そのスピードのままで。

大人の遠足に行った。
コンビニでトリスの缶ハイボールを買って、コロッケをふたつ。
午後6時に、奥多摩は柳沢峠へ車で向かった。
もちろん、運転手はノンアルコール。
いつもなら助手席の私も遠慮するが、これは遠足なので、はしゃいで1本だけ、お酒を買った。

丁度帰宅ラッシュで混んでいる青梅街道を走り、途中で新青梅街道に入る。あとは真っ直ぐ走るだけ。
徐々に減っていく車を横目に、私たちは他愛ない話をしながら、夜を切り裂くようにヘッドライトで前方を照らして走る。

星を観に行きたかったので、仕事が休みの前の日に連れて行ってくれないか、とお願いをして、二つ返事でOKをもらった。
それが前日のことで、当日、いつもなら行かない犬の散歩を昼間に40分もしてしまった。
うちの犬は夜型なので、夜に散歩させてるのだが、今日は特別なのだ。

スマホから繋いだナビをみて、高速乗るか乗らないか相談する。
高速もいいけど、私は下道の方が好きだから、愚直に新青梅を走ってもらった。
ここまで来るのは久しぶりだ、と、東大和の看板を見て思う。
街道沿いの店のラインナップが随分と変わっていて、そういえば半年ぶりくらいになるのか、と、時間の流れの速さにびっくりしたりもした。
カーラジオからは何故かFMフジが流れてる。彼はこの局が好きらしくて、いつもここのラジオがかかっている。

柳沢峠まで行くと到着時間が22時半と出たので、そこまで行くのは途中で諦めた。
助手席の窓越しに空を眺めるとぼんやり薄暗くて曇っていたから、きっとあちらに無理して行っても目的は叶わないだろう。
だったらこのままのスピードで、行けるところまで行こう、と2人で決めた。
タイムリミットは20時半。
さて、どこまで行けるだろう?

走れば走るほど車の数は減り、街灯の数も消えて暗くなっていく。
暗闇の中、対向車はいない。前方にも車の影はない。
「せっかくだからイニシャルDごっこしてよ」
少し酔ったわたしは調子に乗って言う。
素面の彼はそれを適当にあしらいながら、機嫌よく車を運転してくれる。

夜のドライブが好きなのは、なんでだろう。
しんと静かな夜の中を、何にも囚われずに駆け抜ける感じが私を楽にしてくれるからだろうか。
一枚、一枚、薄皮を剥ぐようにさまざまな余計なものが風に削ぎ取られていって、自由になれる気がする。こんなの、たった一時の、ゆめまぼろしに過ぎないのだろうけれど。

途中、2人でトイレが我慢できなくて、そんな時に限ってコンビニまで遠いし、私はふざけて「天国と地獄」をYouTubeで探して携帯から流し出す。
2人で煽られて焦りながら必死にコンビニを探してるのが何だかおかしかった。

無事にトイレを済ませて、到着したのは鳩ノ巣渓谷だった。
公営の駐車場に車を停めて、少しだけ空を見る。
空は薄曇り、ちょうど満月を迎えた月がぼんやりと霞んで浮かんでいて、あ、そういえば立春過ぎたんだなあと思い出す。
冬を潜り抜けて、ここからはひたすらに春へ向かっていくのだ。
瞬きの間に木々は芽吹いて桜が咲き、あっという間にまた夏が来て秋が来て、1年後もこうやって居られたらいいのにな、と思ったりした。
春を呼ぶ朧月に照らされた、薄墨色の空が綺麗だった。

帰りの道すがら、窓の外に目を遣ると、谷底に集落の灯りがポツポツと見える。
「なんだ、星、見れたね」
そう言うと、彼は微笑んで、少しだけど車のスピードを上げた。

このままのスピードで、行けるところまで行こう。
私は声に出さずに呟いた。

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