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私が残した物で表象される私の人生とはどんなものだろう:『兄の終い』村井理子著【韓国版 訳者あとがき】

村井理子 著『兄の終い』の韓国語版が韓国の出版社「ORGEL BOOKS」から出版されました。

韓国語版には訳者の 이지수(イ・ジス)氏による「訳者あとがき」が収録されています。イ・ジス氏、ORGEL BOOKS、エージェントのご好意で、「訳者あとがき」の日本語訳をいただきましたので、公開いたします(原文ママ)。

韓国版『오빠가 죽었다』と『兄の終い』

옮긴이의 말


こんな話を聞いたことがある。本をたくさん持ったいた人が死んだら、残された家族がそれらを処分するのに苦労すると。故人がどういう基準でそれらを集めたのかを家族は知らないから、結局価値とは関係なく古本屋にまとめて売ってしまうか、捨ててしまうかになるという。 私は大した蔵書家ではないけど、その話を聞いてこれからは家にある本を減らしていこうと決心した。私の長期目標の一つは、今持っている本を減らしきって、5段本棚一つに全部収められる ようにするのだ。家族も本棚一つなら理解してくれるだろう。他の所有物もできる限り減らしておこう。

そんなふうに思って、時間がある時に本を売って、服とお皿を捨てて、倉庫も片付けているけど、私は相変わらず数えきれない物に囲まれて暮らしている。私が残した物で表象される私の人生とはどんなものだろう。ちょっと小気味悪い想像だけど、この本を翻訳しながら私はそんな想像をせざるを得なかった。

この本には、自分の身の回りを片付ける機会も与えられずに、いきなり生を終えた人物が登場す る。生きている間、「私」に迷惑ばかりかけてきた兄である。「私」は兄の死を知らせる電話を受けて、週末にある重要な予定を先に浮かべるくらい悲しみを感じない。兄が残した物を片付けるの に使える時間はたった数日、兄の元妻である加奈子と一緒に兄を火葬して、葬式をして、部屋と 遺品を片付けながら、「私」は今まで背けてきた兄の生を知っていく。 実話の力は強かった。死んだ兄の周辺を片付けていくだけなのに、話は最初から最後まで緊張感 を失わずに走っていく。登場する人たちは大声で泣いたりもしないし、著者の口調も感傷にふけることがないけど、淡白な文体の隙間から時々予告もなく故人の生が生々しく出てきて、読者の心に触れる。

「私」と兄が幼い時一緒に撮った写真が貼られている壁、兄の字で「ポスティングおことわり」と書かれてあるガムテープ、引き戸の枠に引っかけてある警備員の制服、資格・免許の欄がぎっしり埋まっている兄の履歴書……。

肝心の本人は悲しいとも、寂しいとも言っていないのに、読者は兄の生の欠片をすごく労しく感じる。そこには妹によくお金を無心し、家賃と息子の学費を滞納した、でも同時にクリスマスには息子にケンタッキーフライドチキンとケーキを買ってくれた、自分の力で生きていこうと踠いていた多面的な一人の人間がいた。

「そんな兄の生き方に怒りは感じるものの、この世でたった一人であっても、兄を、その人生 を、全面的に許し、肯定する人がいたのなら、兄の生涯は幸せなものだったと考えていいのではないか。だから、そのたった一人の誰かに私がなろうと思う」

著者は多賀城市で兄の生を片付けながら過ごした数日のおかげで、あんなに憎んでいた兄を許し、受け入れられるようになった。誰かの死がその人を理解するきっかけになったのだ。しかし故人は、本人が初めて受け入れられたことを永遠に知らない。日本語の原書には著者の肉筆メモを印刷した小さな手紙が一緒に入っていた。

「失ってはじめて気づくことを失うまえに知ってほしい」

2022年5月 イ・ジス

韓国版の出版社:ORGEL BOOKS
※『兄の終い』についての投稿もたくさん!

↓ 原書(日本語版)はこちら ↓


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