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だるまさんがころんだ

 10月の下旬のよく晴れた日。いつもよりも少し暖かく、気持ちのいい日であった。
 私は猫の手も借りたいほど課題に追われていた。そんな課題にひと段落をつけ私は、気分転換に紅葉狩りも兼ねて、北大植物園へと足を運んだ。
 有料の施設だが、北大生であれば無料で入園することができ、大学から近いこともあって、気軽に訪れることができる。だが、学生はまずこの場所には来ない。園内は人が少なく、居ても年配の方ばかりだ。
 いつでも身近に存在する物というのは感謝がしづらいものだ。いつも身近にいる家族や友人に感謝を伝えることは難しい。けれど、お店で働く店員さんにとって、いつもいるとは限らないお客さんに「ありがとうございました」と感謝を伝えることのハードルは極端に低い。
 私は夏にも一度この植物園を訪れていた。その時は、公園全体が緑であったが、今回は公園が秋色に染まり、木々が葉っぱを落とし、リスはカリカリ音を立てながらどんぐりを食べて、冬への備えをしていた。
 夏では緑の葉っぱを身につけていた巨大な桂の木の葉も黄色く色づいていた。桂の葉はハートの形をしていて、秋になるとほのかに甘い香りが漂ってくる。園内にある桂は細い枝が下垂する品種だ。木の根元に行けば、甘い香りを楽しみながら、ハート型の美しい葉っぱに囲まれて、幸せな気分になる。
 そこで一匹の動物がゆったりと堂々と歩いているのを目撃した。黒っぽい色であったから子熊かと思ったけれど、近づいてみると黄色い目玉と目が合った。正体は野良猫であった。
 そこで、だるまさんがころんだの戦いが始まった。だるまさんがころんだのルール的に猫が鬼であるが、私の猫を捕まえてやるという気持ちから考えて、側から見れば私の方が鬼であった。
 警戒した猫に、ゆっくりと近づきタッチをすることは、餌でも持って警戒心を解かない限り不可能である。だから作戦はこうだ。まず、相手に走って戦いを投げ出されないように、ゆっくりと距離を詰める。そして、ある程度近づいたら、ダッシュで飛びかかるのだ。
 こちらが距離を詰めるとと相手は距離を離してくる。ルール上では鬼は動かず、立ち止まりながら振り返るのだが、相手は猫である。フェアプレイは相手がフェアじゃないと成り立たない。だから仕方がない。こちらも相手が振り向いているのにもかかわらず、その鋭い眼光からバレないように、ちょっとずつそっと足を一歩前へ出す。
 鬼との距離が3メートルくらいまで近づいた。これくらいの距離が、鬼が逃げ出すか逃げ出さないかの境目であった。
 そこで私は鬼に飛びかかった。勝敗はみなさんの予想通り私の負けである。2,3分ほどの勝負だったが、体感ではもっと長かった。相手の気持ちを考えながら、ずっと目を合わせて続けた。だから、強く記憶に残る勝負となった。
 私は猫の手を借りることはできなかったが猫と手に汗握る戦いをした。



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