映画感想/『ミッドサマー』

アリ・アスター 2019

 ホラーは基本的に怖いので見ない。スプラッタ系なんか、特にダメ。

 それでもこの映画は、その色彩の美しさと、舞台となる「ホルガ」という村の設定の面白さからすごく気になっていた。
 古い慣習が残る閉鎖的な村、伝統的な儀式、怪しい少女、村に迷い込む都会人が次々と姿を消していく…。あれ、これはもしや横溝正史北欧版なのでは?と思い始めてから、気になって気になって仕方がなかった。
 ただどうやらアスター監督という人は、人体損壊シーンをきっちり描いてくるという評判を聞いて、スクリーンで見ることは断念。この度ようやくレンタルにて視聴することができた。
 白状すれば、すべてネタバレしたうえで視聴。ホラーのびっくりさせられる感覚がすごく苦手なので、どこでどういうシーンが来るか、しっかり予習する必要があった。おかげで、ストーリーに集中することができた。

 まずキャラクターの設定がすごく良かった。そろいもそろってなんだかあまり好きになれない。特にダニーとクリスチャンの主人公カップル。ひたすらにめんどくさい。それぞれの性格も、2人の関係性も、一緒にいたらすごく気を遣うだろうなあと思った。
 ダニーがスウェーデン旅行一緒に行くって言いだしたときの、お前空気読めよ感。
 クリスチャンが、ルビ・ラダーを盗ったのは自分じゃないと必死に弁明する姿の小心者かつ小ズルい感じ。
 「話し合いたいだけなの」とか「気分はどう?」なんていう、自分を悪者にしないためだけの取り繕った優しい言葉。
 倦怠期になるべくしてなった、泥沼化したカップルの描き方が実にリアル。監督の失恋体験がもとになった作品であり、この映画は恋愛映画なのだ、と言っているのがとてもよく分かる。

 村の狂気の描き方は予想通り大好きだった。年頃の女の子のアグレッシブな求愛や、トリップして踊り狂う女王選び。「見立て」られた死体(殺人自体が儀式なわけだけど)。本作最大の「ピーク」の一つであるアッテストゥパン。このシーンがグロ注意じゃなければ間違いなく何度でも観る映画だった…グロ大丈夫になりたい。
 クリスチャンが搾り取られるシーンは、『ダヴィンチ・コード』や『狂骨の夢』等でも描かれた、宗教儀式としての性行為ということであまり違和感なく受け入れた。というかすごく笑ってしまった…。女性の一人がフィニッシュを手助けして来たところで、一緒に観ていた家族が「アシストおばさん…」と呟いたのにツボった。

 暗い夜が来ないので、一体何日経過しているのか分からなかったけど、一応生贄を捧げることで9日間の儀式は終了したということでよいのかは少し気になるところだった。
 マヤは、クリスチャンに経血を飲ませてから1週間後くらいでないと妊娠できる状態にないような気もするんだけど…うまくいったのかな…

 ホルガの精神世界は、自分と他人の境界がない「気持ちの良い」世界なんだろう。『人類補完計画』後の世界みたい。
 他人から寄り添われず、置いて行かれる恐怖と孤独で精神崩壊ギリギリのところを彷徨っていたダニーにとっては、きっと救いの世界だっただろう。たとえ、閉ざされた共同体を崩壊させずに未来に存続していくために、長い時間の中で練り上げられたシステムであろうと、ホルガの世界観は生きる苦しみや死の恐怖を遠ざけてくれる。孤独に心が蝕まれたとき、そこにフッと取り込まれてしまう可能性は、誰にでもあるような気がする。
 ダニーはホルガの一部になることで心は救われたと思うけど、個としての自由は失ったわけなので果たして幸せなのかというと、それはもう個人の価値観というところ…
 ただ無理やり外部の人間を儀式に巻き込むのは止めてほしいな…それを言うと恐怖を描く口実がなくなってしまうんですが。

 民俗学的知識が深かったりするとより楽しめるかなと思う。こういう風習はこの地域にも似たようなのがあって…とか、ルーン文字を一つひとつ解読していったりとか。
 ホラー映画としてだけでなく、恋愛・コメディ・社会派…色々なジャンルの映画として楽しめるし、映像も大変に美しく、細かい工夫が多いので、ビジュアル的にも非常に良い作品でした。

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