな黄色いの。


けれど星は落ちてすぐただの石ころのように光らなくなって何の役にも立ってはくれなかった。
希望も、愛情も、何もかもを吸い込んで、夜はその暗さをいや増していく。
光を忘れ弱り出した目に、月の光さえ霞むようになっていった。
眠っている感覚と起きている感覚がまだらに混ざり合って何もかもが曖昧であやふやな視界の中、転んだり躓きながら君の手を引いて、どこかにあるかもしれない夜の果てを目指し歩き続けた。
そこまで辿り着いたなら、この困った状況が解決するような気がしていた。
何の根拠も自信もなかったけど、君がまた笑ってくれる可能性があるんだったらそれだけで試し続ける価値があったんだ。


やがて僕は、いつかの声を聞いた。
今度はそれは、朝を生む方法を教えてくれたのだった。
ポケットの中には、いつから入れっぱなしにしていたかわからない古ぼけたナイフ。
紙一枚切れないほどに鈍く錆ついてしまっているけれど、きっと役に立つだろう。


「ねえ、喜んで。また朝が来るよ。」


真っ直ぐ、深く、ナイフを自分の首へ突き立てる。
傷口から溢れた青が、この絶望的な闇を朝に塗り変える。
傷口から溢れた青が、この陰鬱な夜を君の目から洗い流し、美しい朝を連れて来てくれる。


「君が笑ってくれたら、もうそれだけでいいんだ」


さようなら、夜。
おはよう、朝。
おやすみなさい、大好きな君へ。

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